フ×ディ復活記念(笑)
A Nightmare on Matumoto Street
ACT-3
by 417
今から一月ほど前のある日の深夜、神奈川県下のとある総合病院、宿直室。
この日は急患もなく、めずらしいほど静かな夜だった。勤務医の開崎誠は、仮眠を取ろうと狭いソファに窮屈そうに長身を横たえた。
この数日、夜勤続きで疲労が溜まっている。
夜明けまであと数時間。このまま、急患がなければいいが……そう思いながら、疲れきっていた開崎はすぐに眠りに落ちた。
開崎の閉じられた瞼が、ピクピクと動く。
レム睡眠に入った証拠である。
悪い夢でも見ているのか、眠っている手が、何かを払うような仕草をする。
次の瞬間、ふいにその目が開いた。
白い天井が目に入る。
男は、慎重にソファに身を起こすと、ゆっくりと室内を見まわした。
緊急呼び出し用の電話、仮眠用の簡易ベッドやソファ、菓子や雑誌などが雑然と置かれたテーブル……ドア脇の壁面には、姿見といくつものフックが取りつけられていて、誰かの白衣が無造作にかけられていた。
男は、両手に視線を落すと、掌を握ったり開いたりしてみた。その手は、まるで本当の自分の手のように滑らかに動いた。
「……悪くはないようだ」
声に出して云ってみる。ちゃんと喋ることができた。
次に男は、ソファから立ち上がって、ゆっくりと姿見の前まで歩いてみた。
姿見に、白衣姿の開崎が映る。
その動きには、何ら違和感はない。正直なところ、ここまで同調がうまくいくとは、思っていなかった。
これも皆、開崎本人は気づいていないが、彼が潜在的に持っている他人の波動を受けとめるという、特殊な能力のおかげだ。
開崎が若いが、有能な医師になれたのも、無意識のうちに患者が発するSОSを的確に受けとめ、対処できるからだし、開崎自身には不幸なことだが、闇の中から男が放った僅かな波動を受けとめてしまったのも、その能力故だった。男は開崎の夢を通じて、長い間封じられていた闇から抜けだすことに成功した。
そして、眠っている開崎の肉体を操ることで、現実世界にまでやってくることができたのである。
「あなたには礼を云わなければなりませんね。開崎誠」
男は鏡に映る『自分(開崎)』に向かってクスクスと笑った。
その上、医者とは……高耶に接触するのに、これ以上の職業はないではないか。あまりに出来すぎている。
すぐにもここを出て、あのひとに会いに行きたいが……あのひとを手に入れる前に、やらねばならないことがある。何よりも、まず、力を取り戻さなくては。
二年もの長い間、闇に封じられ、糧となる夢を食らっていない為、今の男には、こうして僅かな時間、レム睡眠の中にいる開崎の体を操るのが精一杯である。
(この肉体で、しばらくの間、この世界にいるのも悪くない)
男は楽しげに笑うと、宿直室を出た。
途中、巡回中の女性看護士とすれ違った。
看護士は少し驚いたように、
「あら、開崎先生が眼鏡をかけられていないなんてめずらしい。いつからコンタクトにされたんですか?」
男は曖昧に微笑んだ。
「ええ。まだ慣れないものでね……」
いつもの温和な開崎とは思えないほど、その瞳は危険な光を放っていたが、看護士が異変に気づくわけもない。誰に怪しまれることもなく、男は目的の場所に辿りついた。
小児科病棟。昼は子供達の声で賑やかなこの病棟も、今はシンと静まり返っている。途中、ナースステーションにいた女性看護士が男に気づいたものの、当然、医師である開崎を咎めるどころか、にっこりと会釈してくるだけだった。
男は、適当な病室のドアを開けると音もなく中へ入った。
カーテンの引かれたベッドに、四人の子供達が眠っている。どうやら、この病室に入院しているのは、皆、十才前後の少女達のようだった。
親元を離れ、淋しい思いをしながら病気と闘う子供達の心は不安定で、彼らの夢を操るのは容易である。
夢魔としての本能的な飢えが、男を突き動かす。
今すぐ、夢が必要だった。
それも、とびきりの悪夢が。男は、手前のベッドのカーテンを引くと、すやすやと寝息を立てている子供のこめかみにそっと手を当てた。
「今、どんな夢を見ているのか、俺に見せて下さいね……」
まもなくこの病院では、悪夢を訴える入院患者が続出した。
当初、医師達は皆、慣れない入院生活から来るストレスが、患者に悪夢を見せるのだろうと考え、たいしたことではないと思っていたが、事態は見る間に悪化した。
特に小児科病棟は深刻で、医師や看護士が眠るのを嫌がる子供達を必死に宥め、ようやく寝かしつけても、数時間後には子供達は皆、悲鳴をあげて飛び起きてしまう。
異変はそれだけはなかった。
悪夢から来る極度の不安や不眠から、心療内科を受診する若い患者が爆発的に増えた。
あちらこちらの学校では、子供達の話題は皆、ゆうべ見た悪夢の話でもちきりになった。多感な子供達の間で広がる漠然とした不安から、悪夢は果てしなく増殖していく。
それらを糧に、男は強大な力を手に入れたのだった。
***
それから一月後。
宿直の若い女性看護士達の話題はある事件でもちきりだった。何の前触れなく、心療内科で信望の厚かった開崎誠が辞表を提出したのである。
ただでさえ、医師不足の病院側は寝耳に水で、必死に彼を引きとめたが、決意は固いようだった。
実家も開業医で、かなりの資産家だと噂の開崎を密かに狙っていた看護士は多く、彼女達は皆、ため息をついた。
「あーあ。超ショックー。よりによって開崎先生がやめちゃうなんて……」
「実家の病院に戻るんでもないらしいよ。やっぱ引き抜かれたんじゃない?」
「せめて一度でいいから寝てみたかったわあ……あの眼鏡でさあ、責められてみたくない?」
「バッカねー、あのストイックなトコがいいんじゃない」
彼女達の会話は、突然鳴り響いたナースコールで中断した。
コールはあちらこちらの病室で鳴っている。また、子供達が悪夢を見て、パニックになっているのに違いない。
彼女達は、すぐに看護士の顔に戻って、バタバタと子供達の待つ病室へと消えていった。
***
この日、松本市街にある、深志大学病院心療内科のスタッフルームでは、朝のミーティングがはじまろうとしていた。
年配でいかにも穏やかそうな婦長が、一人の医師を紹介する。
「今日から新しくこちらのスタッフになられた、開崎先生です」
促されるまま、真新しい白衣に身を包み、一歩前に進み出た男は、にっこりと微笑んだ。
「開崎誠です。よろしくお願いします」
そして、ミーティングを終えた開崎が初仕事として向かったのは、高耶が強制収容されている、あの隔離病棟だった。
男の手には、カルテと無数の鍵束が握られている。
白衣のポケットには、治療の際、患者が暴れた場合に投与するトランキライザーの入った注射器や、拘束具などが忍ばせてあった。厳重にロックされたその病棟の通路を、男は悠々と進んでいく。
自傷行為や薬物中毒など、保護を要する少年少女が多数収容されている病棟の、いちばん奥に、目指す部屋はあった。「1428号室 仰木高耶殿」と書かれたドアの、小さな覗き窓から中を覗くと、包帯で片目を隠した一人の青年が窓辺に佇んでいるのが見える。
(あなただ……)
男がロックを解除して室内に入ると、高耶はゆっくりとこちらを振り向いた。闇に封じられ、会えずにいた二年の間に、このひとは随分大人びたように見える。
男は、眩しげに彼を見つめ、微笑して云った。
「仰木高耶さんですね……今日からあなたの新しい主治医になりました、開崎です。どうぞよろしく」
閉ざされた病室で。
二年ぶりに現実世界で、夢魔と獲物は静かに対峙した。
To Be Continued...
ACT‐3です。い、いかがでしたでせうか?(^^;
開崎の体を乗っ取るボディスナッチャー直江、ちょっと書いてて萌えました(馬鹿やっと、高耶さんの病室までやってきましたの……vv
次回以降はHあります…多分(爆 どんなHかは……お楽しみに(^^;
淫夢の詳細もちらっと……えへへへへv
今回、初めて開崎を書くのに、火輪を読み返してみたのですが、開崎直江と高耶さんのシーン、今更ながらいいっすねv
でも、やっぱり直江の宿体は橘義明ぢゃないと…v(>_<)
本物直江のゴール目指して(どんなや;)、続き頑張ります。
読んで下さってありがとうございました。