フ×ディ復活記念(笑)



A Nightmare on Matumoto Street 
intoduction


by 417




闇の中に、男はいた。
どんなに目を凝らしても、微かな光さえここには届かない……完全なる漆黒。
何も見えず、聞こえるのは、ただ自分の息遣いと、慟哭だけ。

高耶さん……!

男が呼ぶのは、ただ一人の名だった。
何度も何度も。
この闇に閉ざされた日から、男はひたすら彼を思い、その名を叫び続けていた。


男は、この地に長い間生き続ける夢魔だった。
男の糧は、人々が夜毎、見る夢である。
特に子供や多感な年代の少年、少女達の夢は操りやすく、中でも彼らが見る悪夢は男の格好の餌となり、エネルギーとなった。

眠れば怖い夢を見るからと、この地の子供達は皆、夜の訪れを、眠ることを恐れた。
だが、人が生きて行くには、眠らないわけにはいかず……殆どの子供達は、成長とともに悪夢を克服し、悪夢を見ていたことすら忘れて大人になっていくのだが、中にはごく僅かだが、繰り返される悪夢に精神状態を悪化させ、おかしくなってしまう子供もいた。

男に罪悪感などあるはずもなかった。
人間が生きる為に家畜を飼い、その肉を食べるのと同じように、男が生きていく為には、子供達の見る夢が、どうしても必要なのだから。



仰木高耶も、最初はそうした獲物の一人にすぎなかった。だが、高耶は男がこれまで出会ったどんな獲物とも違っていた。
通常、人間は死ぬとその魂は浄化され、すべての記憶をなくして、別の人間として生まれ変わるが、仰木高耶はそうではなかった。
本人はまったく気づいていないが、高耶の心の奥には、彼自ら封印した「上杉景虎」という過去の記憶があったのである。
人の夢を食らって生きる男にとって、これほどの獲物は滅多になかった。人間が深層に封印した過去やトラウマは、悪夢を見せる格好の材料になるからだ。


男は夜毎、高耶の夢に入り込んだ。夢の中で逃がれようとする彼を組み敷き、その体を思うまま奪った。
高耶を知れば知るほど、男の中に、それまで知らなかった感情が芽生えていった。

いつしか男は、高耶に夢中になっていた。
高耶が眠りに就く度、果てのない淫夢を見せ、その肉体に己の楔を壊れるほど打ち込んで、撓る幹から迸るしろい蜜を貪る。
高耶の蜜は、男がこれまでに味わったどんな極上の夢よりも甘美だった。

男は、もはや高耶なしでは生きられなくなっていた。
だが、高耶は現実に生きる人間であり、所詮、男は夢の中の幻でしかない。
高耶が眠っている間なら、夢を操ることで、いくらでもその体を抱き、望むままにできるが、高耶が目覚めればその瞬間に、男の腕の中から、彼の姿はかき消すように消えてしまう。

男は、はじめて夢魔である己を呪った。現実世界に存在する、すべての人間をも呪った。
このままでは、いつか誰かが高耶を奪い去ってしまう。
男は、高耶が現実世界で誰とも接触できないよう、持てる力のすべてで高耶の片目を深紅の邪眼に変えてしまった。
見る者を害する、忌むべき体になってしまった高耶は、行政の手で隔離病院に強制収容された。


このまま、壊れてしまえばいい。
男は思った。
壊れてしまえば、永遠に夢を見せてあげられる。
そうすれば、あなたはもう、俺だけのものだ。
夢の中なら生も死も、老いも別離も、俺とあなたを脅かすものなんて、何もない。
大丈夫。怖くない……俺のものになったあなたに、怖い夢なんて見せないから。
この地上のすべての人々から、幸せな夢を奪ったとしても、あなたにだけは、永遠に楽しい夢だけを見せてあげる。
この腕の中でずっと、大切にしてあげるから。


高耶の精神の均衡が、あと少しで崩れるという時、男の目論みは脆くも崩れ去った。
悪夢を恐れ、睡眠障害やノイローゼに陥る子供達を救おうと、この地の医師達が結束して、実験段階ではあるが、ある薬を完成させたのである。

「ヒプノシル」と名づけられた、水色の小さな錠剤は、服用すればレム睡眠に作用し、夢を抑制するという。
その効果も副作用もあまりに未知数の為、認可はされなかったものの、秘かに与えられたこの薬によって、子供達はようやく悪夢から解放されたのだった。

子供達が一斉に夢を見なくなり、糧を失くした男は、急速に力を失っていった。
そして、あろうことかその薬は著しく精神状態が悪化していた高耶にも投与され、高耶本人が夢を見なくなったことで、男は高耶との接触を完全に絶たれてしまったのだった。

長い間、この地で子供達を脅かし、苦しめていた悪夢の終わりは、男にとっての最悪の悪夢のはじまりとなった。

高耶さん……。

あと少しだったのに。
あと少しで、あなたを永遠に手に入れることができたのに……。


男に残された道は、一つしかなかった。可能性はごく僅かだが、他に方法はない。
その為には、まず条件を満たす人間を探す必要があった。

男は闇の中、残された力をすべて注ぎ込み、ありとあらゆる記憶を辿り、死にものぐるいで探した。






闇に封印されて、二年の月日が経ったある日、男は遂に見つけた。
自分と完璧に霊波同調でき、自在にその体を操ることのできる人間を。



To Be Continued...



NEXT