手記(抜粋)


半年ほど前夕暮れの繁華街ではじめて見かけた時、あのひとはまだ中学生だった。
誰かに殴られたのか、端正な口元を腫らし……この世のすべての人間を拒絶するかのような、きつい瞳をしていた。思えば、はじめて彼を見たこの時からすでに、私はあのひとに囚われてしまったのだと思う。

自分よりはるかに年下の、しかも同性のあのひとが、どうしてこれほど気になるのか。
自分でもわからないまま、私はあのひとを追いかけ始めた。
この土地に移り住み、町医者として開業して、まだ一年足らずではあったけれど、身につけていた学生服や校章から、あのひとの通う中学はすぐにわかった。
校門近くで彼が出てくるのを待ち、こっそりと後をつけ、何棟もの団地群から、ついにあのひとの自宅をつきとめた時、私は子供のように興奮している自分を抑えられなかった。
仰木高耶。
それがあのひとの名前だった。とてもあのひとに似合っている、いい名前だと思った。

あのひとは、授業を終えても、まっすぐ自宅に向かうことは殆どない。
何か、家に帰りたくない理由でもあるのだろうか?
授業を終えると駅前のファーストフードや、ゲームセンターや公園で暗くなるまで時間をつぶし、たいしてうまくもないだろうに、強がって煙草を吸い……それでも行き場などないのだろう、帰っていく背はとても淋しげで、ああ、このひとは孤独なのだと思った。
あのひとは待っている。
すべてを拒絶し、背を向けているくせに、いつか差し伸べられる手を。孤独を癒し、ほしいものを望むまま与え、守ってくれる誰かを。
自惚れなどではなく、私は……私なら、あのひとを癒してあげられると思った。それは、私にしかできない。
何より、私は、あのひとが発する孤独の悲鳴を、確かに聞いたのだから。



そうして私は、あのひとを迎える為、自宅の改装に取りかかった。この家に引越して以来、使っていなかった地下室に手を加え、あのひと専用の部屋にするつもりだ。
手始めにウォークインクロゼットの扉を取り払い、診察台を置いて、扉の代わりに防犯用のドアつきの鉄格子を嵌め込むと、それだけで立派な檻になった。
元々、オーディオルームとしてつくられているだけに、防音は完璧だ。
どんなに大声をあげても、決して声が外に洩れることなく、この部屋でなら、好きなだけ快楽に泣かせてあげられる。

私は改装作業に没頭した。
必要な資材はすべてメーカーを回って自ら調達し、一つ一つ手作業で行った。医院を手伝ってくれているスタッフにバレないよう、休日や外来の診察時間の合間を縫っての慣れない改装作業はことのほか手間取ったものの、あのひとを迎える日を思うと、苦にはならなかった。




その間に、あのひとは中学を卒業し、近くの市立高校へ進学した。
いつも一人だったあのひとが、時折、友人と一緒にいる姿を見かける。
以前より、いくらか表情も柔らかくなったのはいいことだが、できれば笑顔は私だけに見せてほしいと思う。
それにしても、中学校の学生服もよく似合っていたが、今のブレザー姿も悪くない。最も、あと少しで、あのひとに衣服はいらなくなるのだが。


***



あのひとが、近くのショッピングセンターでアルバイトをはじめたので、午後の診察を終えた後、早速、様子を見に行った。
夜八時を回っていたので、広い店内に客はまばらだ。ようやく見つけたあのひとは、ペット用品売り場にいた。いつも、遠目からファインダー越しにしか見られなかったあなたが、目の前にいる……。
それにしても、ペット用品売り場とは……私は笑を押さえることができなかった。
つい先日、エルメスで、このひとに似合いそうな深紅の皮の首輪を入手したばかりで、ちょうど、その首輪に繋ぐ鎖をと思っていたところだったので、
「ペットの散歩用のリードを買いにきたが、一緒に選んでほしい」と声をかけると、慣れない接客にぎこちない笑を浮かべながらも、あのひとは一生懸命応対してくれた。
思い立ってペット用のトイレも、あのひと自身に選んでもらう。

慣れない手付きでレジを打つあなたは、まさか自ら選んでくれたこの鎖に自分が繋がれ、このトイレを自分が使うことになるとは、思いもしないのだろう。

一日も早く、改装を終わらせて、あなたをここに連れて来てあげたい。


***



医師会の会合に出席する為、東京へ出た帰りに、秋葉原へ。
怪しまれないよう、何件か店を変え、数台のビデオカメラ、防犯用の録画システム一式、隠し撮り用のピンホールカメラと、ポラロイドのフィルムや電池など、今後必要になりそうな消耗品を、多数購入した。
これらを使って、あのひとのいい表情を少しでも多く撮ってあげたい。


***



思ったよりも、随分時間がかかってしまったが、ようやく改装がすべて済んだ。
調教に欠かせない、婦人科用の診察台なども奮発してしまったが、きっと、あのひとも気に入ってくれると思う。
今週の金曜日、午後の診察が終わったら、いよいよあのひとを連れてくる。





飼育手記(抜粋)


どしゃぶりの雨の中、城址公園裏の路地で、ようやくあのひとを手に入れた。
あのひとを知ってから半年……どれだけこの日を待っただろう。
まだ、キーを叩くこの手の震えが止まらない。
この日記は、地下に持ち込んだノートパソコンで書いている。
今日からあのひとの詳細な飼育記録をつけようと思う。この記録は、私が捕まらない限り、ずっと続けるつもりだ。

雨で濡れた制服を脱がせ、冷え切っていた体をバスタブで暖めてあげているうちに、高耶さんは薬が切れたのか、弱々しく暴れはじめたので、今日のところはもう一度、薬を嗅がせて眠らせることにした。
ようやく手に入れたあなたの体を、この目でじっくりと確かめたかったからだ。
寒くないよう、完璧に空調をきかせた室内で、一糸纏わぬあなたをベッドに横たえる。
細く引き締まったしなやかな肢体を前に、感嘆の吐息が思わず口をついて出る。
私は夢中で手にしたポラロイドのシャッターを切った。

本当にこのひとは、なんて綺麗なのだろう。
半開きの唇に口づけ、首筋を、鎖骨を、胸の突起を、辿るように唇を押し当て……膝裏を掬い上げるようにして、大きく脚を開かせる。
まだ女も知らないだろう、今は力をなくしたままの楔も、その下に息づく小さな蕾も、あなたのすべてがいとおしく、そして、もうあなたは俺のものなのだと云う喜びに、どうにかなってしまいそうだった。

細い首に、エルメスで手に入れた大型犬用の深紅の皮の首輪を嵌めてやると、思った通り、とてもよく似合う。
以前、このひとのアルバイト先を訪れた時、自ら選んでくれた鎖を首輪に繋げ、留め金部分に南京錠をかけて外せないようにした。首輪がまだ新しく、皮が固いせいか、少し窮屈そうなのがかわいそうだが、身につけているうちに馴染んでくるだろう。
朝になって目覚めれば、このひとが暴れるのは目に見えているので、怪我をしないよう両手首と足首には、それぞれガーゼを巻いた上で、しっかりと枷を嵌めてベッドに繋いだ。


あなたがいる……。
今夜はとても眠れそうにない。
朝までこうしてあなたの寝顔を、見ていようか。



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