BATTLE ROYALE ミラバージョン 4BY 417
ベッドに力なく横たわり、目を閉じかけていた直江は、突然、耳に飛び込んできた、もはや聞き慣れたあのタイプライターのような銃声に、驚いて必死に起き上がった。
その途端、全身から想像を絶するほどの激痛が走り、直江はあまりの苦痛に吐き気を起こして呻いた。いったい、何ケ所撃たれているのか、わからない。銃声は、最初のぱらららら、と云う音の後に、やや合間があった。
やがて、ぱん!と一発、別の銃声がして、次いでぱぱぱ、と云う音。その後は、ぱらららら、ぱららららと何丁もの銃の発射音が混ざりあって止まらない。
何か、尋常でないことが起きたのだけは間違いない。ベッドから転がるように降り、這うようにしてどうにかドアに近づくが、浅岡麻衣子が「鍵をかけさせてほしい」と云っていた通り、施錠されているらしく、ドアが開かない。
「委員長……浅岡……っ、此処を開けなさい、浅岡ッ!」
ドンドンとドアを叩くが、ドアはビクともしない。銃の乱射はまだ続いている。
直江は覚悟を決め、ドアに体当たりした。
「ッ!!」
信じられない激痛とともに、体のあちこちの傷が開いて、包帯がじわっと濡れるのを感じる。だが、ドアはまだ開かず、直江はもう一度、歯を食いしばって体当たりをした。
何か細い棒切れで突っかえ棒をしてあったらしく、今度は開いた。
直江が廊下に転がって、全身を襲う、あまりの苦痛に呻いている間に、突然、嘘のように銃声がやんだ。
「浅岡ーッ、浅岡……!」
凄まじい激痛を堪え、壁を伝い、どうにか銃声がしていた部屋のドアを開けた直江の視界に飛び込んできたのは、制服の全身を鮮血に染めて、あちらこちらに倒れている、かつての教え子達の姿だった。
「…………ッ」
直江はあまりの凄惨なその光景に、苦痛も忘れて茫然と立ち尽くした。
シチューの皿に顔を突っ込んだまま死んでいた生徒以外は、皆、一様に銃を片手に事切れていた。浅岡麻衣子はハンドガンを握りしめたまま、いちばん手前に倒れていた。
ほんの数分前まで、あんなに明るく元気そうに笑っていたのに。
「浅岡……何があった……どうして、こんな……」
彼女達が死んでしまった今、この部屋で何があったのか直江にもはや知る術はないが、最後の浅岡麻衣子の言葉が、再び、蘇ってきた。「私、直江先生のことならなんでもわかるんです。──先生、この意味、わかりますか?」
***
診療所内で襲撃に遭い、直江が飛び出していった後、千秋は診察室に残っていた薬類や使えそうだと判断したものを片っ端からバッグに突っ込み、高耶を庇いつつ、すぐにその場を後にした。
診療所が禁止エリアに入るのは、その日の夜6時以降だったが、襲われた場所に1分でも長く留まることは危険だった。考えたくはないが、万一、直江が殺られた場合、襲撃者が残っている者にとどめをさしに来ることは、容易に考えられるからだ。肩と脚に傷を負っている高耶には、移動は想像を絶する苦痛だった。一歩歩く度に傷が引き攣れ、叫びたいほどの激痛が走ったが、それでも高耶は歯を食いしばって歩き続けた。
途中、包丁を持った一人の生徒に、突然、背後から襲われかけ、刃は高耶を間一髪で掠めた。二人が制止を求めても、その生徒は尚も叫び声をあげて切りかかってきたので、千秋がやむなくショットガンで片付けた。
「大丈夫か?仰木」
青ざめた顔で頷く高耶に、千秋が云う。
「お前に何かあってみな。俺がセンセイに殺されちまう……さあ、歩けるか?あと少しだ」そうして、2時間ほどかかって、無事、指定の神社に辿り着いた頃には、もはや高耶は声も出せないほど衰弱していた。
千秋は手早く、境内、社屋ともに安全であることを確認すると、高耶の口に強めの鎮痛剤を放り込み、ペットボトルの水で流し込ませた上で、
「仰木、よく頑張ったな。いいから、何も心配しないで休め」
と力付けるように云って、高耶にすぐに横になるように云ったのだった。
衰弱と、薬の作用も手伝ってか、すぐに高耶は眠りに落ちた。高耶の寝顔を見ながら、千秋は心の中でつぶやいた。
(センセイ……死ぬなよ)
***
直江は痛む傷をおして、拾い上げた棒きれをたよりに、漆黒の夜の森を歩いていた。
極度の貧血のあまり、その足取りは覚束ない。高耶を庇い、ガラスの破片を浴びた背中や、兵頭から逃げる際、銃弾をくらった体のあちこちから、吐き気を催すほどの激痛がひっきりなしに襲うが、それでも直江は苦痛を堪え、ただ一人の名を祈るようにつぶやきながら、歯を食いしばって歩き続けた。
(高耶さん……)
浅岡麻衣子達が死んだ後、直江もすぐに燈台を後にしていた。
この島で高耶を守る為には、武器が絶対に必要だった。
崖から転落した際、最初に支給されたマシンガンは無くしてしまったものの、右手には燈台で死んだ女生徒の一人が握りしめていたサブマシンガンを構え、肩から下げたバッグには、残っていた水や弾薬をかき集めて突っ込んである。
今のこの状態で襲われたら、とても手加減する余裕などない。
その時は何も考えずに引き金を引く──それだけだ。
あまりの激痛と貧血のあまり、ついに自らの体を支え切れなくなり、直江は不様にその場に仰向けに倒れ込んだ。
(高耶さん……)
霞む視界に、完全円の満月が映る。
死の誘惑にかられて、直江の意識がフッと遠のいた。
(高耶さ……)
***
美しい四万十川の渓流を、直江は高耶と二人、肩を並べて歩いている。
風が気持よく、とてもいい日だった。高耶が立ち止まったので、直江もその場所に寄り添うように立ち止まった。
「……仰木君。四国での暮らしには慣れましたか?」
「……はい」
吹き付ける風を、ひどく気持よさそうに、高耶は目を細める。
直江はその横顔を、眩しそうに見つめた。
「何か困ったことがあれば、何でも相談して下さいね。力になりますから」
「ありがとうございます、先生」
辺りには誰もいない。静かな、二人だけの時間が流れていく。
ふと、何を思ったのか、高耶は微笑み、着衣のまま、清流に脚を踏み入れた。
「……仰木君!」
直江は驚いて制止しようとしたが、水は高耶の腰までしかなく、高耶は気持よさそうに、水の中で大きく両手を拡げて、目を閉じた。
高耶のその神々しいほどの清冽な美しさに、直江は息を飲む。
突然、静寂を切り裂いて、高耶の体に数発の銃弾が撃ち込まれた。
直江の見ている前で、鮮血に染まる白いシャツ、スローモーションのように、大きく弧を描いて倒れ込む体。
「高耶さんっ!!」
直江は自らも水に飛び込み、水に沈みかける細い体を抱き上げた。
「高耶さんッ……高耶さん!!」
抱き上げられた高耶が、微かに目を見開いた。
そして、決して呼ぶはずのない呼び方で、直江を呼ぶ。「先生」ではなく、名前を。
高耶の傷から、とめどもなく溢れる鮮血は清流を染め、気がつけば、直江は高耶を抱き上げたまま、深紅に染まった川の中央に茫然と立ち尽くしていた。
もう一度、腕の中で、ぐったりとなった高耶の唇が、微かに動いた。「なおえ……」
***
「───ッ!」
すでに事切れたかと思われるほど、ぴくりとも動かなかった直江が、突然、ハッと両目を見開いた。(夢……)
漆黒の森の中で、満月が冴え冴えと直江を見下ろしている。
(高耶さん……っ!)
直江は死にものぐるいで起き上がると、すぐそこまで自らに忍び寄っていた死を、振払うように再び、歩き出した。
直江はまだ死ねなかった──何があっても。(高耶さん……もう一度、あなたの側に行く)