「untitled」6






『朝のあなたは、可愛かったですよ』

手がかりを掴むどころか、いいように弄ばれてしまった屈辱に、切れるほど唇をかみ締めた時―――不意に背後から声をかけられ、高耶は動転した。

「……仰木君」
(―――!)
咄嗟にメール画面を閉じ、声のする方を振り向くと、いつのまにか直属の上司、開崎が片手にファイルを抱えて立っている。

「あっ、あのっ………おはようございます……、」
もしや、今のメールを見られたのではと、動揺を隠し切れない高耶に、開崎は普段と変わらぬ口調で告げた。

「おはようございます。今週もよろしくお願いします。早速で申し訳ありませんが、今日はこの資料作成からお願いしたいのですが。先週、覚えてもらったのとやり方は同じですので」
「………わかりました…、」

ファイルを受け取る声がかすかにうわずり、震えたが、それでも開崎が表情を変えることはなかった。
「わからないことがあれば、遠慮なく声をかけて下さい」


***


業務開始時刻を告げるアラームが鳴り響く。
社員達が一斉におのおのの仕事に向かう中、高耶だけは当然、それどころではなかった。

開崎が立っていた位置を考えれば、メールの内容を見られたとしてもおかしくはない。

先ほどの開崎が、あえて自分と眼を合わせないよう意識していたようにも感じられ、高耶は己のデスクへと向かう上司の背を、眼の端で追わずにはいられなかった。


開崎誠は、フロアを統括している責任者である。
新入社員の中で、ただ一人、十八歳と若い高耶の新人教育を任されているらしく、仕事の直接の指示だけでなく、現在、高耶が入居している寮がわりのマンションへの案内をしてくれたのも、この開崎だった。

物腰の柔らかさと、その仕事ぶりはそつがなく完璧で、周囲からの信頼は厚いが、多少神経質すぎるきらいがあり、眼鏡の奥の眼が、時折、何を考えているのかわからないこともあって、高耶は正直、この上司があまり得意ではない。

何事もなかったようにデスクにつき、淡々と仕事に取りかかる開崎を横目に、それ以上どうすることもできず、高耶は、目の前のノートPCに視線を泳がせた。

敏感な箇所を戒める冷たい金属の筒は、嫌でもその存在を主張し続け、僅かに身じろぎしようものなら、たちまち痛みとも快楽ともわからぬ感覚をもたらす。

こんな状態で、到底、仕事に集中できるはずもなかったが、かといって投げ出すわけにはいかなかった。

あの男は、今この瞬間も、このオフィスのどこかで、自分の様子を嘲笑っているに違いない。
そうして、自分が許しを乞うのを待っている。
誰が、いいなりになんかなるかよ。

(―――お前だけは許さない。絶対に正体を突き止めてやる)

改めて男への呪詛を吐きつつ、己を叱咤するように強引に頭を切り替え、ファイルを開いてPCに向かう。


***


ディスプレイに向かいはじめて、一時間が過ぎた頃、キーボードを叩いていた高耶の指が、不意に止まった。

(…………ッ、)
―――先ほどから、ハーネスを架せられた箇所が、熱を帯びたように、激しく疼きはじめている。

(何………ッ、)
この異変が、先ほど、男の手で密かに用いられた薬の作用によるものだと知る由もない高耶は、周囲に気取られぬよう、必死に呼吸を整え、再び意識をPCに集中させようと試みた。

だが、意思とは裏腹に若い楔は、枷の中でいまにも勃ちあがろうとしている。

上向くことを許されぬ若い楔が、金属の筒の中で大きく育てば育つほど、高耶はより淫らな苦痛に苛まれ、その苦痛を堪えようと身じろぎすれば、筒の先から顔を覗かせた敏感な鎌首が、嫌でも下着を擦りあげる羽目になって、高耶はその都度、苦痛と快楽の相反する異常な感覚に耐えなければならなかった。

(畜生………ッ)

枷を外す手立てがない以上、あの男に許しを乞う以外、逃れる術のないことは、高耶は嫌でもわかっていた。

だが、それでもいいなりになることが悔しく、かと言って、このまま耐え続けるのが困難なことも、充分すぎるほどわかっている。

眼の端に込み上げる、屈辱の涙―――
枷から覗く先端から、じわ…、と淫らな体液が染み出し下着を濡らすのを感じて、高耶は遂に、かすかな喘ぎを漏らしてしまった。

「………ッ!」
咄嗟に我に返った高耶は、いまのを誰かに聞き咎められはしなかったかと慌てたが、個々のデスクがそれぞれパーティションで区切られたレイアウトになっているのが幸いしてか、気づいた者はいないようだった。

「………」
元々、激しい陵辱で弱っていた上に、極度の緊張と苦痛から、もはや完全に手の止まってしまった高耶の、涙の滲む眼が宙を泳いだ。

―――上着の胸ポケットに突っ込んだままの男の携帯。

何かあったら、これで私を呼ぶといい。
(………ココが苦しくなったら、いつでも外してあげますよ)

囁く男の指先が、ぞわりと先端の割れ目を撫で上げた、あの淫らな一瞬がたちまちフラッシュバックして、高耶は悲鳴を飲み込んだ。


***


男の前にずらりと並んだ監視用モニターが、苦痛を堪える高耶の端正な顔を映し出している。

許しを乞えば、今すぐ楽にしてあげるのに。
つまらない意地で、そんなにいやらしい泣き顔を、白昼堂々、人前で晒すなんて。

(………本当に、こまったひとですね)

男は苦笑し、涙の滲むきつい目元を、長い指先でモニター越しに拭ってやりながら、いっそ、今すぐこんな遊びを終わらせて、このひとを永遠に閉じ込めてしまおうかとも考えた。

『会社ごっこ』という名のささやかな自由の日々を、あとどれだけ続けられるかどうかは、あなた次第なんですよ?


モニターの中の細いスーツの背が、それとわかるほど震えている。
高耶がもはや、限界に近いことは、ひっきりなしに見せる苦しげなその表情からも見て取れた。

それでも自らは、決して許しを乞おうとしない高耶に、
(まったくあなたには、かないませんよ)
男は楽しそうに笑うと、手元の受話器を取り上げた。


***


「―――仰木君、すみませんが」

一瞬、意識を飛ばしかけていた高耶は、再び、背後から開崎に声をかけられてギクリと身をこわばらせた。

すでに平静を装うのも難しいほど、今の彼は追い詰められていたが、それでも高耶は、必死に己を取り繕い、掠れた声で「はい、」と小さく返事をした。

明らかに尋常ではない部下の様子を目の当たりにしても、なぜか開崎は、それを指摘しようとはしなかった。

新たなファイルを手渡し、いつもと変わらぬ冷静な口調で、
「これと同じ報告書の×年度版が、地下の資料室にあるはずなのですが、すみませんけど探してきてもらえますか?資料室は広いですから、時間がかかってもかまいませんので」
「……わかりました……、」

今の状態で、果たして普通に立ち上がり、歩けるかどうか疑問だったが、もはやそうして座っているのも限界になっていた高耶は、顔を見られぬよう、俯いたままデスクに手をつき、歯を食いしばって立ち上がった。

途端、急所をよりきつく締めあげられるような感覚に、ヒッという悲鳴が喉までついて出そうになったが、誇り高い彼の最後のプライドが、その悲鳴を押し殺した。


己の上司が、男の命を受けて動いていることなど知る由もない高耶が、ファイルを手に、覚束ない足取りでフロアを出ていく様を、開崎がそれとなく見守っている。

高耶というあの青年が、己の主を、なぜこれほどまでに狂わせたのか―――興味がないと言えば嘘になるが、過ぎた同情や好奇心は身を滅ぼすだけだと、賢い開崎はよくわかっていたし、無論、男を裏切るつもりもなかった。

ただ淡々と主の命に従う、それだけだ。

―――細い背に向けられた開崎の、眼鏡の奥の怜悧な眼が、かすかな哀れみの色を帯びていることに、誰一人、気づく者はいなかった。


***


一歩、歩を進めるごとに襲われる激しい苦痛と快楽に、いまにも喉をついて出そうになる悲鳴を必死に飲み込みながら、ようやくオフィスを後にした高耶は、無人の通路に出るや否や、壁に手をつき、大きく喘いだ。

抱えていたファイルがリノリウムの床に落ち、バサリと音を立てる。
「………ッ、」
小刻みに震える手で、落としたファイルを拾い上げ、一刻も早く、人気のない資料室へと逃れたくて、高耶は尚も己を叱咤し、這うようにしてエレベータホールまで進んだ。


呼び出したエレベータに崩れるように乗り込むと、とりあえず一人になれた安堵から、張りつめていた糸が切れ、眼の端から、悔し涙が零れて伝う。

リフトが下降する僅かな時間も、誰かが途中で乗って来はしないかと、内心、気が気ではなかったが、幸い、エレベータは一度も止まることなく地下に到着した。

途切れることのない苦痛と快楽の相反する責めに耐えながら、通路を這うように進んで、ようやく資料室のドアまで辿りついた高耶は、中に誰もいないよう祈りながら、震える手でロックを解除し、扉に手をかけた。


***


膨大な資料に埋め尽くされたラックが、整然と立ち並ぶフロア。
高耶のささやかな願いが通じたのか、幸い、室内に人の気配はなかった。
「………、」
無意識に、安堵の吐息が口をついて出たものの、人目をどうにか避けられたというだけで、何の解決にもなっていない。

冷たい金属の枷の中、高耶の楔は今この瞬間にも吐き出したくて、切ない悲鳴をあげている。
震える手でファイルを抱え、ドアから数歩進んだところで、ついに高耶は力尽きたように崩折れてしまった。



その時だった。
まるで、高耶がそうなる瞬間を待っていたとでもいうように、胸ポケットの携帯が沈黙を破って鳴り響いた。
「―――!」
高耶は咄嗟に胸に手をあて、ジャケットの布地の上から携帯をきつく握りしめる。

この電話に出て男の許しを乞うことが、唯一、この責め苦から逃れられる手立てだとわかってはいても、それでも高耶はどうしても電話に出ることができない。

躊躇っているうちに、コールが途切れ―――今度はメールの着信らしい短いアラームが鳴り響く。
それでも、尚、しばらくの間、躊躇い―――ようやく、意を決してメールを開くと、あの男のメッセージが目に飛び込んできた。


『本当に意地っ張りですね、あなたは。
ぼうやへのお仕置きが、相当、堪えているようですが
どうです?高耶さん。少しは反省しましたか?』


「―――!」
怒りと屈辱に、カッと顔を赤くした高耶が、発作的に手にした携帯を投げつけると同時に、突然、フロアの照明がすべて落とされ、窓のない地下の資料室は、一瞬のうちに完璧な闇に包まれた。

「な―――!?」
突然、漆黒の闇に投げ出され、動揺する高耶にとどめを刺すように、誰もいないはずの室内に、苦笑を帯びた男の声が響きわたった。

「………本当に、困ったひとだ」

「お前………ッ!」
(どうしてッ………!)
闇の中、ゆっくりと近づいてくる男の気配を察したものの、もはや今の高耶に、逃げる力は残されていない。

「く、来るな………ッ!」

動けない。
この男から、逃れられない。


次の瞬間、闇の中で高耶は力強い胸の中に、きつく抱き込まれていた。
「や………ッ!」
男の声が、宥めるように言う。
「暴れないで。高耶さん、あなたに怪我をさせたくない」
「はな、せっ!」

体格と力で勝る男に対し、すでに消耗しきっている高耶の、この日、二度目の抵抗は、大人と子供以上に、まるで勝負にもならなかった。
細い体がやすやすと抑え込まれて、もがく両手に、再び手錠がかけられる。

早朝、屋上で弄ばれた時と同じように、後ろ手に自由を奪われた高耶は、せめて男の正体をと、闇の中で必死に眼を凝らし、顔を捻じ曲げ、背後にいる男の顔を確かめようとしたが、その眼を再び目隠しできつく塞がれ、またしても男の顔を見ることは叶わなかった。



「………ッ、」
いまの抵抗で、残っていた僅かな力も尽きてしまったのか、体の下でいとしいひとがようやく大人しくなったのを確かめると、男は、上着のポケットから懐中電灯を取り出し、点灯した。

ゆらぐ灯が、まだ苦しい呼吸を繰り返す、端正な顔を照らし出している。
視界を遮れられていても、灯の気配は感じるらしく、高耶は嫌がるように端正な顔を背けた。

「高耶さん………」
宥めるように、甘く名前を呼ばれて、頬に手を触れられた高耶が、ビクッと身を震わせる。
男の指が首筋を伝い、シャツの上から胸を滑って下へ下へと降りていくのを感じて、高耶はたまらず逃れるように身を捩った。

「やだッ………、」
自ら枷を施した箇所を、スラックスの上から確かめるようになぞりながら、男はあやすように言う。

「どうして?オフィスでのあなたが、あなたが、あんまりつらそうだったから、こちらから来てあげたのに―――いいんですか?このままで」

高耶は顔を背けたまま、弱々しく首を振るばかりだ。
「………苦しいくせに。本当に、とんでもない意地っ張りですね、あなたは」
男はいとおしげに苦笑し、懐中電灯を脇に置くと、高耶のスラックスのベルトを外しにかかった。

「―――ッ…、」
切れるほど唇を噛み締め、顔を背けている高耶のスラックスが下着ごと下ろされ、枷を嵌め込まれた箇所が露になる。

高耶の楔は金属の筒の中で、限界まで張りつめながらも、果てることも、上向くことすら許されず、切ない悲鳴を上げ続けていた。

「こんなになるまで我慢して………」
かわいそうに。

男は、宥めるように囁くと、締め付けられてすっかり色の変わってしまった先端に唇を寄せ、尖らせた舌先で割れ目を抉るように舐め上げた。

「ヒ―――ッ!」
前触れなく、生暖かな舌でそこを刺激され、高耶がたまらず悲鳴を上げる。

男の舌が、繰り返し、蜜の滲む鈴口を行き来し、味わうように舐め上げる度、高耶は大きく身を震わせて、嫌々と身を捩った。

「アアッ、ア!………も、やめッ………」
先端に唇を押し当てたまま、男が淫らに囁く。
「甘いですよ………あなたのは。この可愛らしい割れ目から、舐めても舐めても、とめどなく溢れてくる………」


耳を塞ぎたくなるような淫らな囁きと、果てることのできない苦痛、繰り返される舌先での残酷な責めに、高耶の精神はもはや限界だった。

子供のように啜り泣きながら、高耶は必死に哀願する。
「も………やめ、く………」
「高耶さん………」
「………そこ、いたい………ッ、たのむから、はず、し………」

―――なおえ。

プライドの高い高耶の唇が、己の名を紡ぎ、泣きながら許しを乞う姿を目の当たりにして、男は狂おしさに身を震わせた。

「高耶さん………楽になりたい?」
精も根も尽き果て、観念したように頷くいとしいひとに、男は甘く囁いた。
「そう、それでいい。すぐ、楽にしてあげる」





To Be Continued.