BATTLE ROYALE 
ミラバージョン2

 BY 417


室内には、直江と高耶の二人だけになった。

自分が今こうして生きていられるのは、直江のおかげだ。
「直江……先生。あの……助けてくれて……」
口ごもる高耶に、直江は微笑んで、
「本当に──間に合ってよかった。とは云っても、此処に立て篭っていたのが彼じゃなかったら、今頃はあなたも私も死んでいたでしょうね」
直江は自嘲したような笑を見せ、それでも、すぐに真摯な目になって、
「あなたが……追われているのを見つけた時は、心臓が止まりそうでしたよ。本当に間に合ってよかった……」
「先生……、」
高耶の手を握る直江の手が、微かに震えていた。

その時、トレイを抱えて戻った千秋が戻ってきて「おーおー、教師が生徒に愛のコクハクかあ?」とからかった。
「ばっ、」
真っ赤になったのは高耶である。千秋はへらへらと笑って、
「いいっていいって。俺は神奈川の都会育ちだぜ?生徒と教師だろうと、男同志だろうと、好きになったら関係ないってな」
直江は苦笑したが、高耶がベッドに起き上がろうとしたので、慌てて手を貸した。途端、肩から全身に激痛が走る。苦痛を堪え、それでも高耶はなんとか起き上がった。
「ほらよ」
千秋が目の前に差し出した皿には、おかゆが盛られて、いい匂いを立てていた。添えられたスプーンですくい、一口、口にすると、それはなんともいえずに美味かった。
「美味い……卵が入ってる」
思わず、高耶が声をあげると、千秋はにやっと笑った。
「そりゃそうだ。俺がつくったんだから」
高耶は肩の痛みも忘れて笑を浮かべた。話してみて、だんだんと千秋の人となりがわかってきたのだ。
「卵なんて、よく見つけたな」
直江が驚いたように云う。



プログラムの対象クラスが無作為に選ばれるように、プログラムが行われる会場もまた、政府コンピュータによってランダムに選出される。会場となった地区の住人は、有無をいわさずプログラム実施期間は自宅を離れなければならない。
この島の住人達も、この診療所の住人も、そうして政府によって自宅を追われたに違いなかった。電気が止められたことで、各家庭に残っていた冷蔵庫の生鮮食料品はすべて腐り、食料になりそうなものは何もなかった筈だ。

先ほど二人が済ませた食事も、この診療所の台所を漁ってかろうじて見つけた残り物のわずかな米を、裏の井戸で汲み上げた水で焚き、これもまたかろうじて残っていた塩をふりかけただけの代物だった。
それでも、支給された保存用パンに比べれば、どれだけ有り難かったかわからないが。
千秋は事もなげに云った。
「鶏を飼ってる家があったんだ。小屋を漁って1個だけ見つけたんだよ」
この状況では、卵は貴重な栄養源である。
生き残る為には、特に。それを怪我をしている高耶の為に惜しげもなく差し出したのだ。直江は千秋に感謝しても感謝しきれなかった。




高耶が食事を済ませると、直江は初めて、千秋が去年、別の中学で行われたプログラムの優勝者であることを高耶に告げた。千秋が転入する際、政府が送ってきた書類で、校長、教頭と担任の直江だけはこの事実を知っていたが、そのことは無論伏せられていたのである。
高耶は驚きのあまり目を見開いた。
「そんなっ……2年連続なんて……そんなバカなことってあるかよ……っ、」
千秋は薄く笑い、
「俺だって思いもよらなかったぜ。まさか二度もこのクソゲームに参加できるなんてな。プログラムで優勝した奴がどうなるか、知らないだろ?何処か別の県に強制的に転校になる。そこで口を噤んで暮らすように云われる。──それだけだ」
高耶は声もなかった。当の千秋より、高耶の方がショックのあまり顔色を無くしていた。

千秋は淡々と続けた。
「前のゲームがあったのは、去年の7月だったんだが、俺そん時大怪我したもんで、長いこと病院にいた。……で、めでたく留年して、二度目の中学3年をやることになった。……俺の体の傷の意味、これでわかっただろ?」
「そんな……そんなことって……一度、当たった奴は……除外になるとか、なかったのか?」
千秋はにやっと笑った。
「ないから、此処にいることになる。偉大なる政府コンピュータ様の、厳選なる抽選の結果だ。まあ経験者の俺は有利な気もするが、特例はないってことさ」
「……ひでえよ」
高耶が吐きすてるように云うと、
「まあ、そう云うなよ。そう悪いことばかりでもないぜ。おかげで、俺、こうしてお前とセンセイを助けてやれる」

千秋はまたにやっと笑った。
「俺、この島出る方法知ってるぜ」
「えっ……、どっ、どうやって……」
「それはまだ云えない──その時が来たら教える。それより仰木。食ったら、もう少し休んどけ。夜には此処も禁止エリアになる。そん時ゃ、傷が痛もうが嫌でも動いてもらうことになるから覚悟しとけよ。センセイ、俺2時間だけ仮眠していいか?その後、交代であんたも休め。もし、誰か来たら、その時は……」
千秋はちらりと、直江と、その脇に置かれたマシンガンを見遣った。
直江はわかっている、と云うように静かに頷いた。
さて、と立ち上がろうとする千秋に、
「何処に?」
と高耶が訪ねると、千秋はにっと笑い、
「俺は邪魔するような野暮はしねえよ、お二人さん」
そう云って、ひらひらと手を振り、出て行った。
ドアが閉まった後、云われた言葉の意味がようやくわかって、高耶は顔を真っ赤にした。
「何云……ッ、」
赤くなった高耶に、直江は微笑んで、
「いいから、もう少し休んで下さい。俺がついていますから心配しないで」
直江の言葉に、高耶は真顔になった。
夜になれば、移動しなければならないのだ。自分の今のこの状態で動けるかどうかわからないが、少しでも二人に負担をかけてはいけない。
「うん、先生……」
高耶は素直に目を瞑った。
その時だった。

診療所の外で、ぱららららと云うタイプライターのような銃声が響いた。


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