「嫉妬/邂逅編〜introduction」




無言でハンドルを握る男の腕に腕を絡ませ、しなをつくる女。
腰まで伸ばした自慢の髪、ブランドものの香水と衣服、高価なアクセサリーを身に纏い、完璧な化粧を施し……人気ファッション誌の専属モデルをしているというその女は、確かに並外れたルックスと、暇つぶしに抱くには充分な体をしていたけれど、所詮、それだけでしかなかった。
気の聞いた会話すらできず、外見だけを虚構で飾り立てた、中身はカラのくだらない女。
退屈しのぎに、一度抱いてやっただけなのに、何を勘違いしたのか、彼女気どりで纏わりつくこの女には、いい加減うんざりさせられている……。

その時だった。
偶然、通りかかった寺院では、ちょうど誰かの葬儀が終わったところだった。
開かれた門のすぐ脇に横づけされた霊柩車、数名に抱えられて載せられる白い布のかけられた棺……これから斎場へと向かうのだろう、喪服の人々の群の中、一際目を引く、父親らしい遺影を抱いた一人の少年。

「……!」
自分でも無意識のまま、男は咄嗟に急ブレーキを踏んでいた。
「きゃーっ!」
突然の急停車に驚いた女が悲鳴をあげるが、もはや男の耳には入らない。
男の視線は、少年に釘づけになっていた。



少年は、気丈にも泣いてはいなかった。
今時の高校生にしてはめずらしい漆黒の髪。すらりとした細身の体を黒い礼服に包んで、悔やみの言葉をかける人々に頭を下げるその姿に、男は囚われたように見入った。

「な、なんなのよっ、いったい……」
まるで存在すら忘れられてしまったように、自分を無視して、何処の誰とも知れない人間の葬儀に見入る男に、女が怪訝な声をあげる。
「何してるのよ……」
だが、男は何も答えず、それどころかこちらを見ようとさえしない。
やがて、出棺の時が訪れ、少年はもう一度、参列者に向かって深深と頭を下げると、葬儀会社のスタッフらしい男に促されるまま遺影を抱え、霊柩車の助手席に乗り込んだ。

「ねえ、ちょっと、何だっていうのよ……早く車出しなさいよ」
苛立った女が男の腕を揺すって不満の声をあげた時、突然、助手席のドアが開いて、男が云った。
「……すみませんが、降りて頂けますか?」
予想もできない言葉に、あっけにとられ、絶句する女。
「なっ、なんなのよっ、急にいったい……」
信じられないとばかりに金切り声を上げる女に、容赦なく男が告げる。
「降りろと云っているんです。もう、あなたに用はない。……引きずり下ろされたくなければ、さっさと降りなさい」
「なっ……」
プライドを傷つけられ、何かをわめきかけた女に向けられた、ゾッとする程冷ややかな言葉と視線。
ヒッと身を竦めた女が、最後の抵抗とばかりに憎まれ口を叩きつつも素直に降りると、ウィンダムのドアは冷たく閉ざされた。

彼岸へと旅立つ故人の最後の挨拶がわりに、せつなく響くクラクション。啜り泣く人々に見送られ、ゆっくりと走り出す霊柩車。
その後を追うように、消えていくウィンダムを、女は茫然と見送った。




少年を追い、辿りついた郊外の斎場。
弔問客に紛れて、まんまと中へ入り込んだ男は、ゆっくりと少年に近づいていく。
荼毘にふされ、骨となった父親を胸に抱き、涙を堪える少年の姿は、ゾクゾクするほど美しかった。

(ああ……このひとだ。……ようやく見つけた……)

この世に生を受けてから、男はずっと、探していた。
己の餓えを、乾きを癒してくれる誰かを。
一目でわかった……あなただと。

張り詰めていたものが切れてしまったのだろうか、打ちひしがれた少年の頬を、一筋の涙が伝う様を、男はうっとりと見つめる。
……このひとは、なんて綺麗なんだろう。
男は心の中で話しかける。
(泣かなくていいんですよ。あなたには、もう、俺がいるのだから)

「高耶君、突然お父さんがこんなことになって、つらいでしょうけど元気出してね……」
身内らしい中年女性が、慰めにもならない言葉を少年にかける。
(タカヤ……そう。あなたは『高耶』と云うんですね)
それは、この少年にとても似合っている。いい名前だと男は思った。

斎場内に飾られた故人の遺影に、男は微笑みかける。
(高耶さんをお預かりしますよ……あなたは何も心配せず、安心して天国へ逝くといい)

高校卒業と大学進学を目前に控え、希望に満ちていた高耶を、突然襲った父の急逝。
この時、高耶はまだ、父の遺した会社が抱える、多額の負債の現実を知らない。



春というには、まだ肌寒いその日。
男と仰木高耶との、運命の輪が回り始めた。


BY 黒417



こんにちはvえろくもなんともありませんが;突然、思い立って「嫉妬」の二人の馴れ初めを書いてみました。ありがちな出会いだなあ(笑;
ってか、これじゃ高耶さんのおとーさん、心配で成仏できないよ…(涙;

この出会いから、あんなやこんながあって、高耶さんは自らを代償に直江の元へ……そして、「衆人監視のお初&愛の調教四十日」がはじまりますのvv
「リローデッド」は今、ちょっとずつ書いてます。お初もそのうちに…えへへ(壊v 頑張りますのでお待ち下さいですの(^^; 
読んで下さってありがとうございました。