フ×ディ復活記念(笑)
A Nightmare on Matumoto Street
ACT-5-2
by 417
この日の昼食は、高耶の好きな白身魚を主体にしたものだったが、立て続けに見てしまった悪夢のショックが尾を引いていて、とても食欲などなかった。
高耶は暗い思いで手付かずのトレイを傍らに押しやると、かわりに看護士が昼食と同時に差し入れてくれた雑誌を手に取った。
流行のファッションや人気アイドルのグラビアがメインの、若者向けのその雑誌は、正直なところ高耶には、あまり興味のもてるものではなかったが、せっかく看護士が好意で置いていってくれたのだし、気晴らし程度にはなるかもしれない。
表紙に手をかけ、何気なく頁を捲った次の瞬間、そこにありえない写真を認めた高耶の全身が凍った。「───!」
あろうことか、不意に視界に飛び込んできたのは、右手首と右足首、左手首と左足首をそれぞれ枷で戒められて、あられもない獣の姿勢で、背後からあの男に犯されている自分の姿だった。陵辱を拒むどころか、深々と犯され、男の指で背後から勃ちあがったペニスを包み込むように扱かれて、口端から銀の糸を滴らせている、明らかに恍惚とした己の表情。
それだけではなかった。どの頁も、あの男に犯され、あられもなく喘ぐ己の写真で埋め尽くされていた。
何よりショックだったのは、それらの写真の中の行為が、かつて繰り返された淫夢の中で、実際にその身に体験させられた、憶えのあるものばかりだと云うことだった。あられもない姿で夜毎、自由を奪われ、その身にたっぷりと仕込まれた、口に出すのも憚られる、淫らな行為の数々が、嫌でも蘇る。
ようやく、我に帰った高耶が、羞恥と嫌悪から、手にした雑誌を投げ出すと、触れてもいないのに、頁がパラパラとめくれて、とある頁で止まった。「───、」
深い霧に包まれた、瀟洒な屋敷の写真。
無論、高耶はその屋敷に見覚えがあった。頭から冷水を浴びせられたように、ゾクッとしたものが背筋を走る。全身が強張り、手が震えた。
屋敷の写真から眼を反らしたいのに、反らすことができない。ふと、写真の中の洋館のドアの前で、何か、小さくしろいものが動くのが見えた。
それが、包帯で片目を覆い、白い治療着を羽織った今と同じ姿の自分であると気づくまで、そう時間はかからなかった。見ている前で、雑誌の中の洋館の扉が開く。
そして、開いたドアの奥から、自分を呼ぶ声がするのを、高耶ははっきりと聞いた。
(高耶さん……)
「駄──駄目だッ……行くな……!」
中へ入ろうとする、写真の中の自分に向かって叫んだその瞬間、フッと意識が暗転する。
闇の底へ、何処までも堕ちていくような感覚……ハッと気がついた時、高耶はあの屋敷のエントランスに立っていた。
***
「なっ……に……」
これも夢の続きなのだろうか?また、自分はあの悪夢に入り込んでしまったのか?
恐ろしくなって、屋敷の外に出ようと必死に取っ手を掴んでも、ドアは固く閉ざされたままで、パニック状態に陥った高耶が体当たりをしても、重厚な扉はビクともしなかった。
恐怖のあまり、叫びだしそうになった時、突然聞こえてきた悲鳴に、高耶はヒッと身を竦ませた。エントランス正面、階上へと続く階段の裏手に回ると、もう一つ地下へと下りる階段があることを、かつて繰り返された夢のせいで、高耶は嫌でも知っている。
二年前、夜毎続く悪夢の中で、あの男に囚われ、迷路のように入り組んだこの屋敷の中を逃げ惑い、虚しい逃走の果て、連れていかれる先はいつも地下室だった。悲鳴は、その地下から聞こえてきていた。
聞き覚えのある声に、声の主が誰であるのか瞬時に悟って、高耶の顔面は蒼白になった。
「嘘だっ……そんな……っ」
高耶が何よりも聞きたくない、その声。哀れな悲鳴は啜り泣きになり、やがて途切れ途切れの甘い喘ぎへと変わっていく。「や、めろ……ッ!」
高耶は両耳を覆ったが、どんなに聞きたくなくても、その声は直接、頭の中に響いてくる。
「やめろ……やめてくれ……ッ!やめろぉおお!」
耐えきれなくなって、高耶はとうとう、自ら地下へと降りる階段を駆け降りた。仄かなキャンドルの灯が揺らめく薄暗い通路の奥から、ひっきりなしに聞こえてくる啜り泣きと、淫らな喘ぎ。
辿りついた重い鉄製の扉は、内側に向かって、まるで誘うかのように僅かに開いたままになっている……扉の手前で、急に恐ろしくなった高耶の足が止まった。「アアッ……ン……あ……」
半開きの扉の奥から零れてくる、その声。くちゅくちゅと云う淫らな音。
見なくとも、高耶には、何が行われているのかわかっていた。……見たくない。この部屋にあるものを。
それでも、これ以上、こうしてこの声を聞いているのも耐えられなかった。
意を決し、震える手を伸ばして、そっと扉に触れると、ギィッと軋む音とともに扉が開いた。
「ヒッ……」
視界に飛び込んできた、にわかには信じがたい光景に、声にならない悲鳴が迸った。
***
扉の向こうにぽっかりと開いた闇の中、異形の深紅の薔薇の大木に囚われたもう一人の高耶が、蠢く蔓に四肢を絡めとられ、あられもない姿で喘いでいる。
左目を覆う包帯は解け、無残に破れた治療着の残骸を僅かに纏わせ……大きく開かれた脚の間、無数の蔓が淫らな触手となって出入りする度、囚われの高耶は悲鳴をあげて身を捩った。「アアッ……ク……」
蕾の中で暴れていた、数本の細い蛇ほどの太さの蔓が、狭い襞にしろい樹液をたっぷりと吐き出して出ていくと、もう一人の高耶の口から切ない吐息が零れたが、すぐに新たな蔓が我先にと蕾をこじ開けるようにして奥まで入り込み、うねうねと犯しはじめたので、高耶は甘い悲鳴をあげて、口端から銀の糸を垂らし、自ら腰を振りはじめた。「……ッ」
高耶の腰に動きに合わせて、異形の大木からはらはらと舞い落ちる深紅の花びら。
目の前で繰り広げられる、もう一人の自分の信じられない狂態に、茫然と立ち尽している高耶と、触手に犯されて喘ぐ高耶の視線が一瞬、かち合う。
もう一人の高耶は、舞い散る花びらと同じ、深紅に染まった左目を欲望に濡らし、淫らな笑すら浮かべて、凍りついたように立ち尽くしている高耶に向かって話しかけてきた。「……懐かしいだろう?」
高耶は、声もない。
「……二年前……お前はこうして、この木と戯れるのが好きだった」
「う……嘘だっ……!」
叫ぶ高耶に、もう一人の高耶は自ら腰を使って尚も激しく欲望を貪りながら、口元を歪めて笑った。
「自分に嘘をついても無駄だぜ……?」
「違う!お前はオレじゃない!」
「認めたくないんだろう?浅ましい自分の姿を。この邪眼と化した左眼を見ろ。見るだけで他人を傷つける。お前だってわかっているはずだ。こんな病気になったのは、淫らなオレとお前に、神が与えた戒めだと」
「違う!オレは……!」
高耶が叫んだ時、背後から不意に抱きしめてくる腕があった。
「───ヒッ」
「どうしても認めたくないと云うのなら、思い出させてあげますよ」
恐怖のあまり、凍り付いた囚われの耳朶に、あの声が囁いた。
***
次の瞬間、高耶は元の病室で意識を取り戻したが、あろうことか悪夢は終わらなかった。
リノリウムの床に落ちている雑誌の、開かれたままの頁から、異形の薔薇の大木が伸びて、見る間に狭い病室内を覆い尽くした。決して開かれることのない隔離病棟の扉の、強化ガラス製の覗き窓から、あの男が微笑みながらこちらを見ている。異形の大木から、雨のように舞い散る深紅の花びらの中で、喉奥に張り付いた悲鳴は、もはや声にはならなかった。
無数の蔓が、逃げ場のない四肢をやすやすと捉え、ベッドに縫い付けられる。
同時に、自由を奪われ、哀れにもがく高耶の治療着の襟から、袖から、裾から、透明な樹液に濡れそぼった蔓が一斉に入り込んで来た。「ヒッ……」
まるで生き物のように生暖かなそれが、ぬめぬめと樹液を垂らしながら、無数に皮膚を這いずる、そのあまりに異様な感触に、生理的な嫌悪の涙が頬を伝う。
「や……」
感じやすい胸の尖りや脇腹や内腿を伝って、まだ萎えたままの若い楔と、男を受け入れさせられるあの場所を次々と割られたその瞬間、蔓に雁字搦めに囚われた背が、弓なりに仰け反った。覗き窓から様子を伺っていた男が、クスッと微笑む。
高耶の苦痛などおかまいなしで、固く閉じた蕾をこじ開けるように、我先にと無数の細い蔓が潜り込んでくる。
楔に潜り込んだ蔓は、敏感な鈴口から尿道までをぬめぬめと行き来し、秘所に侵入した無数の蔓はばらばらに蠢いていたかと思うと、体内でより合わさって一本の太い触手となり、高耶の奥深くを執拗に犯した。「や、め……」
ぼろぼろと啜り泣きながら、高耶は嫌々と弱々しく首を振った。
恐怖と嫌悪と屈辱の果てに、やがて常軌を逸した快楽が訪れることを、高耶はその体で確かに知っていた。「た……すけ……」
涙に濡れた眼が絶望に見開かれる。
(誰か)
ふと、蔓に自由を奪われている指先が、何か小さくて固いものに触れた。
感触で、それがすぐにナースコールだとわかった。
***数分後。高耶は駆け付けた開崎に、もがく体をベッドに押し付けられていた。
「しっかりしなさい!」
開崎の必死の呼びかけも、今の高耶の耳には入らない。
「アアアアア」
叫んでいるのが自分だと云うことも、今、こうしているこれが現実なのか、まだ続いている悪夢の途中なのかさえ、高耶には理解できなくなっていた。万一、パニックに狩られて、高耶が自ら片目を覆う包帯を取り去ろうものなら、惨事に繋がりかねないと、背後に控えている看護士達の間に、緊張が走る。
「おさえて」
開崎の指示で、看護士数人がかりで、暴れる手脚が押え付けられる。
四肢の自由を奪われても、なおももがき続ける高耶に根気よく呼びかけながら、開崎は白衣のポケットから注射器と鎮静剤と思しき薬剤の入ったアンプルを取り出した。開崎の肉体をあやつる男が、高耶に投与しようとしている薬が、普通の鎮静剤でなく、幻覚剤の混入された危険な薬だと云うことを、看護士達は知る由もない。
細い腕に針が刺さったその途端、きつくベッドに押え付けられていた細い体がビクンと震えた。血管を伝って浸透していく薬液──注射の効果は激烈だった。「ア………」
あれほどまでに暴れていた体が、いまは弛緩しきって物のように投げ出され、涙に濡れた虚ろな眼が白い天井を見上げている。もう大丈夫だからと、先に看護士達を引き上げさせた男は、二人きりとなった病室で、虚ろな片眼を宙に泳がせている高耶を覗き込むと、その頬に愛おし気に手を当てた。
「高耶さん……?」
そっと声をかけると、弛緩した体が微かに反応を示した。
高耶の虚ろな片眼が、微笑みながら自分を覗き込んでいる男の姿を捉え、怯えたように見開かれたが、それも一瞬だった。
自分の見ている前で、再び、涙の滲む眼が閉じられる。
夢の中で二年ぶりに味わったこのひとの体は、たまらなく甘美だった。
もう二度と、このひとが自分のつくり出す夢から覚めないように。
夢魔が与えた幻覚剤は強力なものだ。
抗うこともできず、高耶は再び、甘く淫らな夢の中へと堕ちていった。
To Be Continued...
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あまりに久し振りなので、皆様、どんなお話かも忘れてらっしゃるかもですが(笑;悩みに悩んで、書き直しに書き直して、やっとUPできました。
想像していたよりも、触手でひいひいゆわせられなかったのが残念ι
次回以降、リベンジしますんで、よろしければ続きをお待ち下さいませ。あと1回か2回で終わる予定です(^-^;)それでは読んで下さってありがとうございましたv