BATTLE ROYALE 
ミラバージョン

 BY 417


極東アジアに位置する、大東亜共和国。
その国には戦争も兵役もない変わりに、防衛上と云う名目で、毎年、無作為で中学3年生50クラスを選出し、最後の一人になるまで殺し合いをさせると云う戦闘実験、通称「プログラム」が行われていた。


***


唯一の肉親だった父親が死に、孤児になった高耶達兄妹が「空きがある」と云うそれだけの理由で、国の命令でそれまで暮らしていた長野県松本市を離れ、高知県土佐清水市にある施設に入れられ、現地の中学校に転入したのは、高耶が3年、美弥が1年になったばかりの5月のことである。

「仰木高耶です……よろしくお願いします」
高耶の端正なルックス、スマートな標準語に、女子生徒は無論、男子生徒までもが色めきたった。高耶には、本人が意識しなくても、人をひきつける何かがあった。

クラスメートは高耶にまるで信者のように貼付いて離れない者と、一部だが、あからさまに敵意を示す者、まったく無関心を装う者の三通りに分かれた。

高耶自身、聞き慣れない土佐弁や生活習慣の違いから、当初はなかなか学校や施設の暮らしに慣れることができなかったが、学校では担任の直江が高耶を何かと気にかけ、施設でも担当教諭が親身になって接してくれることもあって、少しづつ高耶は新しい生活に馴染んでいった。



ある日の放課後、高耶が他校の生徒に因縁をつけられ、絡まれていると、偶然通りかかった、思いがけないクラスメートが助けてくれた。

長髪を束ね、眼鏡をかけた千秋修平と云うその生徒は、この春に神奈川県のとある中学からこのクラスにやってきたと云う、同じ転入生である。クラスでは完全に孤立しているが、本人はマイペースと云った感じで、特に気にした様子はない。

高耶に敵意を示す生徒も、なぜか千秋にはまったく近づこうとしない。それは、体育の授業で着替えの際、千秋の体に残る異様な傷痕を見た生徒の口コミで、アイツはなんだかヤバイから近づくな、と云う暗黙の了解ができてしまったせいらしかった。

高耶自身も着替えの最中、偶然、千秋のその傷を見て咄嗟に息を飲んだほどである。肩口から胸にかけて、数十センチもの深い切り傷の縫合痕、右肩に二つ、丸く並んだ穴のような痕。その傷痕が、何か尋常でない理由で負った傷だと云うことだけは、容易に見て取れた。



高耶が四国に来て、1ヶ月。
何ごともなく過ぎて行く筈の日々は、ある日、突然終わりを告げた。
高耶の在籍するクラスが、政府コンピュータによる無作為抽出によって、本年度のプログラム対象クラスに選ばれたのだった。


***


修学旅行中にバスごと拉致され、見知らぬ島の廃校の教室で首輪をつけられ、目覚めた高耶達を待っていたのは、武装した政府軍の兵士達と、新しく担任になった織田と名乗る一人の男だった。

そして、非情にもプログラムの開始が告げられた。顔色を無くした生徒達の中で、ただ一人、千秋だけが口元に苦笑いのようなものを浮かべていた。
誰も何も云わなかった。

この国の中学3年生なら、およそ800人に一人の割合で、誰にでも訪れる可能性があるのが「プログラム」である。だが、最悪の籤に当たってしまったからと云って、クラスメート同志で殺し合うなんてできるはずがない。
少なくとも、高耶には──高耶が生き残れる確率は、万に一つもなかった。

織田によって、ゲーム(織田はこれをゲームと呼んだ)のルール説明がはじまった。
ゲームのタイムリミットは3日間であること、これから毎日、12時と6時に一日4回、死んだ生徒の名前が全島放送で読み上げられること、禁止エリアについて、首輪について等が淡々と説明され、3日過ぎた時点で最後の一人が決まらない場合は、残っている全員の首輪が爆発して優勝者はなしになることも告げられた。


「何か質問は?」
聞かれて、高耶が手を上げた。それは織田と名乗るこの男が新たな担任と名乗った時点で、気になっていたことだった。
「直江先生は……どうなったんだ?」
すると、織田はにやっと笑い、
「君は……仰木君か。いい質問だ。直江先生はこのクラスでゲームをやることに反対されてね。その場で死んでもらってもよかったんだが、今回は特別に生徒思いの先生にも、このゲームに参加してもらうことになったんだよ」

生徒達にどよめきが起こり、織田が合図すると、開いたドアから、殴られたのか、口元を腫らし、同じ首輪をつけられた直江が、両脇を兵士に引きずられるように入ってきた。

高耶と目があった時、直江は無言だった。
ただ、その鳶色の目は、何かを決意したかのように、暗く光っていた。



ランダムに武器と水とわずかばかりの食料の入ったデイパックを渡され、生徒達は不安そうに、一人ずつ教室を出て行く。出席番号順の為、高耶が教室を出たのは5番目と早かった。

その背中を、直江はじっと見守った。
生徒達が全員出て行った後、最後に直江がデイパックを受け取り、教室を出てゆき、深夜1時、ゲームが開始された。



教室を出た後、高耶は裏山を走り抜け、切り立った崖を駆け降りて、とある海岸の波打ち際にある洞窟に身を潜めた。
途中、誰にも会わなかったのは幸運だったのだろうか?
辺りに人のいる気配は全くなく、とりあえずその場に腰を落ち着け、支給されたデイパックを開けると、指先に固く冷たい感触があった。取り出して見てみると、それは銀色に光るバタフライナイフだった。どうやら、これが自分に与えられた武器らしかった。

他にバッグに入っていたのは、懐中電灯、島の地図とコンパス、マーカーの入ったファイルケースと(首からかけられるよう、ご丁寧にストラップがついていた)、それに水の入ったペットボトルが2本と、見るからにまずそうな保存用パンが一個。

喉の乾きが我慢できず、水に手をつけようとして、元々、持っていた私物のバッグに、飲みかけのペットボトルのお茶が半分ほど残っていたのを思い出し、高耶はそれを取り出して一口飲んだ。島は電気もガスも水道も止まっていると云う話だったから、この先、水は貴重になる。例え一口でも無駄にはできない。
とは云っても、数時間後には自分はもう、この世にいないのかもしれないが……

(美弥……)
高耶は妹のことを思った。思えば、二つ年下の妹が、3年になった時にプログラムに当たらないと云う保証はないのだが、自分がいなくなったら、残された美弥はどうなるのだろう。
たった一人で、慣れないこの土地で、妹は生きていけるだろうか?
自分には絶対に人を殺すなんてできない。できるわけがない。首輪がある限り、逃亡も絶対に不可能だ。無理に外そうとすれば、爆発すると織田が嬉しそうに云っていた。
「……畜生ッ、」
こんな国……滅びてしまえばいい。
拳で砂を叩き付け、高耶は毒づいた。



翌日の深夜。
結局、丸一日過ぎても、高耶はずっとその洞窟に身を潜めたままだった。時折、遠くで銃声が聞こえるものの、誰も来なかったし、この場所が禁止エリアにならない限り、動く気にならなかった。
これまでに3度の放送があったが、たった1日で、すでにクラスメートは半分になってしまっていた。

高耶には信じられなかった。いくら殺し合うのがルールだとしても、昨日まで仲間だったクラスメートを、本当に手にかけることができる人間がいるとは。
転校したての高耶には、それほど仲が良い友人がいるわけではなかったが、それでも何かと世話を焼いてくれた友人達の名前がまだ呼ばれていないことに安堵した。
彼らは仲が良かったから、どこかで集まって一緒に隠れているのかもしれない。

いつか自分を助けてくれた千秋の名前も、直江の名前も、まだ呼ばれていない。
膝を抱え、沖合いに停泊している見張りの船の灯をぼんやりと眺めていると、遠くで再び銃声がした。
こうしている今も、クラスメート同志が、確かに殺し合っている。



その時だった。突然、人の気配を感じてハッと振り返った高耶の頬を、ぱん、と音と共に一発の銃弾が掠めた。間一髪で逃れた高耶は、相手の顔を見てハッとなった。
「おまえ……吉村ッ……、」
吉村は何かにつけては転校生の高耶に敵意を剥き出しにし、嫌がらせを繰り返していた男だ。その度に担任の直江に諌められていた。
既に何人かを手にかけたのだろうか?吉村の制服のシャツは、べっとりと血に濡れていた。

「仰木……おんしを探しておったがじゃ」
耳障りなだみ声で、醜い顔を更に醜く歪ませ、銃を構えたまま、高耶が咄嗟にナイフを手にするのを見るや否や、吉村は勝ち誇ったように笑った。
「おんしの武器がか。そげん武器じゃわしゃあ倒せん。わしゃあ、おんしが大っ嫌いじゃきの。ただでは殺さん。なぶり殺しちゃる」
「やめろ、吉村ッ!」
再び、吉村の銃が火を吹いて、高耶の頭上を掠める。吉村は完全に高耶を殺る気だった。
ナイフと銃では、まず勝ち目などある筈がない。



砂浜を逃げる高耶に向けて、吉村は狂ったような笑い声を上げては、容赦なく発砲を繰り返す。そのうち何発かは大きく外れたが、1発が高耶の右ふくらはぎを掠めた。
「ッ!!」
肉を数センチ削り取られ、苦痛のあまり高耶の体が波打ち際にバシャンと音を立てて倒れ込む。必死で立ち上がり、痛む脚を引きずって再び走りかけたところへ、今度は左肩に銃弾を撃ち込まれた。
「うあっ、」
焼けた金属の塊を押し込まれる激痛に、たまらず悲鳴をあげ、再び波打ち際に倒れ込んだ高耶に、ごく間近まで迫った吉村は、空になった弾倉に殊更ゆっくりと弾を込めながら笑った。
「痛むがか。苦しいがか。ああ、苦しめ。わしゃあ、おんしが大嫌いじゃき。これでやっとせいせいする」
弾を詰め終わり、吉村が銃を構えなおす。銃口は、高耶の顔面に向けられていた。
「死体は海に流してやるき、安心して成仏せいよ」
(美弥!)
妹の名を心の中で叫んで、高耶は咄嗟に目を瞑った。

だが、いつまで過っても最後の衝撃は来ず、変わりに遠くでぱらららら、と云うタイプライターのような音がし、同時に「ぐぇっ」と云う呻きがごく間近で聞こえた。
高耶にはいったい何が起きたのかわからなかった。

目を開けた高耶の前で、吉村の体が不様なダンスを踊ったかと思うと、口から噴水のように血を吐いてどっと砂浜に倒れ込み、そのままぴくりとも動かなくなった。
高耶はマシンガンを片手に崖を駆け降り、こちらに駆け寄ってくる人物を認めて、あっと声を上げた。

「直江…先生っ……、」
男は汚れたスーツ姿だった。シャツのところどころに血が飛び散り、髪は乱れ、崖を駆け降りてきたばかりのせいか、肩を激しく上下させている。
「高耶さん!」
次の瞬間、高耶は直江の腕にきつく抱きしめられていた。突然のことに、高耶は酷く戸惑ったが、大量の出血で既に動く気力もない。
「高耶さん……よかった……あなたを探していたんです」
直江の言葉に、高耶は目を見開いた。
「せんせ……なんで……」
だが、直江はそれには答えず、にっこりと笑って、
「とにかく間に合ってよかった。大丈夫ですか?しっかりして」
直江は高耶を波打ち際から抱き上げ、砂浜にそっと下ろした。


撃たれた左肩と右脚が焼けるように痛む。
直江は高耶の肩の傷を懐中電灯で照らし、急所を外れていることを確認すると、とりあえず安堵の息をついた。同時に、あと少し早くこの場所に辿りついていたら、高耶にこんな怪我をさせずに済んだのにと云う自責の念に捕われた。
だが、あと一瞬遅れていれば、今、自分が抱いていたのは、間違いなく死体になった高耶だった。怪我をしていようと、生きた高耶に会えたことを、この場合は神に感謝するべきだろうか。
「ってぇ……、」
吐きそうなほどの激痛に呻く高耶に、直江は自分の首からネクタイを引き抜いて、左の上腕にぐるぐると巻き付け、更にスーツのジャケットからハンカチを取り出して、高耶の鮮血の滴るふくらはぎにきつく巻きつけ、血止めをした。
「大丈夫、急所は外れているから。痛むでしょうが、すぐに手当てをするから、少しだけ我慢して」
力強い言葉に、高耶はコクッと頷いた。

直江は死んだ吉村が握りしめていた拳銃を取りあげて腰に差し、近くに転がっていたデイパックから残りの弾丸と手付かずのペットボトルを取り上げ、高耶のバッグに突っ込んで肩にかけ、再び高耶を抱き上げて、その場を後にした。


***


直江が高耶を運び込もうとしているのは、ここに来る途中に偶然見つけた古びた診療所だった。もし中に誰かが潜んでいて邪魔をしようものなら、その時は容赦なく殺すつもりだった。例え、それがかつての教え子だろうと。
高耶を助ける為なら、相手が誰であろうと銃を向ける覚悟を決めていた。

自分のクラスがプログラムに選ばれ、直江自身もゲームに参加するか、今すぐ死ぬか、好きな方を選べと云われた時点で、そう決意していたのだ。

そして、ゲームの開始とともに、一番最後に廃校を飛び出した直江は、ひたすら高耶を探し続けた。ランダムに配られたデイパックの中の、自分に支給された武器が偶然にもマシンガンだったことが、この状況で唯一の救いだった。

途中、恐怖のあまり発狂したのか、斧を片手に襲いかかってきた生徒を、やむを得ず手にかけた。陽気な生徒だったが、間近でマシンガンの連射を浴びたその生徒は、鮮血と肉片を散らして、あっけなく事切れた。
すまない……と、思った。
だが、直江はまだ死ぬわけに行かなかった。高耶を見つけるまでは。

全島放送の度、いつ高耶の名前が呼ばれるかと、直江は気が気ではなかった。男子生徒の死体を見つける度、高耶ではないかと心臓を掴まれる思いだった。
だが、3度目の放送が済んでも、高耶の名前が呼ばれなかった時、直江はなぜか高耶に会えることを確信した。そして、3度目の放送からわずか1時間も経たないうちに、追われている高耶を発見し、間一髪で助けることができたのだった。

高耶さえ転入して来なければ、直江は間違いなくその場で死ぬ方を選んだだろう。
直江の実家は寺で、自身も仏教を学び、教員免許の他に僧侶の資格を所持していた。人を殺すことなど、ましてや教え子を手にかけることなど、できる筈がなかった。
だが……直江は出会ってしまったのだ。仰木高耶に。
彼が転入してきた時から、直江は11歳も年下の教え子に囚われてしまっていた。


プログラムで生きて帰れるのは、たった一人。
ならば、高耶と二人で生き残り、タイムリミットになった、最後の最後に自分が死ねばいい。
そうすれば、高耶は優勝者として確実に生き残る。
何があっても高耶を助ける──直江はそう誓っていた。



幸い、診療所には誰もいないようだ。
高耶は出血のせいか、すっかり意識を失っている。先ほどから呼吸が苦しそうだ。発熱しているのかもしれない。
急がなければ……直江がドアに近づいた時、突然ドアが開いた。

一人の少年が、ショットガンを構えて立っていた。千秋だった。
無論、銃口は直江に向けられている。
「撃つな!!」
咄嗟に直江は叫んでいた。血まみれの意識のない高耶を抱いた直江を見て、千秋は逡巡する素振りを見せたが、やがて銃を下ろすと、頬をしゃくって中に入るよう促した。


***


「…………あ……、」
昏々と眠り続けていた高耶が、ようやく目を覚したのは、それから数時間後のことだった。
「高耶さん、よかった、気がついたんですね。気分はどうですか?痛みますか?」
それまでつきっきりで看病していた直江は、ホッとしたようにその顔を覗き込んだ。
「なおえ……せんせ……ここは……」
起き上がろうとする高耶をそっと制して、直江が安心させるように云う。
「島の診療所です。大丈夫だから、心配しないで」
「今、……何時……、」
「朝の6時半ですよ」
「6時半……放送は……」
直江は一瞬、表情を曇らせたが、4度目の放送で読み上げられた生徒の名前を淡々と告げた。その中には、無論、直江が高耶を助ける為に殺した吉村の名前もあった。

「…………」
現時点で、高耶達を含め、生き残っているのはわずかに14人だった。自分の世話を焼いてくれていた連中は、どうやらまだ無事のようだ。

その時、ようやく高耶は室内に、直江以外の誰かがいるのに気がついて、ハッと目を見開いた。千秋だった。察した直江が、高耶を力付けるように云う。
「大丈夫、彼は私達を助けてくれたんですよ、心配しないで」
千秋は、高耶の側にやってきて、「よう」と声をかけると、有無をいわさずその額に手を当て、熱を図った。
「……よかった、下がってる。残りもんの薬でも効くもんだな。脚の傷はかすっただけだ。肩の傷は多分、中に弾が残ってるが、どうしようもなかったからそのまま縫っといたぜ」
呆気にとられている高耶に、千秋はにっと笑い、
「俺は医者の息子でね。医者っつっても堕胎専門の闇医者だけどな。親父がスタッフを雇う金がなかったから、いろいろ手伝ってたんだよ。これでも手当ては馴れてるから、安心しな」

思えば、千秋とこんな風に喋ったのは、これが初めてである。
いつもクラスで誰とも話すこともなく、孤立していた彼のイメージとは違った、どことなくとぼけた雰囲気に、高耶は以外な感じがした。
そういえば、いつか絡まれていた自分を助けてくれた時も、こいつは飄々としていたっけ。

「仰木。メシ、食えるか?」
またしても千秋の口から出た以外な言葉に、高耶は目を丸くした。
「メシって……米のメシ?」
「ああ。本物のメシだぜ。その怪我じゃ食欲ねーかもしれないが、食えるようなら一口でもいいから食って、少しでも体力つけとけよ。俺と直江センセイはもう食った」
待ってな、と千秋は笑い、部屋を出て行った。



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