intoro


季節外れの台風が長野を直撃したその日。
松本駅からほど近い、閑静な住宅街。
叩きつけるような雨の中、一台の車がとある住居兼医院の車庫に滑り込んできた。
シャッターが閉ざされ、完全な密室となった車庫。エンジンキーを抜く男の表情には、夢見るような笑が浮かんでいる。
大荒れの天候の為、通行人は皆無で、当然、目撃者は誰もいないはず。
あっけないほど、たやすく、最愛のひとを手に入れられた喜びに震えながらも、車を降りた男がトランクを開けると、中には高校生らしい制服姿の少年が、窮屈そうに体を折り曲げられ、ぐったりと意識を無くして横たわっていた。

「おかえりなさい……高耶さん。あなたの新しいおうちに着きましたよ」
男が、うっとりとその名を囁いて、そっと頬に触れると、それまでぴくりとも動かなかった体が、ビクンと跳ねた。
数回、瞬きをして、虚ろに見開かれた瞳が、覗き込んでいる男の視線と一瞬、かち合う。
「……ッ!」
次の瞬間、少年は驚いたようにその目を見開いて、必死に何か云おうとしたが、体が痺れたように動かず、声も出せない。代わりに、喉奥からひゅうと云う、掠れた音が零れるだけだった。

男は震えている少年の前髪を、いとおしげに撫で、
「まだお薬が効いているんです。動けやしませんよ……大丈夫、恐くないから」
宥めるように囁いて、軽々とその体を腕に抱き上げると、力の入らない顎がガクンと後ろに下がって、仰のいた首筋がとても綺麗だった。
制服のブレザーが、雨でしっとりと濡れている。体もすっかり冷え切ってしまっているようだ。早く温めてあげなければ……。
男は腕の中の少年を大事そうに抱き抱えて、室内へと入っていった。






二日目の風景


ベッドに四肢を拘束されたまま、目覚めた高耶は、まだ薬が抜けていないのか、しばらくの間、虚ろな視線を宙に泳がせていた。
とても薄暗い部屋だった。
「……」
ぼんやりとした視界に、手脚を投げ出した全裸の人影が映っている。
高耶は怪訝そうに眉を顰めた。
だんだんと正気を取り戻すに連れ、それがベッドの天蓋に張られた鏡に映る、自分の姿だと悟った時、高耶はヒッと声にならない声をあげた。

昨日、バイトの帰り、大雨の中、背後から突然誰かに羽交い締めにされて、ハンカチを押し当てられて意識を失った……咄嗟に自分の置かれた状況を悟った顔面が蒼白になる。

気がつくと車のトランクに押し込められていて、知らない男に衣服を剥がれ、浴室に連れて行かれた辺りまでは覚えているが、その後の記憶がない。
あの男が、男の自分にこんなことをする意図はわからないが、拉致されたのだという事実を嫌でも理解した高耶は、手脚の戒めを外そうと猛烈に暴れはじめた。
だが、どんなにもがいても、四肢の枷はビクともしない。
あろうことか、まるで奴隷のように、首輪まで……。
(ふざけやがって……!)
誰か知らねーがこんなことしやがって……絶対に許さねえ。
羞恥と怒りと屈辱に震える高耶は、その時、男が入ってきたことにも気づかなかった。

「……高耶さん。起きていたんですね。もっと早く降りてきたかったのですが、急患が入ってしまったもので。……気分はいかがですか?」
不意に名前を呼ばれた高耶が身を固くする。
ベッド脇に立った男は白衣姿で、首から聴診器をかけており、男の言葉を裏付けるように、いかにも診察の途中に抜け出してきたように見えた。
白衣の胸のネームプレートには、『橘クリニック院長 直江信綱』と書かれている。
橘クリニックといえば、以前通っていた中学の近くで、昨年辺りに開業した新しい医院ではなかったか。この男は本当に医者なのだろうか?いったい何の為にこんなことを?

高耶が警戒と、それ以上に怒りに燃える目で男を見据える。
目の前の男が間違いなく、昨日、自分を拉致した相手だと悟ると、高耶は精一杯の凄みを込めて睨みつけ、低く押し殺した声で云った。
「てめえ、誰だ。どうしてオレの名前を知ってる。それに、これはいったい何の真似だ?ふざけやがって」

忌々しげに手足を戒める枷を揺すって喚く高耶を見下ろして、男は微笑みを投げかけ、諭すように云った。
「そんなに怒らないで。それに暴れると手足を怪我してしまいますよ?……私は直江と云います。開業医です。私のことは直江と呼んで下さい。……それより、私のこと覚えていませんか?あなたのアルバイト先で、一度だけ会って話しているんですけどね」
逆に問いかけてきた男に、高耶が眦を吊り上げる。
バイト先には、毎日多数の客が訪れるのだから、いちいち顔なんて覚えているはずがないではないか。

だが、男は首輪から伸びた鎖を取り上げ、高耶の目の前に翳して、
「あなたが今つけているこの鎖は、あなたが選んでくれたものなんですよ。思い出せませんか?あなたはあの時、まだアルバイトをはじめたばかりで、ペットの散歩用のリードを探していると云ったら、一生懸命選んでくれた。ほら、これと一緒に」
そう云って、男がベッドの下から取り上げて見せたものは、なんとペット用のトイレだった。

そういえば、バイトをはじめて間もない頃、ペット用品売り場に行かされて、そんな客の相手をしたような覚えがある。高耶があっと云う表情を見せると、
「思い出してくれましたか?」
と、男が本当に嬉しそうに笑った。
すっかり男のペースに乗せられかけて、高耶の怒りが爆発する。

「ふざけんな!なんでこんなことすんだよ。オレをいったいどうしようってんだよ。金が目的だってなら、オレなんか攫ってもこれっぽちも出ないぜ?」
「ええ。知っていますよ。云ったでしょう、私は医者だと。幸い、生活に不自由はしていませんし、お金が目的ではありませんから、ご心配なく」
落ち着き払った男の受け応えは、高耶の怒りの炎に、油を注いだ。

「てめえっ……」
ギリ、と唇を噛み締める高耶を、男はうっとりと見下ろす。
「……なんて目をするの、あなたは……」
「……ッ」
「昨日の無防備な寝顔も、子供のようでとても可愛かったけれど、そうしていると、まるで手負いの獣のようだ。本当にあなたというひとは、見ていて飽きない。……ゾクゾクしますよ、仰木高耶」

男の言葉と視線に、何か尋常でないものを感じて、高耶はこの時、はじめてこの男に対して恐怖を覚えた。
それにしても営利目的ではないというなら、いったい何の為に自分を攫ったというのか。
ペット用のリードやトイレ……全裸で繋がれている自分。
嫌な予感に襲われて、端正な顔が見る間に青ざめる。

「どうしたんですか?急に黙り込んで……」
男が形のいい顎に指をかけ、じっと覗き込むと、高耶は乾いた声で問いかけた。
「……あんた。自分がやってること、わかってるのか?」
すると、男はスッと目を細め、楽しそうに笑った。
「勿論、わかっていますよ。私はあなたを誘拐した、立派な犯罪者だ。もし、見つかれば逮捕されるでしょう。でも、昨日はひどい大雨で、通行人は皆無でしたから……私があなたを攫う瞬間を見た者は誰もいないでしょうね。あなたがここにいるのを知っているのは、私だけですよ」

「……お前」
「なんです?」
高耶は、内心の怯えを悟られないよう、男の目を見据え、
「……オレを……どうするつもりだ」
すると、男はにっこりと微笑んで、
「恐いんですか?」
「誰がっ……」
喚く高耶に、男はまたクスクスと笑い、
「無理しないで。こんなに震えているくせに。……私はあなたに危害を加えるつもりはありません。誓いますよ。だから安心して下さい。……ただ」
男は笑を沈め、青ざめたままの頬に手をあてて云い切った。
「あなたを帰すつもりもない」
帰さない、と云う言葉に反応して、高耶がピクッと眉を吊り上げたが、男は構わず、この時だけはきっぱりと命令口調で告げた。

「かわいそうですが、諦めて下さい。今まで暮らした家や、家族のことは忘れなさい。今日からあなたの家はここです。ここで私と暮らすんです。毎日、好きなものも食べさせてあげるし、お風呂にも入れてあげるし、あなたがまだ知らない……」
男は、不意に意味ありげな笑を浮かべると、有無を云わせず高耶の萎えたペニスを冷たい指でツーッと撫で上げた。突然、敏感な箇所に触れられて、ヒッと声をあげて、高耶が真赤になって身を捩るのもかまわず、男は尚も奥まった秘所を指先で淫らに撫で上げ、
「うんと気持ちのいいことも教えてあげる。時間をかけてココを広げて、奥まで私を入れてね……あなたは、気持ちよくて、すぐに私なしでは一日もいられなくなる。何も心配しないで……俺が全部してあげる。最愛のペットとして、大切な伴侶として、死ぬまで可愛がってあげるから」
耳を塞ぎたくなるような淫らな囁きに、高耶は眦を吊り上げ、わなわなと身を震わせて、真赤になって喚いた。

「ふ……っ、ふざけんなっ!黙って聞いてりゃいい気に……」
「ふざけてなんていませんよ。……私は真剣です。私があなたをこの部屋に迎えるこの日をどれほど待ったか……あなたにわかりますか?」
男の迫力に、高耶は思わず口を噤んだ。まさかと思ったが……この男は本気だ。本気で自分を飼うつもりでいる。
高耶は信じられないと云うように首を振り、
「あんた……どうかしてるよ。よく医者は変な奴が多いとかゆーけど、本当に頭、おかしいんじゃないのか?そっ……それにオレは男なんだぞ……わかってんのか?」
「勿論。最も、同性を欲しいと思ったのは、あなたがはじめてですけどね。本当は今にもあなたの中に入れてしまいたいぐらいですよ」
「なっ……」

羞恥と屈辱で真赤になって絶句した高耶に、男はクスクスと微笑んで、
「でも、安心して。あなたは処女だから、いきなり私を受け入れるのはとても無理だし、さっきも云った通り、時間をかけて拡張してからでないと……ココはとても狭くて敏感な器官ですからね。ちゃんと道具は準備してあります。そういう、医療用の器具があるんですよ。細いのから、だんだんゲージを上げていって、太いのを飲み込めるように……」

「もう、やめろ……っ」
それ以上聞きたくないと云うように、高耶が必死で掠れた声を絞り出すと、男は哀れむような目でいとしいひとを見た。
「頼む……」
普段の高耶ならありえない、哀願とも云える口調で高耶は必死に言葉を紡いだ。
この男が本気だと云うことも、おそらく無駄だとわかっていても。云わずにはいられなかった。

「あんたのことは黙ってる。今回のことは、絶対に誰にも云わねえ。約束するから……この枷と首輪を外して、オレを帰してくれ。オレは帰らないといけないんだ」
すると男は、
「駄目ですよ。云ったでしょう?帰さないと。私はあなたの望みはなんでも叶えてあげたいし、叶えてあげるつもりでいます。でも、可哀想ですが、その願いだけは、叶えてあげるわけにはいきません。高耶さん……あなたの家はもう、ここなんです。だから、もう二度とその言葉を口にしないで」

だが、高耶は尚も必死に食い下がった。
だいたい、拉致され、あなたを飼うと云われて、はいそうですかと納得できるはずがないではないか。
わなわなと青ざめた唇を震わせて、高耶は尚も喚く。
「……だよっ」
「なんですか?」
「……妹がいるんだよ!まだ中学二年で……もしこのままオレがいなくなったら、あいつはろくでなしのオヤジと二人きりになっちまう。オヤジはアル中で妹にも平気で手を上げるし、オレがいないとヤバイんだよ!……なあ頼む。もし、あんたがどうしてもオレを、その……そういうことしたいって云うなら、オレは逃げも隠れもしない。……それならいいだろ?あんたが会いたいって云うなら、いつでも会う。約束する。だから」
帰してくれ、と云う前に、不意に首輪の鎖をグッと引かれて、高耶はヒッと息を止めた。
男の顔から、笑顔が消えていた。
「……あなたはまだ、自分が置かれた状況がわかっていないようですね。妹さん……なかなか可愛いお嬢さんでしたね。美弥さんでしたか?」
すると、これまでにないほど狼狽した高耶が、なんでお前が妹の名前を知ってるんだと騒ぐので、男の機嫌はますます悪くなった。

「最初に、あなたのことは知っていると云ったでしょう。あなたの家族構成も、お父さんがアルコール依存症の治療施設を出たり入ったりしていることも、あなたの家に出入りしている民生委員の名前も、何もかも知っていますよ。当然、妹さんの名前もね。でも、高耶さん。妹思いもいいけれど、もう少しご自分の心配をされた方がいいのではないですか?」

黙ってしまった高耶に、男はきっぱりと告げる。
「あなたを怯えさせたり、脅したりはしたくないのですが、なかなかわかって頂けないようなので、はっきり云っておきましょう。もし、本当に妹さんのことが心配なら、いい子でいることです。私はこの街の開業医だから、健康診断などの依頼があれば、妹さんが通う中学校にも行くし、もしかしたら、妹さんがうちの病院に診察に訪れることもあるかもしれない……」
尚も男が言葉を続けようとしたその時だった。

「──直江」

不意に高耶が、男の言葉を遮るように、はじめて男を名前で呼んだ。
その表情に、先ほどまでの狼狽や、怯えた素振りはもはやどこにもない。きつく冴えた瞳が、真っ直ぐに男を見上げている。
さすがに男も少し驚いたように、口を噤んで高耶を見た。
「……お前の云いたいことはよーくわかった。オレを飼うというなら、好きにしろ。だがな。もし、美弥におかしな真似しやがったら……オレはお前を殺す。絶対に許さない。これだけは覚えておけ」
まだ十六歳で、囚われの身だと云うのにも関わらず、高耶のその言葉には圧倒的な迫力があった。

男はしばらく無言だったが、やがて口を開いたその顔には、ひどく楽しげな笑が浮かんでいた。拉致して、その生殺権を握っているのは自分の方なのに、完敗だと思った。
(あなたというひとは……)
この気高いひとを、美しい野生の獣を。これからこの部屋で自分が飼うのだと思うと、敗北感すら心地よい。
男はうっとりと微笑んで、
「……忘れずに、胸に刻んでおきましょう。でも、心配は無用ですよ。私が欲しいのはあなたで、美弥さんじゃない。あなたも忘れないで。美弥さんをどうするかは、あなた次第だと云うことを……」

そうして、男は尚も首輪の鎖を引き寄せると、強引にその唇に口づけた。
「……!」
突然の口づけに驚いた高耶が顔を背けようとするのを許さず、後頭部を抑え込んで、舌を差し入れ、尚も深く口づける。
魂を貪るかのような、荒々しい口づけを終え、ようやく唇を離した男と、囚われた獣の視線がかち合った。
「……これは誓いのキスですよ、仰木高耶。私とあなたのね……」

男が一瞬、垣間見せた自分への凄まじい執着と狂気に、高耶はそら恐ろしさを覚えた。
これから、いったい自分はどうなってしまうのだろう。
天蓋に張られた鏡に、白衣の男に組み敷かれている全裸の自分が映っている。
高耶には、せめてこの現実から逃れようと、きつく瞳を閉ざすことしかできなかった。





性懲りもなく、ラチを書いている阿呆がここにひとーり…(笑;
書きはじめて3年半、はじめてラチしたあの日から(笑)数え切れないほど高耶さんをラチしましたが、まだまだしたりない私は……本物の馬鹿です。
こうなったら生涯ラチで……(どんなだよ;)
しかしこの直江、うちの直江のくせに、まだ犯ってないってのがスゴイです(爆)。
「ありえない」と云う皆様からの声が聞こえてきそうです…お初はいつになるんでせうね?(笑;

ラチしたての、密室での二人の会話って何度書いても楽しいですv それもこれも、今更ですが、高耶さんがあまりにもカッコ可愛いすぎるからですの(>_<)
高耶さんはもう、ほんとーにカッコよくて可愛くて…至上最高の受ですわv(きっぱり)間違いない。
それに比べて直江は、至上最高の攻と云いきれないところが…(笑;ツッコミどころ満載だし;でも、そこがいいんですの(>_<) えへへへへ(壊れv 
……ああ。屈折した直江ファンがここに…(笑;
(いや、その……39巻の直江はもう、最高でしたが……/泣)

と、年が明けてもあいかわらずの私は、進歩もなんもありゃしませんが(笑;今年も少しでも、覗いて下さっている奇特な皆様に楽しんで頂けたら嬉しいです(^-^;)
読んで下さった方、どうもありがとうございました。




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