フ×ディ復活記念(笑)



A Nightmare on Matumoto Street 
ACT-5


by 417




「おはよう、高耶」

一瞬、前後不覚に陥るような感覚の後、聞き覚えのある声とともにポンと肩を叩かれて、高耶はハッと我に帰った。
わけもわからず、声のする方へ振り向くと、制服姿の成田譲が笑いかけている。
「………譲?」
高耶は目を瞬かせた。

……いったい、今まで自分はどうしていたのだろう。
戸惑いながらも周囲に目をやると、そこはかつて通い慣れた女鳥羽川沿いの通学路で、気がつけば、高耶自身も懐かしい高校の制服を着て、鞄を抱えて立っていた。
傍らを談笑しながら、同じ制服姿の生徒達が次々と追い越していく──何の変哲もない、朝の光景。

「どうしたの、ぼんやりして。高耶らしくもない……そういえば、少し顔色が悪いみたいだけど?」
譲が、明らかにいつもと様子の違う友人を、心配したように覗き込む。そうされて、初めて高耶は、自分が今、左目を包帯で覆っていないことに気がついた。

「駄目だ、譲──!」
いきなり声をあげ、掌で隠すように左目を覆うようにして顔を背けた高耶に、譲は驚いたように、
「ど、どうしたんだよ、高耶!目が痛いの?」
今にも譲が鮮血を吐いて倒れるのではないかと怯える高耶は、おずおずと云った。

「お前……オレの目を見ても、なんともないのか……?」
「なんともないって、高耶……何云ってるの」
譲は、ちょうど通りがかりの古い雑貨店のショーウィンドーに鏡が展示されているのを見ると、高耶をそこまで引っ張っていった。
ウィンドーの中の鏡を、高耶が恐る恐る覗くと、深紅に染まっているはずの左眼は、なんともなかった。

「……ッ」
高耶には何がなんだかわからなかった。夢……だったのか?今までのは、すべて。
「高耶……?」
譲が心配そうに、鏡に映る自分の顔を凝視したまま、青ざめた表情で立ち尽くしている高耶の肩を揺さぶる。
「譲……お前、本当に譲だよな?」
いつもの高耶らしくもない、頼りなく、不安そうな問いかけに、譲は困ったような笑を見せて、
「何云ってるの。当たり前だろ」
(ああ……)

──夢だった。

そう、思った途端、安堵から高耶はへなへなとその場所に崩折れてしまった。
「どっ、どうしたんだよ!!」
心配性な友人は、慌てて高耶を抱き起こしにかかった。
「大丈夫?病院に行った方がいいんじゃない?」
その言葉に、高耶は慌てて首を振る。
夢の中とはいえ、二年以上も隔離病棟に入院させられていたのだ。病院はもうたくさんだった。

「……悪ぃ、もう、大丈夫だ。早く行こうぜ、遅れちまう」
自ら立ちあがり、制服のブレザーの裾をはたきながら、高耶がそう云って照れくさげに笑ったので、譲は目を丸くした。
「自分から学校行こうだなんて、今日の高耶、絶対おかしいよ!」
「……悪かったな」
不貞腐れたように答える高耶の口調は明るい。
すべては夢だった。
悪いことは終わったのだ。







学校に着くと、何もかもが懐かしかった。
昭和初期に建てられた、著名な建築家の設計による、洋風建築の古いが趣のある校舎、廊下の窓から間近に見える松本城、見なれた町並み。
久々に顔を合わせたクラスメート達との他愛のない会話が、この日ほど楽しく感じられたことはない。

だが、それも、ほんの束の間の夢でしかなかった。
まもなく、始業ベルとともに、黒いスーツ姿のあの男が教室内に入ってくるのを高耶は悪夢のように見た。



「起立、礼」
クラス委員の森野香織の明るく、よく通る声が、高耶の凍り付いた耳を素通りする。
ショックのあまり声も出せず、その場に動けなくなっている高耶以外の全員が立ちあがり、一礼すると「着席」の合図とともに、再び椅子に腰掛けた。

教壇に立った男は、にっこりと微笑んだ。
「おはようございます」
男の視線は、確実に高耶を捉えている。
その鳶色の眼と眼が合った途端、呪縛が解けたように、悲鳴をあげて立ちあがった高耶の背後で、それまで腰かけていた椅子が派手な音を立てて倒れた。

いったい何ごとかと驚いたように、クラス全員の視線が集中する。
「高耶っ、どうしたんだよ!」
譲が慌てて声をかけたが、高耶はパニック寸前だった。
「なんでっ……どうしてあいつがここに……」
「あいつって……」
おろおろと問い掛ける譲に、高耶は彼らしくもなく悲鳴のような声で叫ぶ。

「あいつだよ!なんで!」
すると、あろうことか譲はひどく戸惑ったような表情を浮かべて、小声で耳打ちした。
「……直江先生がどうかした?」
その言葉に、高耶は打ちのめされたように、
「なお、え──先生……?」
「そうだよ、オレ達の担任じゃないか」
「そんなっ……!」
譲は怯える友人を落ちつかせようと、おろおろとその肩を揺すった。
「どうしちゃったんだよ、高耶ぁ……しっかりしろよ」
「──高耶さん。どうかしましたか?」

男は、生徒達が注視する中、穏やかな笑を浮かべて、教壇を降りるとまっすぐにこちらへ歩み寄ってきた。
たまらず、悲鳴をあげた高耶は譲の制止を振り切って、後方のドアに向かって駆け出したが、木製のドアはまるで鋼のように重く、ビクともしない。

(畜生──!)
追いつめられ、開かぬ扉に背をぴたりとつけて、哀れなほど怯え切った眼でこちらを見ているいとしいひと。男は、微笑みながらも、静かに首を振った。
逃げられはしないのだと諭すように。



一歩、また一歩と間合いを詰めて来る男に、耐え切れなくなったのか、高耶が上擦った声で叫ぶ。
「来っ、来るな──ッ、」
「高耶さん……そんなに怖がらないで。なにも怖いことなんてない。わかっているでしょう?」
紛れも無く、あの行為の時のように、その名を甘く囁いて、ついに男の指が怯える体を捉えた。

「うわあああーっ」
恐怖のあまり、死にものぐるいでもがく体を、男はやすやすと抑え込む。
男は、暴れる両手首を片手で掴んで頭上で一纏めにすると、細い体を扉に押し付け、覆い被さるようにして自由を奪った。
その様子を、微笑みながら見守るクラスメート達。
譲でさえ、助けに入るどころか微笑んで、重なる二人を見つめている。

「ああ……あ……」
体重をかけて覆い被さられ、触れるほど間近で鳶色の瞳に覗き込まれて、囚われた高耶の喉から、声にならない悲鳴が洩れた。
「や、め……」
恐怖に歪むいとしい顔をうっとりと見つめ、男はゾクッとするほど甘い声で囁く。
「愛していますよ……高耶さん。さあ、授業をはじめましょうね……」
あなたの好きな、あの授業を。

そう耳元に囁いて、男は、小刻みに震えている制服の首筋に徐に顔を埋めた。
「──ヒッ、」
感じやすい耳朶から首筋を、性感を煽るようにきつく吸われ、甘く舐め上げられて、高耶が掠れた悲鳴をあげる。
「や、だ……や……」
男は片手で高耶の腕の自由を奪ったまま、もう片手で嫌がるブレザーの襟をはだけさせると、露にさせた喉に紅い痕を散らしながら、残酷に囁いた。

「ほら、みんながあなたを見てる」
「───ッ、」
より羞恥を煽るような言葉に、細い体がビクッと震える。
「お友達も、あなたがどんな風に俺を受け入れて、どんな声で啼くのか、楽しみにしていますよ……」
男の指はシャツの上から胸の突起をつまみ、脇腹を掠めて背後へと回され、スラックスの布越しから、形のいい双丘の狭間をゆるゆると辿った。

「ひさしぶりですからね。あなたのココ……制服の上からでも、俺に早く入れて欲しくて、ピクピクしているのがわかる」
「やっ……めろっ……」
真っ赤になって身を捩る高耶の股間に、男はスーツの下で熱くなっている己の昂りを押し付けて、尚も淫らに囁いた。

「高耶さん。俺のコレ……欲しいでしょう?」
間近に覗く男の鳶色の瞳が妖しく輝き、その眼に見入られた細い体がビクン、と震えた。
夢魔の呪縛に囚われた哀れな獲物の背に、かつて嫌と云うほどその身に教え込まれた、痺れにも似た官能の波が走る。

「だ、めだ……なおっ……」
きつい目元に涙を滲ませた高耶の唇が、堪え切れず、男の名を口走った。
それを待っていたかのように、鳶色の眼がスッと細められ、男は感じやすい耳朶に唇を寄せて甘く囁いた。
──いい子ですね。

抵抗すらできず、衆人監視の中、容赦なく剥がれる制服。
絶望に開かれた視界に飛び込んでくるのは、重なる自分と男を凝視するクラスメートの熱い視線……高耶の眼から、涙が溢れて滑らかな頬を伝う。



これは、夢だ。眼を覚せ。
高耶は男の手を払うこともできず、されるまま、啜り泣きながら自分に云い聞かせる。
こんなこと、現実なわけがない。

男の腕の中で強引に向きを変えさせられ、扉に手をつくよう強いられ、下着ごと膝まで引き下ろされたスラックスの下、露になった双丘の狭間に男の欲望が押し当てられる。
男のモノがドクンと脈打つのを、自分の体のあんな所で嫌でも感じて、高耶は羞恥と屈辱に涙に濡れる眼をきつく瞑り、唇を切れる程噛みしめた。

「高耶さん……力を抜いて」
諭すような囁きとともに、男が密着させた腰に力を入れる。
拒絶する術もなく、熱く滾る男の先端が固く閉じた蕾を抉じ開け、体内に侵入した時、高耶の反らされた喉奥から、哀れな悲鳴が迸った。
「アアアアア───!」
馴らしもせずに敏感な粘膜を割られて、根元まで押し入られて、身を裂く激痛に高耶は乱れた制服の背を反らせ、扉にきつく爪を立てた。

閉ざされた闇の中で、その名を叫び、その身を欲してもがき続けたいとしい体と、ようやく繋がった男の唇から、満足気な吐息が漏れる。
「高耶さん……」
「───ッ、」
端正な顔を歪め、唇を切れるほど噛みしめて、必死に苦痛に耐える背がいとおしい。異物に深々と貫かれ、息も絶え絶えになっている耳朶を甘く噛んで、男はなだめるよう云った。
「さすがにきついですね……痛いのは仕方ないでしょう」
──二年ぶりですからね。

その口調からは、長い間、自分の腕から逃れていた高耶への、どことなく非難めいた色が伺える。
大丈夫。淫乱なあなたのことだ。すぐにヨクなりますよ。
男は揶揄るように囁くと、飲み込ませた凶器を半分ほど引いて、いとしい肉の感触を確かめるかのように、再びゆっくりと押し入った。
「ヒーッ」
たちまち、囚われの唇から新たな悲鳴が押し出される。限界まで突き上げられて、生理的な苦痛から無意識に逃れようと引ける腰を、叱咤するように自分へと引き寄せ、啜り泣くいとしいひとに、男は甘く残酷に囁いた。

俺がこの二年の間、どれほどあなたに会いたかったか……どれだけ、あなたに飢えていたか。この体に、たっぷりと教えてあげますよ。
「………やっ、」
再び、忘れていたあの底無しの快楽に堕とされると悟って、男を奥深くまで受け入れさせられている高耶の眼から、絶望の涙がこぼれる。
「ああ。せっかくですから、お友達にも、あなたのうんといい顔を見せてあげましょうね」
男は楽し気に嗤うと、嫌がる高耶の顎に手をかけ、無理矢理こちらを向かせた。

にやにやと、いやらしい笑を浮かべてこちらを見ているクラスメート達。
羞恥と屈辱に耐え切れず、高耶は叫んだ。

「見っ、見るなあああああ」




***



「───ゥアアアアア!」
悲鳴をあげて飛び起きると、いつもの病室のベッドの上だった。
薄い治療着は、冷たい汗でべっとりと張り付き、まだ心臓が壊れそうなほど激しく脈打っている。男の耳朶への熱い囁きと、クラスメートが見ている前で犯されたあの感覚は、妙にリアルに体に残っていて、高耶は両拳で激しくベッドを打ちつけた。
(なんだってんだよっ……!)

もう随分長い間、夢を見ることはなかった。
悪夢からの解放。それは原因不明の病に侵され、隔離生活を強いられている高耶が、自由と引き換えに手に入れた、唯一の救いでもあった。
なのに、今になっていったい何故──執拗に繰り返される淫夢への、やり場のない恐怖と羞恥、激しい怒りで、目の前が紅くなる。
何より、許せないのは自分自身だった。男の、あの鳶色の眼に見つめられ、あの声で名前を呼ばれると、それだけで体が竦んで動けなくなってしまう。




新しい主治医の前で醜態を晒した上、その主治医を相手に、白昼、淫夢を見たことだけでも、高耶にとっては相当なダメージだったが、その上、またしても淫らな夢を見てしまった自分への、激しい嫌悪に耐えられなくなって、高耶はベッドを降りると病室の隅の簡易シャワールームに駆け込み、着衣のまま頭から冷水を浴びた。

「……畜生……ッ!」
堪え切れずに叫んで、拳で何度もシャワールームの壁を打ちつける。
こんなことをすれば、異変を聞き付けた看護士が今にも飛んでくるかもしれなかったが、どうしても感情を抑えることができなかった。



どれだけ、そうしていただろう?
濡れた治療着と片目を覆う包帯を無造作に取り去って、一糸纏わぬ姿になった高耶は、洗面台の鏡に映るずぶ濡れの自分を覗き込んだ。

見る者すべてを傷つける、深紅の邪眼と化した左眼。
生涯治る見込のない、原因不明のこの病は、淫らな自分が他人と接触できないよう、神が与えた罰ではないのか?

その時だった。高耶が覗き込んでいる鏡に、背後から裸の自分の体を抱くようにして微笑みかけているあの男が一瞬、映ったのは。
「ヒ──ッ、」
悲鳴をあげて振り向いた先には、誰もいない。
もう一度恐る恐る鏡を覗くと、そこには怯えきった表情の自分が映っているだけだった。

「……ッ」
誰もいるはずがないのに、なぜか見られているような気がして、高耶は冷え切ったずぶ濡れの体をろくに拭いもせずに、新しい治療着を無造作に羽織るとシャワー室を出た。






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