URA_UNTITLED 5
……あと四日……。
ぼんやりとそんなことを考えながら、大学の講議を終えて家に向かう途中のオレに、かなりのスピードで横付けしてきた車があった。窓から顔を出したのは、千秋だった。もしかして新たな怨将がらみの事件でも起きたのかと「何かあったのか?」と口を開きかけたオレに、千秋の口から飛び出した言葉は、
「よおー、景虎。直江のダンナ、出張だってな」………途端に力が抜けた。
ったく、いったいどこでそーゆー情報仕入れてんだよ、こいつは……確かに直江は仕事で、二週間の予定で香港に行っていた。
「二週間だってな。……今日でと・お・か。あと四日。指折り数えて待ってますってか?」
途端、カーッと赤くなったオレに、
「図星か。そろそろダンナが恋しくてたまらないんじゃないかあ?」
「千秋ッ!!」思わず怒鳴ったオレに、千秋はニヤニヤ笑って、
「んな怒ンなよ。いーもんやっから、ほれ」
そう云って窓から手を出すと、何かの入った紙袋をオレの胸に押し付けた。「な、なんだよ」
わけもわからず受け取って、怪訝そうなオレに、何が楽しいのかニーッと笑い、
「お前、疎いからな。そーゆーの見たことないだろ。今ならダンナもいないし、いい機会だ。それで社会勉強しな」そう云ってひらひら手を振ると、千秋の車はさっさといなくなった。
その場に一人残されたオレは、あきれたようなため息をついた。
「……ったく、なんなんだよ、いったい」中を覗くと、ビデオテープが入っていた。ラベルも何も貼ってない。千秋のあの様子で、中身がどういうものか大方の予想がついてしまったオレは、一人で赤くなった。
(千秋のヤロー)こんなものもらっちまって、もし直江に見つかったら……だからと云って、捨てるわけにも行かず……仕方なくリュックにそれを突っ込んで、オレはまた歩き出した。
大学入学と同時に直江と同居を初めて、もう二ヶ月になる。松本に住んでた時は、妹の美弥がいたし、こうして家で何日も一人になるのは、これが初めてかもしれなかった。
静まり返った部屋に一人きりで置かれてみて、自分がここまで一人が苦手な、弱い人間だったことを、改めて思い知らされる感じがする。
……忙しいのだろうか?「高いからやめろ」とどんなに云っても、毎晩あきれるほどかかってきていた(国際)電話も、今日はかかってこない。
気がつくと、鳴らない電話を目で追い、常に直江のことを考えてしまっている。
つくづく自分が嫌になった。一人暮らしをしている人間は大勢いるのに、どうしてオレはこうなんだろう。
これもみんな、直江が悪い!オレをこういう風にしちまったあいつが。(……強引に同居させといて、人をこんなに弱くしておいて、その上勝手に出張行きやがって。ふざけんな!お前なんか知らねー)
八つ当たりしながら風呂に入って、ちょっと気分がすっきりしたところで、バスローブのままリビングの床に座り込んで、ビールを流し込んだ。
いつも(未成年だからと)飲ませてもらえないから、この時とばかり飲んでやる。キッチンのダストボックスは、この十日間、オレが一人で飲んだビールの空き缶でいっぱいになっていた。直江が帰ってきて、これを見たら何て云うだろう?
ああ……もう直江のことなんか、考えないようにしようと思ったのに……云ってる先から直江のことばかり考えてしまっている。自分が、虚しくなった。
気を紛らわせようとテレビをつけても、何も頭に入って来ない。
何かつまみをつくろうという気にもなれず、立て続けに二本目の缶を開けて、半分ぐらい流し込んだところで、ふと、千秋がよこしたビデオのことを思い出した。……全部が全部酒のせい、とは云わないけど……だいぶ酒のまわったオレは、半ばヤケ気味に、ソファに投げ出してあったリュックに手を伸ばした。
オレと出会う前は、……相当の数の女と遊んだらしい、直江。
オレは……女を、知らない。直江は……本当に、男のオレなんか抱いて、気持ちいいのだろうか?
直江と比べたら、オレなんて本当にガキだ。年だって十一も違う。どうすれば経験豊富な直江が、気持ちよくなってくれるのかなんて、わからない……
『それで社会勉強しな』
躊躇ったけど、結局その千秋の言葉が引き金になって、思い切ってビデオをデッキに放り込んだ。
画面に写し出された映像を見た途端、オレは真っ赤になった。そりゃ、そういうビデオだろうとは思ったけど……わかってたけど。でもこれって……千秋ィ!
それはまさしく「無修正、ノーカット」というやつで……でも、それより何より、オレが言葉を失ったのは……
「………ッ」
ビデオの映像に、既視感を覚えて、オレの全身が戦慄いた。『……ビデオの中の女は、全裸で手首をネクタイで縛られてベッドに繋がれている。スーツ姿の男が女の脚を高々と抱え上げ、体を進めると、女が激しく身を仰け反らせ、一際高い声を上げた……』
二ヶ月前、高校卒業と大学入学祝いを兼ねて、直江と旅した四国の足摺岬。怨将がらみではない直江との純粋な旅行は、この時がはじめてだった。
海を見下ろすホテルにチェックインして、部屋に入るなり押し倒されたオレは、たまりにたまっていたらしい直江にネクタイで両手を縛られ、両脚を高々と抱え上げられて…………両手をネクタイで縛られた全裸の女。
スーツ姿の男。まるであの時と同じようなシチュエーションに、その時の……自分の声が蘇った。
(この手首、解いて……この姿勢、つらい……)
『……男は、狂ったように腰を動かす。その度に、無理な姿勢で責められて、女が泣いて許しを乞う……』
オレッ、……オレ、も……、あの時、直江にこんな顔、見せてたのか?いつも……見せてるのだろうか?こんな声、出して……?
(高耶さん……)
ふいに……頭の中に、直江の声が響いた気がした。普段呼ぶ時とは違う、アノ時の声で。ゾクッ……
(高耶さん……イイ、の?)
「───ッ!!」
……思わず目を閉じて、自分で自分の体を抱きしめた。酒のせいだけでなく、体が……熱くなっていた。いつも直江の手でイかされるソレが、ドクン、ドクンと脈打っている。直江のアレを受け入れさせられるその部分が……直江を求めて収縮するのが……自分でわかる……
画面の中の女。
オレもあの時は、こんな風なのだろうか。いや……男の身で男を受け入れ、女のような声を上げてのたうつオレの醜態は、こんなものではないだろう。
それ以上、正視に耐えられなくて、オレはビデオの電源を切った。
途端、室内に静寂が戻った。それなのに……頭の中の直江の声と、既視感は、まだ続いていた。
(高耶さん……)
「………ッ、」オレを抱く時の、直江の声が、次から次へと頭の中に響いてくる。
(高耶さん……あなたの中にいる……わかりますか?)
(高耶さん……気持ちイイの?)(直、江……ッ!)
……もうオレは自分の中の衝動を、抑えることが、できなかった。目を閉じたまま、そっと右手を股間に伸ばす。いつも直江がそうするように、ローブの裾を割って中に滑り込ませ、すでに熱くなっている自分自身に、そっと触れる。
この手が、自分の手ではなく、直江の手だと、直江にされているのだと思うと……思わず、声が洩れた。
「……ッア、」頭の中で、なおも直江が囁く。
(高耶さん……脚を開いて)
その言葉に従い、眼を閉じたまま、オレは自ら震える脚を開いていく。
(……もっと。もっと開いて。あなたのソコを、……オレに見せて?)
云われるまま、いつも直江がするように、両膝裏を震える両手で掴んで、大きく……左右に開いた。頭の中の直江の声が、誉めてくれる……
(いい子だ。高耶さん……よく見えますよ、あなたがご自分でも見たことのないソコが。あなたの、何もかもが……さあ、ここで見ていてあげるから……一人で、してごらんなさい?)「……なお…、え……ッ」
本当に目の前で、直江に見られているような錯覚に、オレは震えながら再び、熱くなった自分自身に手を伸ばした。
いつも直江がしてくれるのと同じように、強く柔らかく、激しく緩く、丹念に……先端から、先走りが染みだす頃には、もうオレは完全に理性を飛ばしていた。
はきれんばかりにしなり返った自分自身に、自分の指を絡めて、指先で濡れた先端を何度も擦る。直江を受け入れている時のように、同じリズムで腰を振って、本能のまま……「あっ、あ……、も、なおっ……なおえぇ……ッ、」
(高耶さん……淫らな、イイ顔をしていますよ。……もっと。もっと擦って。強く扱いて。……ほら、もうすぐ爆発する)
「ああっ……、直江ッ!も……でるッ、しろいのっ、出──ッ!」その直後、いつもは直江の手が受け止めてくれる液体を、自分の掌で受け止めて……オレは肩で息をしていた。
無意識にオレの口をついて出る言葉は、ただ一つだけだった。
「直江ぇ……ッ、」出してしまっても、オレの中の熱は収まらず……それどころか、荒れ狂っていた。
たりない──こんなんじゃ、駄目だ……
たった今イッたばかりだと云うのに……オレのモノは再び頭をもたげかけている。
オレの……いつも直江を受け入れているソコが、直江を欲しがって疼く。何度も受け入れさせられた為に、直江の、形も、色も、固さも、太さも、熱さも、直江の何もかもを……憶えてしまった。
前だけじゃ……たりない。今すぐ、直江がほしい。直江に入れてほしい。直江の指で、直江のアレで……してほしい──いつものように。
「直江──ッ、直江、直江ぇ……ッ!」
オレは満たされない自分の体を抱いて、泣き出す寸前だった。泣いたって、無駄なのに。直江はいない。あと四日……会えない……
その時だった。背後でカタン、と云う物音がして……
ハッと振り向いたオレの、涙の滲む視界に入ったのは……微笑を浮かべた紛れもない、本物の直江だった。