夜の連続高耶さん
ラチカン飼育調教劇場・第一夜


BY 椎名



いつも通り、夜10時ちょうどに喫茶店でのアルバイトを終え、家路に向かう高耶の表情はひどく憂鬱そうだった。この数日間、身の回りでおかしなことが続いていた。

初めは一本の無言電話。翌日は無記名で高耶宛てに、深紅の薔薇の花束が部屋中埋まるほど届けられた。そのせいで、いつの間に彼女ができたのかと妹の美弥に詰め寄られ、散々な目にあった。

決定的だったのは、一週間ほど前にポストに入っていた一通の封筒だった。「仰木高耶様」と書かれている以外は、例によって差出人名もなく、中には写真が数枚とワープロ打ちされた手紙が入っていた。

写真はすべて高耶の寝顔だった。あきらかに自室の布団で眠っているところを撮られたものだ。こんな写真を撮れるのは、家族(父親か妹の美弥)しかいない。だが彼等がこんな悪戯をする筈がない。

考えられるのはやはり、この手紙を送りつけた誰かが、高耶の家に合鍵か何かで侵入し、高耶が熟睡している間にこの写真を撮ったということだ。

封筒が届けられたその日、高耶はすぐにバイト代をはたいて、鍵をシリンダーごと取り替えた。

自分はともかく、万一、美弥に何かあれば、ただではおかない。それとなく美弥におかしなことはないかと訪ねたが、異変は高耶だけに起きているらしかった。

少なくとも、誰か知らないが、この相手のターゲットが美弥でなく自分だということに、高耶は心底ホッとした。

警察に届けるべき、なのだろうか……。

昔(中学時代)、散々悪さをして何度もお世話になっている為に、地元警察での高耶の心証は最悪だ。届け出たところで、まともに請け合ってはもらえないだろう。

高耶自身、自力で犯人を見つけてやろうという思いもあった。

ワープロ打ちされた手紙の内容はこうだった。
「近いうちにお迎えにあがります。家族やお友達には二度と会えなくなります。すべてのひとにお別れをしていらっしゃい」

丁寧な文体とは裏腹な、明らかな誘拐予告。「迎えに来る」とわざわざ予告してきたのだから、焦らずとも相手は近いうちに向こうから現れるだろう。

(……どこのどいつか知らねーけどふざけやがって。ぜってー捕まえてやる!)


あれこれ考えながら歩いていると、前方に一台の車が停車していた。たいして気にも止めず、そのまま通り過ぎようとすると、ふいにドアが開いて、中から黒いコートに黒いスーツの、全身黒ずくめの長身の男が降りてきた。

まるで映画俳優かモデルのような端正な顔立ちと優雅な仕種に、一瞬高耶は見蕩れてしまった。

男はにっこりと微笑みかけてきた。
「こんばんは、高耶さん」
見知らぬ男に、突然名前を呼ばれて面喰らっていると、男は柔らかい声で云った。

「昼間は学校で夜は立ち仕事だなんて、疲れたでしょう?かわいそうに。でももう、これからは、そんなことしなくていいんですよ」
そう云って、当然だと云わんばかりの態度で高耶の背に腕をまわし、車へと誘導しようとする。

動揺した高耶は、腕を振払うのも忘れ、
「何云……っ、あんたいったい、」
「何も心配入りませんよ。さあ、帰りましょうね」
背にまわされたのと反対の手が、コートのポケットに伸び、そこからハンカチが取り出されたのに高耶は気づかない。

「か、帰るって何処へ……っ、」
男はにっこりと微笑んで、
「あなたの新しいお家ですよ、高耶さん……手紙、届いているでしょう?ちゃんと家族やお友達にお別れはしましたか?その為に一週間も時間をあげたのですからね」

「あんたっ……」
目を見開いた高耶が、何か云おうとした時、背後からまわされた腕に体を抱き込まれ、口元にハンカチが押し付けられた。
「ンンッ……!、」

ハンカチには何かの薬品が染み込ませてあった。高耶は自分がしくじったことを悟ったが、もう遅かった。男の力と薬の効果は強く、抗う間もなく高耶は意識を失った。

腕の中でがっくりと崩折れた高耶を、男はしっかりと支えると後部シートに横たえた。意識のない額に、さも愛おし気に口づけて、着ていたコートを脱ぎ、寒くないようにぐったりした体にかけてやる。男の顔に自然と笑が溢れた。

男は運転席に乗り込むと、高耶を載せたまま滑るように車を発進させた。

それきり、高耶が自宅に戻ることは、二度となかった。




NEXT >> BACK