Sweet Days <前編>


BY あやすけさま



遊園地に高耶が行きたいと言ったのは2週間前のこと。ずっと前から行きたかったらしいが、実際に口に出したのはずいぶんとたってからだった。
どうもわがままを言うのに遠慮をしてしまうらしい。
何気なく、しかし相手の反応を伺うようにボソリと言った言葉に直江は愛しさを感じずにいられずに、「近いうちに必ず行きましょうね」と約束をした。
数日後、早速仕事の都合をつけると高耶に告げる。「二週間後に行きましょうね」と。
それを聞いた高耶の顔がパッと輝き、嬉しそうに笑ったのは言うまでもなく、それに直江は優しく微笑みかけた。


「高耶さん、今日は楽しかったですか?」
約束通り、遊園地にいった帰りの車中、直江は助手席に大人しく座っている高耶に話しかけた。
「うん。あのね、ぐるぐるまわるひこうきがおもしろかった!」
今日一日に乗った色々なアトラクションを思い出しながら、高耶は弾んだ声で答えた。
それに直江は目を細めて「まだ行きましょうね」という。
「また、つれてってくれるの?」
高耶は体を傾けて、運転をしている直江の横顔を見つめ、嬉しそうにでも少し不安げに答える。
その言葉に直江は片手を伸ばすと、隣にある柔らかな曲線を描く小さな頬を優しく撫でた。


直江が高耶を引き取ったのは、半年程前のことだ。
高耶の両親は数年前に亡くなっている。事故だった。
その後、高耶は親類の家に引き取られたが、あまり上手くいかなかったらしい。
直江が高耶を見つけ、引きとった時には、彼はすっかり無口で不器用な性格の持ち主になっていた。今生の年齢は8才になっていた。
引き取った当時、過去の景虎としての記憶のない高耶にとっては直江は赤の他人で直江に対し、警戒心を向きだしで、なかなか懐くことはなかった。
そんなある夜、ベッドの中で声を殺して泣いている高耶を見つけた直江は、優しく抱き上げると自分の寝室へ連れてゆくと、広いダブルのベッドに寝かせ、自分もその横に入った。そして、高耶を抱き寄せると優しく頭や背中を撫でながら囁いた。
「無理をしないでいいんです。泣きたかったら泣いてしまいなさい。」
高耶は両親を亡くして以来の優しい言葉とぬくもりに堪えきれずに、胸にしがみついて泣きじゃくった。いつしか泣き疲れ、規則正しい胸の鼓動を聞きながら眠りについたのだった。
その日を境に、高耶は少しずつ直江に懐き始め、笑顔を向けるようになった。
遠慮がちな態度はそのままだったが、甘えることを覚え始めていた。
心を開いた高耶に直江は素直に喜び、時折口にするささやかなお願いに相好を崩して何でもいうことを聞いてた。
が、しばらくたつと直江は自分の欲望を持て余すようになってきていた。
高耶とお風呂に入る時。夜添い寝をしてやる時。何気なく肌に触れる時。
あの幼い肢体に欲情がこみ上げてくるのだった。
ものすごい勢いで循環し始めた血流は下半身へと溜まってゆきなかなか冷めなかった。
そんなとき極めて消極的ではあったが、じっとして時間が流れ自然におさまるのを待つほかになかった。
小さな手。肌理の細かい子供の持つ軟らかな肌。黒目がちの大きな瞳。さらさらの細い髪。高い声。ピンク色した爪、唇、舌。
何もかもが、自分の劣情を煽る為に存在しているとしか思えない程だった。



「高耶さん?」
静かになった助手席に声をかけてみると高耶がコクリコクリと船をこいでいる。
朝から一日中はしゃぎ廻ったので疲れてしまったのだろう。
夕日に照らされている横顔はとても愛らしい表情で目をつむっている。
長い睫が影を落とし、ふっくらとした下唇は軽く開いていて、少しだけ突き出されている。まるで触れてくれと言うように。
ぐっと息をのんだ直江は慌てて正面に向き直り、運転に集中した。
大事な高耶を乗せているのだ、事故を起こすわけにはいかない。
直江は寝ている高耶をおもんぱかって極めて静かに車を家へと走らせた。

「ん・・ぅん?」
抱き起こされる動きに高耶が目を覚ましてしまったらしい。
家にたどり着いた直江は、今日はこのまま寝かせてしまおうと、高耶を車内から抱いて連れだしたが、眠りの浅かったらしい高耶は起きてしまった。
「すみません。起こしてしまいましたか?寝ててもいいですよ?」
手の甲で目をこする高耶に直江は甘やかすようにいった。
「ここ・・・どこ?」
「おうちに帰ってきたんですよ。」
「おうち?」
「ええ。高耶さん、眠いんでしょう?抱っこしていって上げますから、おねんねしてもいいんですよ?」
だが高耶はぷるぷると頭を振ると、おなかがすいたと言った。
食欲旺盛な少年に直江は破顔すると、「じゃぁ、お夕飯は高耶さんがの好きなオムライスにしましょうね」と言って、前髪の隙間から覗く額に軽く唇を落とした。
「うん。」
男の薄い唇が柔らかく触れた瞬間、高耶は自分を抱き上げている人物へと視線を上げると、細い腕を伸ばし首に回すとぎゅっと抱きついた。
「なおえ、だいすき」
それを聞いた直江はもう一度高耶に、今度は頬にキスをすると抱きかかえ直し、家の中へと入っていった。

高耶の好物のオムライスは、ケチャップにカレーのスパイスを少々まぜ、鶏肉と色々な野菜の入った具だくさんの物だ。もちろん、幼い子供が食べても辛くない、直江特製だ。
今夜も大好きなオムライスをいっぱいに頬張って高耶はご機嫌なり、眠気も飛んでいってしまったようだった。
すっかりお皿を空にして満足げな顔の高耶に直江はお風呂に入るように促す。
頷いて、バスルームへと足を向けた高耶は数歩ゆくと、歩みをぴたりと止めて振り返った。
「どうかしましたか?」
尋ねる直江を、高耶は言いずらそうに上目遣いで見ると一言だけ聞いた。
「なおえは?」
「え?」
その瞬間、直江は高耶の言葉にならないおねだりを正しく理解した。
つまりは「一緒にお風呂に入りたい」と言っているのだ。
それまでも、何度か二人で入っていたが、理性に自信をなくしてきていた直江は危険だと感じたときは一緒にはいるのを止めていた。
今も高耶の愛らしい姿を前に、危ういものをひしひしと感じていたので、片づけを口実に高耶を行かせようと思った。
「私はここの片づけが終わったら入ります。だから高耶さんはゆっくり入っていらっしゃい。」
しかし、直江はその後激しく後悔した。
なぜなら、高耶の黒い瞳がうっすらと潤んで泣き出しそうな表情をしたのだ。
それでいて、こくんと大人しく頷いたその健気な様子に、直江は降参したとばかりに跪きコツンと額を会わせた。
「やっぱり、二人で入りましょうね。今日はたくさん遊んだから疲れたでしょう?
洗って上げますよ。」
結局、そのまま二人で風呂場に向かった。
そうして、後かたづけは翌日にまわされることになった。

とはいったものの、直江の限界が近かったにはかわりはない。
高耶の服に手をかけ脱がしてやると、少しずつ下に隠された素肌が露わになってゆき小さな胸の赤みが見えてくるころには、そのまま吸い付いてしまいたいのをかみ殺していた。
「なおえ?」
動きの止まった直江に高耶が不思議そうに呼びかける。
我に返ったかのようにごまかして笑いかけると、最後の一枚を高耶の小さな果実をなるべく目にしないようにしながらおろすと、背中を軽く押した。
今まで何度も見ただろう!
相心の中で自らを叱咤すると、
「さ、先に中に入っていてください。寒いでしょう?私も脱いだらすぐに行きますから。」と言った。
しかし、そんな直江に決心も高耶の言葉の前に脆くも崩れ落ちた。
「たかやがする。」
「は?」
「たかやがする。なおえもたかやのおようふくをぬがしてくれたから、たかやもなおえのおようふくをぬがしてあげるの。」
「・・・・えっ?!」
驚きのあまりに大きな声をだした直江に高耶は嫌がられてると思ったのか、また泣きそうな顔をして黙り込んだ。
「た、高耶さん!泣かないで下さい。驚いただけなんです。」
慌てて話しかけると、まだ暗い表情をしたままの高耶はじっと直江を見つめた。
「なおえ・・・、たかやのこと、きらい?」
「そんなことありません!」
再び大声になってしまったが、今度は間髪入れずに返した。
「だって・・・・。」
唇を咬んで、こぼれ落ちそうな涙を堪えながら高耶は続けた。
「だって、なおえ、たかやといるのいやなんだもん。たかや、しってるもん。」
「ちがいます!そんなことありません!」
嫌いなわけが無い。可愛くて、愛しくて、目に入れても痛くないほど愛しているのだ。
ただ、幼すぎる高耶に無体な真似をするわけにもいかず、どこか一歩引くような態度をとってしまったことも事実だ。
高耶はそれに気づいていたのだ。
だから、いつもどこか遠慮がちな態度で直江に甘えきれずにいたのだろう。
傷つくことを知ってしまっている子供だから。他人の感情に酷く敏感なのだ。
嫌われたくないから、自分を押し殺している。
直江は高耶の哀しい性格を感じて、ありったけの思いを込めて、細い体を抱きしめた。
そして、優しく囁きかける。
「本当です。嫌いじゃありません。私は高耶さんが大好きなんです。例えあなたが私のことを嫌いだといっても、私は高耶さんのことがずっと大好きです。」
体を少しだけ話すと、高耶と視線を合わせ、まっすぐに見つめた。
「あなたに哀しい思いをさせてしまったことは謝ります。でも、これだけは信じて下さい。私はいつでも高耶さんが世界で一番大切なんです。だから、大好きだから、あなたに酷いことをしたくなくて、一緒にお風呂に入らなかったりしたんです。」
直江の言うことが高耶には理解出来ないのだろう。小首を傾げると、舌っ足らずな口調で聞いた。
「たかやのことが・・・、だいすきだと、ひどいこと、するの?」
ゆっくりと考え込むように尋ねる高耶に直江は苦笑して答えた。
「まだ、高耶さんは小さいですから。もっと、大きくなれば酷いことじゃなくなるんです。大好きな人とする事ですから。」
指で頬を撫でながらる。愛しさを込めて。
「大きくなったら、大好きな人と、するの?」
「ええ。大好き同士なら。」
「ちっちゃいとできないの?」
「できますけど、きっと、とっても痛いんです。」
再び、黙り込んだ高耶は下を向いていたが、パッと顔を上げた。
「たかやする。なおえとする。たかや、なおえがいちばんだいすきだもん。だから、
なおえとしたい。」
「高耶さん・・・・・」
一歩も引かないぞ、と言う態度で、直江を見つめる高耶に困ったように告げる。
「すごく、痛いかも知れませんよ?二度としたくないって思って、私のこと嫌いになるかもしれませんよ?」
それでも高耶は、「がまんする。ぜったいにきらいならないの。」といって、直江にしがみついてはなれなかった。
しばらく直江はそのままでいたが、ゆっくりと高耶の背に腕を回すと、
「愛しています・・・。」と囁いた。




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