< 花守 >


Presented by K-330様





 
 自分は夢を見ているんだな――…
 意識して最初に、高耶は思った。

 周囲には闇。
 そして。視線の遙か先には、大きな桜の木が満開の花を付けていた。
 そこだけがほんのりと白く明るく。
 花明かり…という言葉に相応しく、ひっそりと幽玄の世界を造り出していた。

 火に誘われる蛾のように。
 高耶はその花明かりの元へと近づいて行った。











 暫く歩いて。
 桜の下に一人の男が佇んでいるのが見えた。
 背の高い…様子のいい男が、桜の花を真下から見上げていた。

 ――誰だろう?

 高耶は、更に近づいた。
 すると。
 男がこちらを向いた。
 男は無言で、高耶に向かって微笑んだ。

『――ここに自分以外の人間が来るのは初めてですよ』

 なぜか嬉しげに、男はそう言った。
 それでは、男はここにずっと独りでいた…ということなのだろう。

『おまえ、ここで独りでいったい何してるんだ?』

 男の笑顔が嬉しげだったので、高耶は無遠慮に聞いてみた。
 すると男は、端的に当然のごとく答えた。

『私は花守です。この"花"を守るのが私の仕事なのです』

 自信と誇りに溢れた表情で。
 男は桜を見上げた。
 高耶は更に質問した。

『おまえ独りで守ってるのか? こんな寂しい場所で、たった独りで?』

 高耶の問いに男は答えた。

『私以外の誰も、この花を守ることを譲れません。だから私はずっと独りなのです。そしてこれからもずっと…私は独りでこの花を守っていくのです』

 男は誇らしげだった。
 しかし同時に、寂しげでもあった。
 高耶はそれが気になって、更に問い掛けた。

『こんな所でずっと独りで寂しいだろう? ここから出たいと思わないのか?』

 男は、答えた。

『…寂しいなどと言ってはいられません。私がいないと、この花は生きられないのです。――確かに、一時期はここから離れたいと思ったこともありました。しかし今はもう…私は知っていますから。この花を咲かすのも枯らすのも、自分次第なのだということを』

 高耶はこの時ようやく、男が誰であるのか気づいた。
 気づいて――胸を痛くした。

『……おまえは、ずっとそこにいたのか? ずっと独りで…守っていたのか?』

『ええ。ずっと独りでした』

『独りで苦しかっただろう? 逃げ出したいと思ったこともあっただろう?』

『苦しいと思ったことは何度もありましたよ。実際に苦しさ故に逃げ出したことさえありました。けれど、全ては過去のことです。今はただ、この花を枯らさないようにすることだけが自分の全てなのです』

『後悔…してないのか?』

『この花に魅せられたことになら、後悔はありません。後悔があるとするなら…少し前の自分自身に対してです』

 男は、ふと目を伏せた。

『…私は、この花を守りたい一心で、この花から一時離れてしまったのです。花を生かせる方法を手に入れるために。この花が悲しみ傷つくことを承知で私は離れ……その方法を手に入れました。その方法を手に入れることさえできれば、花は永遠に生き続けられると思って私は無茶をしてしまった。だのに、失敗してしまったのです』

 男は切なく微笑んだ。

『花を守るために花を傷つけて。そんな真似までして手に入れた方法だったのに…駄目だった。延命は成らなかった。――いったい俺は何の為に…彼を傷つけたんだ? 彼を悲しませてまで手に入れようとしたものが、全て無駄だったと? 
こんな馬鹿なことがあるか? 煮え湯を飲まされるような行為を甘んじて受けたのは、いったい何だったんだ? 俺はまた間違ったのか? いったい何処で間違った? 何故、間違ったんだ?!』

 次第に激昂していく男を、高耶は辛く見た。
 ――おまえはそうやって…常に葛藤を繰り返して、オレを守ってきたんだな。

『…別に、間違ってなんかない。いや…、間違ってたっていいんだよ、』

 高耶は淡く微笑み。
 男を抱きしめた。

『おまえにとっての最善がそれだったのなら、いいんだ。花はおまえを恨むことも憎むこともしない。いつだっておまえは最善を尽くしているんだから』

 高耶は自分の花守を抱きしめ、慰めるように頬擦りした。

『花にもそれが解かっているから…いいんだよ、直江。だから、独りで悲しむな――』

『高耶さん――…、』

『おまえはオレが守るから。花を守ってくれるおまえをオレが守るから。寂しい思いなんか二度とさせないから――』

 ――二人一緒に生きよう。








 花霞みの中。
 二人は抱きあう。

 闇の世界に光明が注し。
 世界は明けゆく。














        +



 ふと気づくと。
 先ほどまで細い声で唄を唄っていた彼が、いつの間にか寝入っていた。
「高耶さん…? 眠ったんですか?」
 直江は小さな声で問い掛けた。
 すると――高耶の指が、背中から回した直江の腕に絡んできた。
 目を閉じたまま甘えるように頬擦りしてくる彼に、直江の表情は自然に撓んでくる。
 何か、夢を見ているのだろう。
 縋り付いてくるような仕種は、普段では決して見せない――彼の誇り高さの向こうに隠されたもう一人の彼自身。
 自分だけにみせてくれるそれに、恍惚に似た高揚を憶える。
「あなたは今、どんな夢を見ているんですか?」
 密やかに優しく問い掛ける。
 そして、
「誕生日おめでとう――高耶さん」
 微笑みながら呟く。

 30年前の愚かな過ちの後。
 傷つき疲れ果てたあなたは…換生することなく眠ることを望んでいた。
 けれど。あなたは再びこの世に戻ってきた。
 もしあなたが…『仰木高耶』として生まれていなければ、
 私はきっと…今この瞬間も、深い絶望の直中にいたことだろう。

 ――生まれてきてくれて、ありがとう。

 苦しみの中に再び戻ることになるのだと知りながら、
 戻ってきてくれたあなたに、感謝と祈りを。

 直江は、今腕の中にある自分だけの宝玉を改めて抱きしめた。
 そして――眠る彼の頬に、口付けた。




                         end.





日頃、身も心もお世話になっている(笑)KUFFSのM.KITAMURA(K-330)様から3周年のお祝いを頂きました!素敵なお祝いをありがとう〜!!!!!(>_<)
そして、いつも本当にありがとう。これからもよろしくデス(ちゅv