BIRTH



まだ、外は薄暗い。

5月3日──直江が「橘義明」として、この世に生を受けた日。
高耶が目覚めると、直江はまだ眠っていた。
自分を抱くように回された腕、合わされた手と手。



かつて血を吐く思いで、この男から逃げた。
それから長い時が過ぎ、高耶は今、生きて直江とともにいる。

眠りを妨げないよう、高耶は身じろぎもせずに、息をひそめて己が愛した男の寝顔に見入った。
平穏な日々を取り戻した今も、直江はいまだにかつての高耶を失う恐怖を忘れられないのか、眠りが浅く、高耶は滅多に男の寝顔を見ることがない。

寝顔を見ていて、ふと、足摺での、あの罪の瞬間を思い出して高耶は泣きそうになった。
この男から記憶を奪おうとした、愚かな自分。
今までどれだけこの男を踏みにじり、傷つけてきたかわからない。




気配を感じたのだろうか、直江はすぐに目を覚した。
直江は高耶が起きて自分を見つめていたことに、少し驚いた様子だった。
その深紅の瞳が、涙に濡れていることも。

泣き顔を見られたくなくて、伏せられた瞼の上に、降ってくる口づけ。
「高耶さん……?」
自分を呼ぶ優しい声、握った掌の暖かさ。
男の銃痕の残る胸に顔を埋め、高耶はその下で脈打つ確かな鼓動を聞く。

「直江……」

罪深い自分が、多くの犠牲と引き換えに、手に入れた生。
今、高耶の望みはひとつだけだった。
直江以外、何も見ずに、これからの一分一秒、どの瞬間もこの男とともにあること。
ただ、それだけ。



かつて高耶が直江が望む以上の激しさで望んだ、二人だけの楽園が今ここにある。



HAPPY BIRTHDAY. NAOE. 2002.5.3. SHIINA