「………すぐ、楽にしてあげる」
いとしい唇から、望む言葉を吐き出させ、男は満足気に微笑むと、ジャケットの内ポケットに忍ばせていた携帯電話を取り出して、乗り上げた細い体に向けて構えた。
高性能の携帯カメラは、闇の中、懐中電灯の仄の暗い灯に映し出される細い体を、しっかりと捉える。
前触れなく響き渡ったデジタルのシャッター音に、再び視界を奪われたままの高耶がビクッと反応したが、撮影の制止を求める間もなく、次の瞬間には、金属の枷ごと張りつめた楔を握り込まれて、ヒッと悲鳴をあげた。
「少しだけ我慢していて下さい」
男は優しい声で諭しながら、まずは張りつめた楔をきつく噛んだ金属の枷と、根元のリングを繋ぐ南京錠を外しにかかった。
「クッ………、」
ただでさえ、敏感な箇所に密かに媚薬を使われ、本人すら理解できぬまま、枷の中で無残に張りつめて、もはや限界の体だ。
南京錠に小さな鍵が挿し込まれる、そのささやかな刺激ですら、今の高耶には拷問に等しく、シリンダーがまわる感覚が、悲鳴を上げている箇所にダイレクトに伝わって、苦痛に苛まれながらも、あられもない声をあげそうになる。
必死に声を押し殺し、ようやく南京錠が外されると、強張った体から僅かに力が抜けた。
だが、息つく間もなく男の指が、楔に食い込む金属の戒めを、慎重に引き抜こうと試みた途端、たちまち激しい苦痛に襲われて、高耶は必死に制止を求めた。
「やッ………!なおっ、痛い………!」
「………我慢して」
男は、宥めるように囁いて、尚も枷を外そうと試みる。
だが、きつく肉に食い込むそれが、容易に外せるはずもなく、男は大仰にため息をついた。
「………困りましたね。これを外すのは、無理のようです」
「なっ、……」
たちまち絶望の声を上げる高耶に、男はクスクスと笑いながら、
「こんな枷で感じて、こんなにぼうやを大きくしてしまうから……あなたがいけないんですよ?痛いのが感じるなんて、本当にいやらしいひとだ」
「………ッ、」
己の体の変化が、密かに用いられた媚薬のせいだと知らぬ高耶は、羞恥と屈辱に唇を噛み締める。
「―――どうしますか?このままというわけにはいきませんね。あなただってつらいでしょうし、この可愛らしいぼうやが駄目になってしまう」
「や、………なお、………」
もはやプライドも何もなく、子供のように許しを乞う高耶の頬を撫でながら、男はいとおしげに囁いた。
「大丈夫………心配しないで。このぼうやから、無理矢理にでも、しろいのを出させてあげればいい。そうすれば、この枷もリングも外してあげられる。俺が出させてあげるから」
―――媚薬を用い、枷を施した時点で、こうなることはわかっていた。
男は最初から、そのつもりだったのだ。
これから何をされるのか、考えるのもおぞましいが、今の高耶に、抵抗する術などあるはずもなかった。
細い首から、手際よく引き抜かれるネクタイ、はだけられるシャツの襟―――早朝の屋上で、口づけられた首筋から薄い胸を、再び確かめるように滑る唇。
ふと、身を起こした男が、何かを取り出す気配がしたが、目隠しされている高耶にはわからない。
次の瞬間、震える体を抱き込むようにして、後ろに回された男の指が、僅か二日前、自らが無理矢理奪ったあの箇所へと伸ばされた。
「やっ………!」
男は、何か潤滑剤のようなものを使用したらしかった。薬液に濡れた指で、そこに触れられる屈辱と嫌悪に、高耶が嫌々と身を捩る。
「じっとして。濡らさないと入りませんよ?」
まだ完全には傷の癒えぬその場所に、ぬるっとしたものを塗り込められ、次の瞬間、有無をいわさず長い指が侵入してきて、高耶は悲鳴を上げた。
「アア………!」
男の指は、潤滑剤の助けを借りて、異物の受け入れを拒む体に、容赦なく入り込んだ。
侵入した指は、きつい襞をほぐすよう、淫らに行き来する。
つい先日、傷つけられたばかりの箇所を、再び割られる苦痛と、痛みだけではない何かが同時に襲って、高耶は嫌々と身を捩る。
このまま責め続けられたら、射精よりもはしたなく漏らしてしまいそうで、高耶は必死に許しを乞うた。
「や、抜い、………なお………ッ、」
「いいんですか?高耶さん。ぼうやの枷、外したいんでしょう?」
「やっ、くうっ………、ン………、」
男は、弱々しくもがく体を甘く叱咤して、背後から沈めた指で、執拗に前立腺を刺激する。
やがて、金属の筒から覗く、色の変わった哀れな先端に、じわりとしろいものが滲むように盛り上がり、トロリと糸を引いて滴った。
長時間、締め付けられて、痺れきったそこからの強制的な射精は、高耶が知っていたささやかな自慰の快楽とは、まるで次元の違う凄まじいものだった。
「ヒ―――……、」
ビクビクと身を震わせる細い体に、男はクスッと微笑んで、
「ほら、しろいのが出てきましたよ。………高耶さん、気持ちいい?」
淫らな指摘に、耳を塞ぐこともできず、高耶はただ、首を振るしかできない。
耐え難い羞恥と屈辱と、一刻も早くすべて吐き出して楽になりたいという本能の狭間で、愛しいひとが切なくもだえる様を、熱い眼で確かめながら、男は自らの指で吐き出させた蜜を、尖らせた舌先でしっとりと味わう。
「ヒイッ………や、………ク………ッ、」
根元を堰き止められ、勃ちあがることも許されない中での、男の指による緩慢な射精は、高耶にいつまでも終わらない地獄のような絶頂感をもたらし続けた。
「ひい、………ヒッ…、」
愛しいひとの、あまりに愛らしく淫らな痴態を目の当たりにして、スラックスの下、自らも限界まで張りつめていることに気づいた男は苦笑した。
「高耶さん………」
男は、上体を倒し、激しく喘いでいる愛しいひとの耳元に唇を寄せて、
「体がつらいでしょうから、今日はしないつもりでしたが……あなたがあまりに可愛くて……すみません、高耶さん―――我慢できない。大丈夫、痛くはしない。気持ちよくしてあげるから。それに、指より、俺ので奥までされた方が、あなただっていいでしょう?」
「な、に………」
唐突に指が引き抜かれ、体の上で、男がスラックスのジッパーを引き下ろす気配に、再び犯されるのだと悟った高耶は、掠れた悲鳴を上げた。
細い体は、力強い腕で、有無をいわせずうつ伏せにされ、目隠しと後ろ手錠のまま、腰だけを高々と掲げさせられた。
「や、なお………無理、」
初めて体を奪われた、あの時の苦痛が蘇り、逃れようとする背に、男は、子供をあやすように大丈夫だからと囁いて、熱い肉塊をあてがった。
「力を抜いて―――」
潤滑剤に含まれる媚薬と、指での刺激で切なく息づく蕾に、男の凶器の先端がめり込み、逃れようとする細腰を己の方へと容赦なく引き寄せて、男はグッと腰を入れる。
そのまま体重をかけ、よけいな苦痛を与えないよう、慎重に、だが、容赦なく体を沈めていく。
目隠しの下、高耶の両眼が見開かれ、突き入れられる激痛に喉奥から長い悲鳴が押し出された。
「アアアアア―――!」
男の肉塊が深々と沈むと同時に、高耶の戒められた楔からは、しろいものがトロトロと溢れて、リノリウムの床に伝い落ちた。
「ヒッ………ク………、ア………」
「高耶さん………」
楔を金属のリングと枷で戒められている、高耶への内部は、初めて押し入った時のように熱くて狭く、男は、締め付けてくる凄まじい快楽に眩暈を覚える。
「高耶さん………あなたは、俺のものだ………」
男は、しろいものを垂れ流す若い楔には一切触れず、胸の突起への責めと、蕾への己の肉の刺激のみで、高耶にすべてを吐き出させるべく、容赦のない責めを開始した。
「ヒ―――アアッ、………ク、………ア!」
男の凶器が、まだ完全には傷の癒えぬ箇所を抜き差しする。
項に口づけられ、胸の突起を弄られ、獣のように背後からのしかかられて、果てることのない絶頂の中で、高耶は悲鳴を上げ続ける。
熱い肉塊で、前立腺を内側から刺激され、深く突き上げられる度に、哀れな楔は、しろい涙を流し続けた。
視界も閉ざされ、闇の中で名前を呼ばれ、そうして貪られているうちに、時間の感覚が消えうせ、高耶の中で、苦痛は、いつしか快楽のみへとすり変わっていく。
いつ終わるともわからぬ、果てのない禁断の快楽の中で、高耶は知らぬうちに、男の名を呼んでいた。
「なお、………なおえ………!」
「高耶さん……、」
「ア―――ア!………も、………、」
気が狂う。
このまま、視界も自由も奪われ、男に犯され、永遠に達したまま狂ってしまう―――
恐ろしくも淫らな想像が、喘ぐ獲物の脳裏を掠め、高耶はたまらず涙を零した。
高耶が泣いて許しを乞うても、その攻めは男が達するまで、尚も続いた。
ようやく男が高耶の中に出し、名残惜しげに引き抜いた後も、男は再び、長い指を潜り込ませて、高耶の楔が最後の雫を吐き出すまで、容赦なく責め続けた。
「―――……、」
すべてを吐き出し、完全に意識を飛ばした高耶が、ようやく己を取り戻した時は、あのおぞましい金属の枷とリングは、すでに取り去らられた後だった。
後ろ手の手錠と目隠しはそのままだったが、気配で高耶が目覚めたのを悟ったらしく、
「………高耶さん、気がついたんですね。気分はいかがですか?………あんなによがって、しろいのをたくさん出して。とっても気持ちよかったでしょう?」
「………ッ、」
壁に寄りかかるように床に座らされ、身を清められ、乱れきったスーツを、再び着せ掛けられる間も、高耶は、顔を背けたまま、身じろぎもしなかった。
「高耶さん………?」
黒い目隠しの下、屈辱の涙が込み上げる。今この時だけは、目隠しされていてよかったと思った。
せめてこの男に、これ以上、惨めな泣き顔だけは見せたくない。
「高耶さん………」
名前を呼んでも、高耶は応えない。
こんなになっても、まだ必死に虚勢を張ろうとする、このひとが、たまらなくいとおしいと男は思った。
このまま自宅に連れ帰り、永遠に閉じ込めてしまおうかとも思ったが―――
「………あと少し、あなたと、こうして会社ごっこを続けるのも悪くはない」
男は意味ありげな言葉を吐いて、クスクスと笑うと、高耶の上着の胸に、何かを差し入れた。
何事かと身をすくませる高耶に、男は苦笑して、
「そんなに怖がらないで。あなたがさっき投げ出した携帯ですよ。私が恋しくなったら、これでいつでも呼ぶといい。いつでも好きなだけしてあげる。―――ああ、念のためもう一度だけ言っておきますが、定期的に連絡をしますから、電源は切らないで下さいね?言うことを聞かなければ………わかっていますね?」
高耶は顔を背けたまま、青ざめた唇を切れるほど噛み締めている。
「それから、これも返します。おうちの鍵ですよ。今度、勝手に鍵を変えるようなおいたをしたら、今日よりもっと酷いお仕置きをしますから、そのつもりでいて下さいね。………まあ、あなたの、あのよがり方では、お仕置きではなく、ご褒美になってしまうかもしれませんが」
「………ッ、」
男は、最後に高耶の膝に、何かのファイルのようなものを乗せた。
「ここは広いですからね。その体では、探すのがつらいでしょうから、代わりに探してきてあげましたよ」
それはどうやら、開崎が持ってくるよう指示した、報告書のようだった。
「………高耶さん」
名残惜しげに細い顎を掴んで、男は深々と口付ける。
「やっ………ンンッ……」
愛しい唇を貪りながら、男の手が、後ろ手に戒められた高耶の手に、何かを握らせる。それは、朝と同じく、手錠の鍵だった。
ようやく唇を離した男は、
「………自分で外せますね?この手錠と目隠しは、あなたが持っていて下さい」
応えない高耶に、男は、念を押すように言った。
「高耶さん……家族が大事なら、二度と、馬鹿なことは考えないことです」
「………」
「高耶さん?」
「………わかったよ。もう、気が済んだだろ。行けよ」
ひどく掠れた、消え入りそうな声だったが、それでも、彼が応えたことに、男は満足した。
「高耶さん………」
「………」
「愛していますよ」
男が資料室を後にし、足音が遠ざかるのを確かめて、ようやく高耶の強張っていた体から力が抜けた。
のろのろと手錠を外し、目隠しを取り去る。
室内は電気がつけられ、元の静けさを取り戻していた。
激しく陵辱され、男によって、一滴残らず搾り取られた体は、もはや自分のものではないようだ。
泣き腫らし、赤く腫れた両眼から、ぼろぼろと悔し涙が伝う―――
「畜生ッ………」
***
高耶が、ぼろぼろに疲れ切った体を引きずるようにして、それでも平静を装い、ようやくオフィスに戻った時は、すでに正午を回っていた。
ものがものだけに、置いてくることもできず、手錠と目隠しは上着のポケットに隠したままだ。
幸い、同僚達は、皆、食事に出てしまったらしく、社内は閑散としている。
資料を探すだけで、2時間以上戻ってこなかったのだから、本来なら、上司から小言をもらってもおかしくないところだが、開崎は急用で出かけたらしく、高耶は頼まれた資料を開崎のデスクに置くと、のろのろと自分のデスクに戻った。
あれほど泣き腫らした高耶の眼は、すでに乾いていた。
(このままじゃ、すまさない。あの男だけは許さない……!)
やがて、昼休みが終わり、昼食に出ていた社員達が戻ると同時に、午後の始業を告げるアラームが鳴り響く。
―――この日、高耶は、残された僅かな力を振り絞ってPCに向かい、かろうじて午後の仕事を乗り切った。
どこかで見ているに違いないあの男に、己の弱った姿を見せたくない一心からだった。
***
「………お疲れ様でした」
まだ残っている同僚達に声をかけ、精一杯、平静を繕ってオフィスを後にする。
重い体を引きずってエレベータホールに向かい、到着を待っていると、上から降りてきたエレベータに、今朝も偶然、乗り合わせた、あの黒いスーツの長身の男が乗っていて、高耶に向かって会釈した。
なんとなく気まずいのと、今の表情を誰かに見られたくなくて、高耶はパネルの前に立ち、ひたすらエレベータが一階に着くのを待った。
男は、その細い背をいとおしげに見つめている。
(高耶さん………)
そうして立っているだけでも、つらいでしょうに。
でも、あなたがそこまで頑張っているのだから、あともう少し、この遊びにつきあってあげますよ。
エレベータが一階に着くと、高耶は再び会釈をし、ギクシャクとした足取りでホールを出て行った。
今度抱く時は、あの体に、何か所有の証をあげよう。
ピアスでも、何でもいい―――あのひとが俺のものだという証を。
エントランスを出ると、ジャケットに突っ込まれたままだったあの携帯が、メールの着信を知らせた。
あの男からのメールなど、見たくはなかったが………携帯を開いた途端、ディスプレイの待ち受けに、あの枷をつけられた、惨めな己の姿をまのあたりにして、カッと顔を赤くした高耶はうめき声を押し殺した。
『お疲れ様でした。最後まで、よくがんばりましたね。
写真、気に入って頂けましたか?
せっかくファイルを送ってあげても、あなたは見もしないから。
よく撮れているでしょう?
今日のあなたは、綺麗でしたよ』