「嫉妬2/前編」
肉体を支配する代償が、永遠に向けられることのない、この笑顔だというのなら、最初からあなたなんて誰にも見せずに閉じ込めてしまえばよかった。
月曜日、PM15:00。
東京渋谷、上杉物産ビルの最上階、社長室。大きく取られたガラス張りの、グレーを基調にしたモダンなオフィスからは、渋谷の喧騒が見渡せる。
織田ビルの、某地区再開発プロジェクトの権利を勝ち取って以来、激しかった取材攻勢もようやく一段落し、久しぶりに出社した高耶は、各部署から提出される山のような報告書に忙しなく目を通していた。
だが、その顔色は、何処となく青く、その体は時折、小刻みに震えている。「……お疲れのようですね。少し休憩されてはいかがですか?」
高耶のデスクの傍らに立つと、男が声をかけた。
男の言葉は高耶にとっては「絶対」だったが、高耶は書類に目を落したまま、顔を上げようとしない。
いつもの個室レストランでランチを摂った際、スーツの下に淫らなハーネスを課せられたことへの、ささやかな抵抗のつもりだろうか。
(何でもないフリをして……)
わかっていますよ?
そう。あなたのことなんて、全部わかっている。
そんな風に必死に平静を装っていても、本当は仕事なんて手につかないくせに。
……体が疼いてたまらないくせに。
男は、当然の権利とばかりに、高耶の手から悠々と書類の束を取り上げる。
有無を云わせず仕事を中断させられ、唇を噛み締める高耶と、男の視線がかち合った。
きつく見返すその瞳が、自ら知らぬうちに濡れていることに気づきもしないで。
(あなたがそんな風だから。泣かせてあげたくなるんですよ)サディスティックな微笑を浮かべ、男は報告書の変わりに、高耶の目の前に一冊の雑誌を差し出した。
「明日発売の週刊××……今朝、出版社から届いたものです」
男が示したページには『織田ビル新プロジェクトに抜擢された上杉物産19歳社長の素顔』と銘打って、カメラマン・武藤潮撮影による高耶の写真数点と、インタビューが掲載されていた。数ページに渡る集の中で、特に目をひくのは、遠目から高耶を捉えた笑顔の写真である。高耶自身、いつ撮られたのか覚えのないものだった。
おそらく、馴れないスタジオでの撮影を前に、緊張気味の高耶を和ませようと、現場スタッフの誰かが冗談を云った時だろう。カメラを意識していない分、その写真の高耶の表情は穏やかで、とてもいい表情をしていた。「武藤潮。最近、話題のカメラマンのようですが……さすがにプロだけあって、よく撮れていますね」
「………」
穏やかだが、あきらかに棘のある口調で男が云った。
秘書兼代理人として、高耶のスケジュールはすべて男が管理している。どの取材を受けるかは男次第で、当然,この撮影にも男は同行していた。
だが、あの時、こんな風に微笑む高耶を見た記憶はない。おそらく打ち合わせで、自分が席を外した僅かの間に撮影されたのだろう。高耶のすべてを見、知っているはずだった……だが、この写真を見た時、胸を突かれた。
打ちのめされると云う感情を、男ははじめて知った。
こんな風に微笑む彼は、知らない。
理性ではどうにもならない、狂うほどのいとおしさと、こんな表情を他人に対して見せた高耶への理不尽な怒り、撮影した者への気違いじみた嫉妬。
明日になればこの雑誌は全国で売られ、本を手にした誰もが高耶のこの表情を見る……。
そして、次に高耶のデスクに差し出されたのは、一枚の書類だった。
無数の電話番号が連なるそれが意味することを悟って、高耶の顔が青ざめる。
「あなたの携帯に、見慣れない着信が残っていたものですから、通話記録を調べさせて頂きました。この撮影の後、数回、武藤潮からかかってきていますね」
「……」
高耶はつらそうに顔を背けた。
「仕事用の携帯とはいえ、名刺にはあなたのナンバーは載せていないのに、どうしてこの男があなたのナンバーにかけてきたんでしょうね。それも、俺のいない時間を見計らったように」
「ちがっ、そんなの、偶然……っ」
だが、男はそれを冷たく無視して、
「まあ、あなたは上杉物産の代表ですし、仕事上のつきあいでナンバーを聞かれることもあるでしょうから……彼があなたに電話してきたことに関しては目を瞑りましょう。ですが、仕事の話なら秘書の私を通せばいいはずです。……俺の目を盗んで、いったいこの男と何を話していたんです?」
「そんな……なんでもないっ……ただ……」
「……ただ、なんです?」
「……ッ」
高耶は俯き、唇を噛み締めた。何を云っても無駄だ。
多額の負債を抱えて急死した父の会社を守る為、自ら望んでこの男の所有となってから、高耶には友人と呼べる人間は一人もいない。
そんな中、今回の取材で武藤と出会った。
撮影終了後、男が記者との打ち合わせで席を外した際、一人、ソファで休んでいた高耶に、武藤は上機嫌で話しかけてきた。「すごくいい写真が撮れたから、楽しみにしてほしい」
被写体が自分だと思うと照れくさい気はしたが、よほどカメラマンとして納得できる写真が撮れたのだろう。業界の人間にしては気取ったところがなく、無邪気にはしゃぐ姿には素直に好感が持てたし、気さくな彼とは、なんとなくいい友人になれそうな気がした。
「今度メシでもどうか」と、携帯番号を聞かれた時は、男のことを思えば正直、戸惑いはしたが、断りきれずに電話番号ぐらいならと応じた。
その後、武藤から数回、電話があったが、久しぶりに同年代の相手と交わす他愛のない会話が、過酷な日々を送る高耶の心を束の間、和ませたのは事実だ。
だが、それをどう説明しても、男には通じないだろう。
高耶の沈黙は、男の理不尽な怒りの炎に油を注いだ。「……ッ!」
次の瞬間、高耶の体が椅子の上で不自然に跳ねた。
男の手に、握られているのは黒いリモコン。スーツの下、密かに課せられたハーネスに繋げられた調教用の淫具が激しく暴れて、高耶を襲う。
淫具からは振動とともに、電気ショックにも似た低周波のパルスが、滅茶苦茶に発せられて、高耶はその度に全身をビクビクと痙攣させた。
「ヒッ……やめっ……アアッ……!」
「俺の前で、俺以外の男のことを考える……随分いい度胸をしていますね、高耶さん」
男は冷たく微笑んで、激しく身悶える高耶を見つめながら、ゆっくりとドアに鍵をかけ、高耶のデスクの背後に回って、徐にブラインドを閉めた。完全に閉ざされた室内で、ようやく、リモコンスイッチが切られると、その途端、高耶は糸の切れた人形のように、デスクに力なく突っ伏してしまった。
苦しげに肩で息をするその端正な顎を、男は容赦なく掴んでこちらを向かせる。
涙の滲む瞳が、男を見た。
男はその顔をうっとりと見つめながら、再び、リモコンのスイッチを入れる。
「……ッ!ンンッ……クッ……」
せめて声を出すまいと、切れるほど噛み締めた唇。潤んだ双眸から、とめどなく零れる、苦痛と屈辱と快楽の入り混じった涙。
互いの唇が触れるほど、ごく間近でその顔を覗き込んで、男は諭すように云った。「オウギタカヤ……あなたは、この体は誰のものです?」
「………ッ、」
新たな涙が、頬を伝う。
高耶の唇が動く。
「オレ、はっ、……お、まえ、の……」
途切れ途切れに答える高耶の、泣き顔を見つめる男の目が、一瞬、苦しげに歪むのに、全身を襲う苦痛と快楽を必死に堪える高耶は気づかない。次の瞬間には、男はいつもの冷たく穏やかな口調に戻って、うっとりと囁いた。
「そう……あなたは俺のものだ。この髪も、この唇も、何もかも。そのことを、思い出させてあげる。この体に刻んであげる。どの瞬間も、あなたが俺のものだと云うことを、忘れることのないように」
囁いて、男が顔を寄せる。
……交わされたくちづけは、淫らな血の味がした。
「脱ぎなさい」
感情を殺したような、氷のような口調で命じられて、高耶の顔が青ざめた。
これまで、深夜に無人の社内で抱かれることはあったが、いくらなんでも仕事中である。壁を隔てた応接室では、今も重要な取引先との会合が行われているはずだし、自分の承認を待つ報告書の山も、片付いてはいないのに……。
体内の淫具のスイッチも、まだ切られていない。
高耶は苦しげに云った。
「なおっ、頼む……せめて仕事が終わるまで……」
だが、男の言葉はあくまでも冷たいものだった。
「たった今、俺のものだと答えた同じ唇で、もうそうやって逃げようとする……本当に悪い子ですね。あなたなんて、外に出さずにあの屋敷に閉じ込めてしまえばよかった」
「直江……!」
「早くしなさい。それとも、押し倒されて、無理矢理脱がされたいですか?俺はどちらでも構いませんよ」
自由意志の許されない所有物。
唇を噛み締め、高耶は震える体を叱咤し、自らスーツの襟に手をかけた。
BY 417
……(>_<) おひさしぶりですのι
これからってトコで終わっててすみません(>_<;久しぶりに書いてはみたものの、なかなか進みませんで、とりあえず書けた分だけUPしてみました(涙
この後が書きたくて書いてるはずなのに、なんで進まないかな;直江のおっきいので、あーしてこーして高耶さんの穴とゆー穴塞いだる!(爆)とか、息巻いてはいるんですけど(殴打)
とりあえず、後編、早くUPできるようがんばります(>_<)