くちびる(Part2) 

by 京香さま



(なおえ…)
目の前にある男の顔が快楽に僅かに歪む。薄く唇を開いてじっと何かに耐えるかのように伏せられた瞳。緩く波打つ胸元。汗に光る肢体。熱く乱れた呼気……。
それを与えているのは、男の逞しいものをその身に深く受け入れている自分だった。
そして、自分の足を抱え抱く力強い腕。体の奥底に存在する男の確かなもの。思うまま揺すぶられ、快楽に染め上げられる体……。
それは、支配すると同時に支配されるという、暗い喜びを伴っていた。
「あ……」
直江に突き上げられてぴくりと体が引きつった。
そこから全身に伝わる直江の想い。
言葉以外に、以上に想いを伝える事が出来るその部分。それが二人を繋ぐ唯一のものだと思うと愛しくてたまらない。
辛くないと言ったら嘘だった。本来男を受け入れる場所ではないそこは、幾ら回を重ねても慣れることはなかった。痛みこそあまり感じなくはなってきたが、圧迫感は相当なものである。ただじっとしているだけでも息が荒くなり、全身に汗が浮かんだ。けれど、こんなにも辛い行為だというのに、心は暖かい日差しのように酷く満たされていた。
男同士での卑しい行為だとかモラルに反しているとか、そんな事どうでもいい。
ただ、今は、直江を感じていたい…。
「ぁ……、ぁ……」
オレは眉を寄せながら、銜え込まされている楔を今まで幾度もそうしたようにキュッ、キュッと絞った。その度に、更に中に入ってくるそれに奥を突かれて悲鳴を上げる。
「…っ。高…耶さん。どう…したんですか?そんなこと…されたら…っ」
自分が起こした波によって、誰よりも愛しいこの男が感じてくれている。
オレは愛しさを内包した幸福感に包まれながら、直江を早くその気にさせるべく今の行為を繰り返した。
「…っ!」
息を詰めた直江がオレの腰をガシッと掴んだが早く、急に激しく腰を使いだしてきた。
前後左右は勿論、そこを広げるかのようにグラインドされて、オレは息も絶え絶えに嬌声を上げていた。
「アア、ン、ア、アァ……ッ」
何度も何度もイイ所を擦られて、悦楽がたまらないうねりとなって体を駆け巡る。ビリッと痺れるような感覚をそこここで感じながら、オレはその波に流されまいと必死にシーツを掴んで耐えた。
「あぁ……ん、な、お…」
頭を振り乱して、涙混じりに直江を呼ぶオレの鼻孔を、その時僅かな異臭が掠めた。
その嗅ぎ慣れない臭いに思わず眉を顰める。
血の臭いだった。
どうやら、悲鳴を上げた時に、乾き始めていた唇の皮が突っ張って切れてしまったらしい。僅かな痛みと共に、温かい血液が口内に流れ込んでくる。
オレは血液独特の鉄臭い臭いに顔を顰めながら、切れた上唇に先ほどと同じく舌を伸ばしていた。
滲み出てくる血を舐めとる。鉄臭い味に思わず顔を顰めた。唾液に濡れた赤い舌が、血液の紅を受けてよりいっそう朱に染まった。その生々しい色彩を男はどんな気持ちで見ているのだろう。そんな事をぼんやり思っていると、直江がたまらない、といわんばかりの掠れた声でオレの名前を呼んだ。
「高耶さん…」
その声に思わずブルリと背が震えた。
直江は無意識のうちに出しているのだろうが、感じ入っている今の自分にとって、その声は媚薬のような効果がある。熱い吐息と共に紡ぎ出された自分の名前に、オレの胸はおかしいくらい激しく高鳴った。
(あぁ…、直江がオレを求めている)
そう思うだけで、涙がでそうなくらい嬉しい。
誰よりも愛しい人に求められる、それは何て幸せな事なんだろう。
(もっと、もっと…、深くお前を感じたい…)
そんなオレの気持ちが伝わったのか、直江はオレの足を高く持ち上げて腰を浮かせると、貫く腰の角度を微妙に変えながら、更に激しく上下左右に揺さぶってきた。
「あ、…ン、ン……なっ、………あ、ん」
開きっぱなしの口から絶え間なく嬌声が漏れた。次から次へとあふれ出る悲鳴を、噛み砕く術は無い。その艶やかさは、直江がオレを求めてくる強さに比例した。
口の端からは、飲み込めきれなかった唾液が伝い落ち、シーツに淡い染みを作り出した。それは、唇から滲み出る血液と混じっていて、男の目にはとても淫靡に映るものだった。
(まるで、……の、ようだ)
直江は、くっと瞳を眇めると、本能の赴くまま荒々しく出入りを繰り返した。
「ヒ、ァ……ッ」
強く擦り付けられるそこが、じくじくと痛む。しかし、その痛みの中に混じる言いようのない痺れは、とても甘美なものだった。
(もう…、とろけちまう…)
男の成すがままに揺さぶられる屈辱を噛み締めながら、熱く堅い楔に擦られてオレの口から歓喜の声が上がった。
先ほどから放っておかれたままになっている前の部分が辛い。いい加減我慢が出来なくなって手を伸ばすと、直江の手にあっけなく阻まれた。
「やっ、も、ぉ……」
焦れったくて、思わずオレの手を掴んでいる直江の手に爪を立てると、直江は苦笑を唇に刻んだ。やんわりと握り返してきてから、外した手をオレの股間へと伸ばしてくる。そのまま堅い実を強く揉み込まれて、オレの体はピクッピクッと反応してしまう。まだ一度もイかされていないそこはもう爆発寸前で、ちょっとの刺激でもかなりの快感を運んでくる。
「あ、ぁん、……も、…イき、たい……」
「もう少し、我慢して」
目元を染めて哀願するオレをやんわりと制した直江は、一度腰を落とすとオレの背中へと腕を回してきた。何をするかのかと尋ねる間もなく抱き起こされて、直江の上に馬乗りの状態にさせられた。
「あ――――――っ!!」
ズズズッと直江が入ってくると同時に、オレは直江の手の中で果ててしまった。力が抜けて後ろに倒れそうになるところを直江に支えられる。そのまま直江の胸の中に抱き込まれるが、それは、達したばかりで敏感になっている肌には強い刺激だった。
ぞわぞわっと背中をはい登ってきた感触に、オレは為す術もなく体を震わせていた。
「ァ…、ア……」
オレの口から堪えきれない喘ぎが漏れる。
宥めるように直江に優しく背を撫でられるが、それは却って逆効果だ。優しく撫でられる感触に、達したばかりのオスが再度頭を持ち上げる。
唇からひっきりなしに荒い息が漏れ、唾液と混じった生乾きの血をこびりつかせる。
「高耶さん、動いて」
耳朶を甘噛みしながらそそぎ込まれる、直江の深い声に狂わせられる。
背中を撫でていた温かい手が、繋がっている部分に添えられて動きを促された。
言われるままそろりと体を揺らすと、直江を迎え入れているそこからぞくぞくっとした奇妙な痺れが全身を駆け巡り、オレは涙を浮かべながら喜悦の声を上げる。深く入り込んだ肉棒に、熱でとろけた壁を蹂躙される。
気持ちよすぎてどうにかなりそうだ。
再び大きく立ち上がった前から、歓喜の涙が溢れる。
緩い刺激では焦れったくなって腰を強く揺さぶってみるが、それは男にとってはまだまだのようであった。両手でオレの腰を固定させると、下から激しく突き上げてきた。
「あぁっ!……ンッ」
縋るものを求めて力無く伸ばした手が、直江の髪を掴んだ。柔らかく指に絡むそれを握りしめて、オレは遅いくる波に必死に耐えた。直江は一度オレの中に深く突き刺すと、腰に添えている手に力を込めて貫いている角度を強引に変えてきた。
「……ッ!」
ビリッとしたものが脳天を貫いた瞬間、オレは甲高い嬌声を上げていた。
「なおえ、な、おえ……、もぅ……、……やぁっ!」
長すぎる激しい交わりに、意識が朦朧としてくる。
乱れた呼吸が酸素を奪って息が苦しい。
意識しない涙は勝手に溢れ、汗と一緒になって肌を濡らしていく。
上げ続けた声に、喉はヒリヒリ痛む。
そして、すっかりかさついた唇はじくじくと痛みを訴えた。 
(もう…、これ以上は、…限界、だ……)
オレは荒々しい直江に翻弄されながら、意識が遠のくのを感じた。


     


「唇、切れている」
「ン……」
低い囁きと共に何か柔らかいものに頬をなぞられて、オレの意識は浮上した。
(あ……れ?)
重く感じる瞼を開くと、辺りはすっかり明るくなっていた。枕に顔を埋める形で寝ていたオレは、寝ぼけ眼のまま声がした方に顔をずらす。
目の前に直江の顔が飛び越んできた。
眩しく感じる朝日を背に浴びながら、直江はオレを見ている。
(……?)
――オレ、どうしたんだっけ?
自分の置かれている状況が理解出来なくて、オレは直江の顔を見ながらゆるゆると思考を巡らせてみる。だが、起き抜けの上に、疲れているらしい頭は正常に働いてくれなくて、何が何だかすぐには判断がつかない。
うーん、と唸ってから取りあえず起きあがろうとして、…腰に感じた鈍い痛みにオレは沈没した。
(いって〜〜〜っ!)
あまりの激痛に、思わずその格好のまま硬直する。少しそこに力を入れただけで、何とも耐え難い痛みが背筋を走る。その上、体の奥に何かを銜え込まされているような感触があって気持ちが悪い。
これは、とても動かせそうにない。
枕に顔を埋めて声なき悲鳴を上げてると、傍らにいた直江がオレの腰に気遣うように手を伸ばしてきた。
「大丈夫、ですか?」
「う―――っ、ちっとも大丈夫じゃねぇ…」
つい泣き言を言うオレに、でしょうねぇ、と返す直江。
その言い方が癇に障って涙目のままキッと睨むと、直江は苦笑しながらも優しく手を這わせ始めた。その丁寧な動きが嬉しくて、オレは素直に体を預けることにした。
直江の大きな手は少しかさついているけれど、温かい手の感触はオレの気を落ち着かせるのに充分だ。そうして、何度も何度もさすられているうちに、痛みが薄らいだような気になってくるから不思議だった。
半ば夢見心地で直江の手味わっていたオレだったが、段々と目が覚めてきたせいか、昨夜の出来事を徐々に思い出していた。
(…そうだ。オレ、あのあと失神、しちゃっ………!)
カーッと顔に血が上るのがわかった。
いくら凄く気持ち良かったとはいえ、気を失うなんて…!
今までにも、行為の激しさから失神した事はあったオレだったが、何度体験しても、やはり恥ずかしいし情けない。自分はあくまで男なので、女みたいに感じ入る自分が淫らに思えて仕方なくもあった。動揺を履いた目をきょろきょろとさせてると、男の視線とぶつかった。
「…?た、高耶さん?」
「……」
…凄く恥ずかしくて、照れ隠しに目の前にある顔を思い切り睨んでしまった。何か怒っているんですか?と、心配そうに聞いてくる直江。そうじゃないけど、……癪だから言ってなんかやらない。
しかし、まぁ…。
訳がわからず戸惑った顔をする男が何だかおかしい。数時間まで、独裁者のような目をして自分を喘がせたくせに…。一旦事が終ると、あの時の自信は何処にいってしまうのかと思うほど、直江は臆病になる。そんな直江に焦れて、実は以前問い正した事があった。
あの時直江は、
「夢中になり過ぎて、あなたを傷つけてしまってはいないかと心配なんです。あなたに嫌われる事ほど辛い事は俺にはありませんからね」
そう言って、力強い腕で強く抱きしめてくれた。オレは直江のその言葉に涙が出そうなくらいの幸福感に包まれて眠りについたのだ。
愛されている。
そう実感出来た瞬間だった。
その後も、直江は行為の後に気遣う素振りを見せる。オレは、直江にそんな顔をさせてしまうが嫌で、多少辛くても笑顔を見せるようにしていた。それで直江もここの所は安心していたものだから、今日は急に睨み付けられて戸惑っているのだろう。
項垂れた様子がまるで捨てられた子犬のようで、つい苦笑してしまう。いい加減可哀想になってきたので、オレは不安を打ち消す言葉を口にしてやった。
仕方ねぇ、惚れた弱みだ。
「別に怒ってなんかいねーよ。ただ、…ちょっと恥ずかしかっただけ」
「!?」
オレの言葉が意外だったのか、直江は暫く目をパチクリとさせていたが、次の瞬間その顔に嬉しそうな笑みが広がった。それを見たオレの顔にも自然と笑みが浮かんだ。




全身を気怠い疲労感が覆っている。頭も腕も腰も足も指さえも、全てが重く感じた。
怠くて怠くて、ほんの少しですら動くのが億劫に感じる。
(スゴかったもんな…)
オレは、腰を撫でる直江の手の感触を気持ちよく味わいながら、数時間前の享楽を思い返していた。
(結局、昨夜は何回イッたんだ…?)
数えようとして止めた。
……恐くて数えられない、というのが本音である。尽きることのない湧き水のように、昨日は互いに貪りった。いや、貪り尽くしたといった方がいいかもしれない。
(暫くはヤりたくねぇ……)
思うように動かない体を恨めしく思いながら、オレは共犯者を盗み見た。
オレと違って、直江はいつもどおりだ。いや、いつも以上に生き生きとしているのは、オレの気のせいだろうか?
(やっぱり絶倫というか、何というか……)
目の前にある満足そうな顔をした男に今度は腹が立つ。
「ここ、痛い?」
そんな事を思っているとは露ぞ知らないだろう直江に突然尋ねられて、オレの意識は現実に引き戻された。
「え?………いや」
直江の暖かな指が、唇の、ぱっくりと割れた傷口に触れていた。本当は嬌声が上がる度に裂け目が広がった傷口がジンジンと痛むのだが、オレは言わないでおく。
今は、このまま直江の指をもっと感じていたかったから…。
そこに触られるとズキリとした痛みが走るのだが、慰撫するような感触が、…何だか、いい。
(何だかんだ言ってオレって…)
こいつに惚れまくってんだなぁと思ってしまった自分に赤面する。
「……………ましょう」
「あ?何か言った?」
オレは自分の世界に入っていたので、直江が何か言って来たのを聞き逃した。再度聞き直すと、
「ですから、後でリップクリームでも買って…」
(へ……?)
「……ス、ストーップッ!いいっ、言わなくていいっ!お前の言いたいことはわかった!だから、言わなくていいっ!」
「………どういう意味ですか」
(どういう意味も何も、こいつがリップクリームなんて単語口にするなんて……!)
似合わな過ぎて、笑ってしまう。
笑いを噛み殺してぶんぶんと激しく頭を振るオレに、直江は幾分気分を害したようであった。どこか拗ねたような眼差しをオレに向けてくる。その顔が恐いことに何だか可愛らしく見えて、数時間前まで自分を翻弄していた男とのギャップにオレは今度こそ笑ってしまった。途端に乾いた傷口がまた開いて、オレはその痛みに悲鳴を上げる。
「いってーっ!てててっ!」
「あぁ、ほら。人をバカにするからですよ」
「るせぇっ!元はというと、お前のせいだろっ!」
「おや?私のせいですか?」
直江が含み笑いをしながらにじり寄ってくる。
直江が言いたい事はわかっている。昨夜は自分からも求めた。だから、直江のせいだけではないのだが、だからといってそこですんなり肯定するのは悔しい。だからオレは、
「そうだ。責任取れよなっ」
ふん、と顔を逸らすと、直江にやんわりと戻された。そのままカサついた唇を奪われる。


「仰せのままに」

      end



†椎名コメント†
高耶さん命で、高耶さんの快楽を追求されている(笑)、京香様からの頂き物です。

京香様、すばらしい小説をどうもありがとうございました!!高耶さんの切れたくちびる…直江ぢゃなくてもゾクゾクしちゃいます(^^;
しかも滲んだ血を舌先でぺろっとやられた日には…(><)

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京香様、ぜひぜひまた書いて下さいね♪お待ちしております!!
本当にどうもありがとうございましたm(_ _)m


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