くちびる


by 京香さま



あ、と思った時にはオレは直江の唇を受けていた。
顎をくいっと持ち上げられ、瞬きする間もなく唇が降ってきた。直江の髪がさらりと顔に零れ、触れ合わせている肌の感触もろとも擽ったぐ感じる。それでも、弾力のある直江の唇が気持ちよくて、オレはウットリと目を閉じていた。
直江の唇は意外にも柔らかい。すぐカサつくオレのそれと違って、適度にハリがあって瑞々しい。しっとりと合わさるその感触は、オレを夢中にさせるのに十分だ。
「ハ……」
触れ合わせているだけの口づけに焦れて、オレが誘うかのように唇を突き出すと、直江がそれに答えるように唇を強く押しつけてきた。誘導されてうっすらと開くと、唇でや
んわりと挟み込まれる。直江は上唇、下唇と順に啄んでから、熱い舌をオレの口内へと差し入れてきた。
「ん…」
無意識のうちにオレの喉が鳴った。
熱い舌が口腔を這いまわり、息苦しさから逃げようとするオレの舌を強引に絡め取る。
腰を強く引き寄せられ、舌を唾液ごと強く吸われてオレは眉を寄せていた。
と、突然直江が唇を離した。急な喪失感に反射的に目を開けると、直江の顔が視界いっぱいに飛び込んできてオレはドキリとした。
射るような眼差しが、肌に痛い。
見慣れている直江の瞳は、いつも湛えている理知的な光の代わりに欲望に濡れていた。
視線が熱い。
まるで、全てを焼き尽くすかのような熱い視線に犯されて、オレの体は自然と震え始めた。呪縛に捕らわれた小動物のように、目を逸らすことも出来ず見つめていると、直江がようやく口を開いた。
「ここ…」
「え?」
「皮が剥けていますね」
夜気に冷えた指が伸びてきて、今までの行為で艶やかに濡れたオレの唇に触れてくる。
「……あぁ」
合点がいったオレは、直江の指に自分の指を絡ませながら苦笑した。
「今乾燥してっからな。…カサカサになっちまった」
「可哀想に」
直江はそう言うと、指の代わりに伸ばしてきた舌でオレの唇をなぞり始める。
「な、なおえっ」
擽ったさと恥ずかしさに身を竦める。
直江の整った顔を至近距離でまざまざと見せられて、何か落ち着かない。それに瞳を伏せて、舌をのばしてくる仕草がとても淫靡に見えて、オレの胸は不覚にも高鳴った。
恥ずかしいような、照れくさいような感情に戸惑って抗議の声を上げるが、直江はどこ吹く風で行為を止めようとしない。どうにも落ち着かなくて、直江の舌から逃れようとオレが顔を背けると、直江の手が二人の間に割り込んできて、胸の中心でぷくりと立ち上がっていた突起を、指の腹で刺激してきた。
「んあっ」
くすくす、と忍び笑いが聞こえる。
「相変わらず感じやすいんですね」
「バカ…、言ってん、じゃ…」
ムッときて、触れてきている手を外させようとオレは手を伸ばすが、反対に直江に捉えられてしまう。その手を下方へと移動させられ、男の意図を察したオレは羞恥の為に真っ赤になった。
「やっ…」
「何が嫌なの?こんなに触れられるのを待っているくせに」
オレのモノは先ほどのキスで感じたらしく、やや高ぶり気味にあった。たったあれだけの事で、と自分の浅ましさに羞恥を覚えるが、そんなオレの心の内を知らない直江は、オレの反応に気を良くしたらしく、言いながら無理矢理オレの手を自分のモノに触れさせた。
「おっおいっ!」
自分の意志とは関係なくされるその行為に、オレは戸惑った。 経験のある事とはいえ、人に強要されるのは当然の事ながら殆ど無い。その数回の相手は勿論直江であるが、それを望む時はある程度体が高まってからだったので、今まではあまり意識せずに済んできた。
だが、今は…。
正気で行うには、あまりにも恥ずかしい。
「……っ」
制止の声を上げても当然それは聞き入れられない。唇を噛み締めて、何とかやり過ごそうとしているオレを見るのが楽しいのか、直江は耳元に顔を近づけると、更にオレの羞恥を煽る言葉を口にした。
「さぁ、握ってごらんなさい。もっと気持ちよくなりたいんでしょう?」
「やっ、ぁ……。なおっ…」
直江の手ごと自分のモノを握らされ、オレは無意識のうちに腰を捩っていた。熱い肉塊がやけにリアルで、自分の物ながらたまらない。逃れたくて体に力を入れた瞬間、ついそれにも微妙な力を与えてしまい、そこから生じた波に全身を震わせながらオレは声を上げていた。
「あぁ、んっ」
自分のものとは思えない甘い声が口をついて、オレはカァッと顔を赤らめた。普段なら絶対に出さない甘い、甘い声だった。
触らなくてもわかる、顔が火照っているのが。
羞恥の為に、細かく震えてもいる。
でも、どうする事も出来なくてじっとしていると、今度は傍にある気配がやけに気になって仕方ない。
直江は見ている。
オレの恥ずかしい顔を。
その欲望に濡れた眼差しで。
直江に見られていると思うだけで、心臓が早鐘を打って息が苦しい。握らされたままの肉塊がそれに呼応するかのように、ドクドクと脈打った。
「可愛いですね、あなたは」
直江はそう言うと、真っ赤になっているオレの顔にキスを一つ落とした。そのまま唇を南下させ胸元まで移動させると、先ほどはじゃれに終わった乳首への愛撫を唇によって開始する。
その間、勿論空いた手はオレの股間に導いたままである。
小さく尖った突起を舌で突つくように押しつぶしてから、それに歯を立てられる。痛みを感じて僅かに眉を顰めると、乳首を挟み込む力が緩んで、甘噛みするような愛撫に変わった。
「……ぁ」
握らされた自身がぴくっと震えたのがわかった。直江も気づいたらしく、オレの人差し指を幹から外させると、緩く立ち上がったそれの先端へと移動させ、その部分に強く擦り付けてきた。
「や、ぁっ!んんっ」
窪みを弄くらされて、痺れるような悦楽がそこから全身を駆けめぐる。
背中が撓り、引きつった足がシーツに幾重にも皺を作る。直江に操られているとはいえ、自分の手によって高められるその行為が酷く淫らに思えて、オレは一人興奮した。
自慰を強要される自分が惨めだった。だが、その一方で愛しい男を独占していると思わせる行為に酔いしれる。
段々目が霞んできた。
自然と瞳が潤み、受け止めきれなかった涙は頬を伝う。
直江はオレの手を巧みに操って精液の流出を促してくる。
触れた指先は溢れ出る雫で濡れ、零れ続ける体液は二人の手を伝ってシーツへと染み込んでいく。
徐々に、握らされたそれが力強く天を目指し始める。いつしか、直江の手助け無しに自分を高めているのを、オレはどこか遠いところで感じていた。

――もう何もかもどうでもいい。
――今はただこの快楽に溺れていたい。

オレは自ら腰を揺らすと、さらなる快感を追った。
「高耶さん……」
そんなオレに気付いた直江は、キツく握り込んでいたそれから手を外させ、そこに熱い息を吹きかけてきた。そして、ずくんと脈打ったそこは、次の瞬間生暖かいものに包み込まれていた。
(直江が自分のものを口に含んでいる)
そう知覚したオレは、満足げに鼻を鳴らしていた。
「あ、ふぅ…」
生暖かい感触がやけにリアルだ。ただでさえ敏感になっているそこが過剰反応する。
強すぎる刺激に腰が跳ねた。その動きを利用して直江に太股を持ち上げられ、制する間もなく足を大きく開かされた。男の眼前に無防備に曝されるオスを想像して、オレは羞恥に悶える。
「高耶さん、恥ずかしいの?あなたのここが震えている…」
掠れた声で囁きながら、直江がオレのそれをツ…、と舐め上げる。ヌルリとした熱い肉塊の感触に、オレはびくんと腰を揺らしていた。舌を伸ばしてわざと卑猥に舐め上げる直江が憎らしい。だが、そう思っても体は正直なもので、内股が羞恥のためではなく、快感のために戦慄いた。
直江に何度も何度もそこを舌で舐め上げられるうちに、別の感覚が腰の奥で生じた事にオレは気付いた。
「……っ」
と、直江が舌での奉仕を止めた。どうしたのかと霞む目で見やると、直江が、いつもは隠されているオレの秘められた場所に視線を当てているのがわかった。
「な、直江っ!」
まだ触れられていない奥底を、直江の灼け付くような熱い視線に犯される。何も施していないのに、そこが勝手に収縮を繰り返す。
「な、おぇっ……、も……」
見られている、そう思うだけでそこは疼き始める。
我慢ならなくて腰が揺らすが、それは男の目を愉しませる結果になった。
「くぅ……」
「もう我慢出来ないんですか?ここがヒクヒクしている」
言いながら直江はそこには触れず、放っておかれたままになっている前にあるものをチロッと舐めた。そのまま直江の濡れた舌は、下の方に伝い下りると、到達した付け根から先端にかけてねっとりと唾液を絡め上げてきた。
「ア、ア……ッ」
屹立したそこが濡れそぼっていく様は、とても淫靡に見えた。襲う感覚にピクッと震えた体を力強い腕に抱き込まれる。オレの精液と混じり合った生暖かい液体は、暴かれた奥底へと伝いそこを潤していく。敏感になったそこを浸す、濡れた感触が気持ち悪くて腰を揺らすと、直江はそこから舌を外して切なく喘ぐ蕾から上方へと舌を滑らせた。
「ヒ、ゃあッ!!」
引きつった喉から嬌声が上がり、抱え上げられた足が宙を蹴った。汗がシーツに飛び散って小さな染みを作る。
何ともいえない感覚が生まれてオレは全身を泡立たせていた。
「高耶さん、気持ちいい?」
「――っ!?」
こういう時の直江は、酷く意地悪だ。感じてない訳がないのにこうしてわざわざオレに訊いてくる。オレが嫌がるのがわかっているくせに、オレの口からわざと恥ずかしい単語を絞り出させようとするのだ。それがオレには、直江に弄ばれているかのように思えて面白くない。
恥ずかしさと悔しさからオレがプイッと顔を背けると、直江は苦笑を漏らしたようだ。
それ以上訊いてこなかったところをみると、諦めたらしい。その代わりなのか、そこへの愛撫はやけに念入りで直江は何度も何度も同じ所を辿ってくる。まるで、その道をオレに覚えさせるかのように、だ。
「……っ!」
舌がぬるりとそこを辿る度に、オレは逃げ出したくなるような悦楽から必死に抵抗した。
が、そこを支配するむず痒いような感覚は、やがてオレのなけなしの理性をも食んで、未知の世界へと誘う。
(流される!)
そう思ったが、自分ではどうすることも出来ない。
オレは直江の成すがままになりながらも、荒い呼吸によってすっかり乾いてしまった唇を、舐めることによって潤した。
唇の乾いた感触がとても不快だった。
男の目から見て、その行為がどういう風に映るのかがわかるような気がしたが、オレは構わずその行為を続けた。そうしないと、荒い呼吸ですぐ唇がひりついてしまう。
そんなオレを見ていた直江は何を思ったのかゴクリと喉を鳴らすと、薄く開いたオレの唇に太い指を潜り込ませてきた。
「ん…」
いつものように、鼻を鳴らしてそれに舌を絡ませるオレを、直江は肉食獣のような荒々しい瞳で見ている。
糸を引いて抜き取られた指を、直江は躊躇することなくオレの内へと差し込んできた。
十分に濡れた指の侵入は、痛みを感じることなくオレの快感だけを導き出す。だが、その直江の指を濡らしたものが自分の唾液なのかと思うと、オレは消え入りたいような羞恥を覚えていた。その指が自分の中に何度も出入れを繰り返し、敏感な壁を引っ掻いていく。
たまらなくてギュッと目を瞑るが、そんなオレに構うことなく直江の指は卑猥な音と共にその行為を繰り返した。
「…ぁ、んん…、ん…」
羞恥に頬を染めていたのは僅かな時間だった。既に快楽を知っている体はもっともっととどん欲な愛撫を欲してくる。体は正直だった。未だ一度もイかされていない自身は、後ろの愛撫により限界まで膨れ上がり、早く楽になりたいと涙を零し続ける。
段々優しい動きでは物足りなくなってきて、オレは自ら腰を動かしてイイ場所へと誘導させていた。直江の長い指が、悦びを掠めていくのを捕らえるが如く。
腰を揺らす度に勃ち上がっている前が淫らに揺れ、漏れ出る先端が濡れた痕跡を描いた。
「あっ……」
十分に解けたところで、直江は指を引き抜いた。突然の喪失感にオレの口から思わず残念そうな声が漏れ、その浅ましさに顔を赤らめた。
「待っていて。……今、あげるから」
そんなオレにくすりと笑みを零した直江は、銜えるものを失ってヒクヒクと震えているそこに指をスッと滑らせ、カタチをなぞるようにしてからそこに熱く滾ったものを埋め込んだ。
「ん、アァ―――っ!!」
慣らされていたとはいえ、急に我が身を襲う圧迫感にオレは悲鳴を上げていた。
緩く花開いていた蕾を、直江によって無理に咲かせられる。全身が震え、じっとりした汗が快楽に染まった皮膚にぷつぷつと浮かんでは流れていく。半ば強引に銜え込まされたその部分が熱を持ち、痛みを訴えてくる。
「高耶さん、ここの力を抜いて」
涙を零しながら苦しげに息をしているオレに罪悪感を覚えてか、直江は途中まで埋め込んでいたそれを先端近くまで引き抜き、オレの体が慣れるのをじっと待った。先ほどの愛撫で濡れたそこに、直江の先から漏れ出る液が混じり込み、少しずつ痛みが和らいでくる。と同時に何ともいえない悦楽がそこから生まれ、オレの意識を除々に奪っていく。視界は靄がかかっているかのように白く霞み、愛しい男の顔が良く見えない。
「高耶さん……」
直江の低い声が鼓膜を震わせた瞬間、思わずキュッと締めてしまったそこに直江は安堵の息を吐くと、更に足を大きく広げさせてツイッと腰を進めてきた。
「あぁんっ」
堅い先端に抉られて、オレは思わず恥ずかしい声を上げていた。その声でオレの体がすっかり悦楽に染まったことを知った直江は、今度は遠慮することなく一気に奥までズズ…と侵入ってきた。
「い、やぁー、あ、ン」
ぬるぬるとした液が中の滑りを良くし、どこまでも男の強引な侵入を許してしまう。リアルな感覚にいやいやと頭を振りながらも、一息ついた時にはオレは直江をその身にどこまでも深く受け入れていた。
「ア、……ハッ、…ハ……」
忙しない息づかいが辺りに木霊する。その一方で、どくどくと脈打つ男のそれを体の奥底に感じていた。
心臓の音がこめかみ辺りで響くのを感じながら、オレは自分を抱いている直江の端正な顔を見やった。




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