「暗殺者 ANOTHER STORY」
BY milkey417
その日、高耶が目覚めたのは、既に日が傾きはじめた頃だった。
いくら若い体とはいえ、連日、あれだけの行為を強いられていては、起きられなくても無理はない。生々しい情事の痕が、くっきりと残る上体を起こしかけると、たちまち体の中心から突き上げるような、重い痛みに襲われる。
「……ってぇ」
たまらず、呻くように呟いてしまってから、この部屋には監視用のビデオカメラが仕掛けられていたことを思い出し、高耶は咄嗟に紅くなった顔を背けた。(あのヤロー…)
何処かへ出かけているのだろうか。広い室内の何処にも、あの男──直江の姿は見当たらない。
思えば、この屋敷に連れ込まれ、(高耶の意志とは関係なく)男と寝食を共にするようになって数日──高耶がこのベッドで、一人で目覚めたのはこれが初めてである。(おはようございます、高耶さん)
男の腕に抱かれ、甘い口づけで目覚めることに、知らないうちに慣らされてしまっていた自分に気づかされて、再び真っ赤になった高耶は、照れ隠しからか、チッと舌打ちした。「………」
いつも男が、ほんの僅かな時間でも、高耶から目を離す時はそうしているように、知らない間に、左手首に手錠が填められている。
長い鎖の先を目で追うと、それはベッドの支柱へと伸び、南京錠で繋がれていた。
男の真意が、わからない。
愛している。そんな言葉を、誰かから……まして、男の口から聞くなんて、思いもしなかった。
退屈しのぎの玩具だとしても、殺してくれと頼む相手を殺さずに生かし、鎖をつけて飼うなんて──悪趣味な話だ。(俺の腕の中でなら、何度でも殺してあげる。残酷に、無様に──あなたが望んだように。俺があなたを生かしてあげる)
あなたを奪う。自分を抱く度、呪縛のように囁く男の声が、フラッシュバックする。
無意識のうちに、手錠に繋がれた左手を抱くようにしながら、高耶は男に囚われてから幾度となく繰り返したその問を、己に向かって投げかけていた。あの男は──。
(直江は)
こんな自分の、いったい……何がいいと云うのだろう。
男が屋敷に戻ったのは、それからまもなくだった。
手首に科せられた手錠の為に、衣服を纏うこともできず。
日の落ちかかった部屋の、寝乱れたままのベッドの上で、不貞腐れたようにシーツにくるまり、きつい視線を投げかけてくる高耶に、男は愛おし気に目を細める。「すみません。どうやら、淋しい思いをさせてしまったようですね。もう少し早く戻る予定だったのですが……顔色がよくありませんね。起きて大丈夫なんですか?」
しゃあしゃあと口にする男に、殺意すら覚える。
自分を起きられなくしているのは何処のどいつだと、高耶は紅くなった顔をフイと背けた。その上、自分が目覚める前に、用を済ませて戻るつもりだったと云わんばかりの、甘い言葉。
まったく、この男は……。「………ッ、」
二人きりのこの部屋では、高耶が会話に応じない限り、男は歯の浮くような台詞を延々と吐き続けるか、或いは無言で、舐めるような視線を投げかけてくるか、そのどちらかだ。
そして、いつも沈黙に、先に耐えられなくなるのは、高耶の方だった。
「……何処行ってたんだよ」
精一杯の抵抗といわんばかりの、そっぽを向いたままのぶっきらぼうなその口調に、男は微笑みながら答える。
「仕事です」
「──…」
その言葉を聞いた途端、いとしいひとの顔色が一瞬、青ざめるのを、男は見逃さなかった。
普通ならば、なんでもないやりとりだが、この男の口から『仕事』と云う言葉を聞くと、やはり、ドキッとする。自分を抱くこの腕で、変わらぬ笑を浮かべたまま。この男は、悠々と誰かの命を奪ってきたのだろうか……黙り込んでしまった高耶に、男はなだめるような笑を見せた。
「……違いますよ。これでも表向きは、幾つかの会社の経営者ですから。それに」
男は、また、にっこりと微笑み、
「今日は……私の誕生日でしてね。こんな日に、殺しなんてしませんよ。それより……」
ゆっくりと歩み寄ると、無意識に身を強張らせる高耶の頬に触れて、こちらを向かせた。
「ようやく手に入れた愛しいひとに、祝ってもらった方がいい。そうでしょう?」
楽し気な口調に、高耶はあっけに取られたように、男の顔を見た。「……てめえッ、」
まがりなりにも、暗殺を生業としている組織の、しかも『黒幕』を名乗る男の口から、うきうきと誕生日などと云う言葉を聞かされて、結局、自分はこの男に、いいようにからかわれているだけなのだと思い込んだ高耶が、きつく男を見据える。
(また……そんな目をして)
あなたというひとは。
本当に、このひとは自分がそうして相手を見つめるだけで、どれだけの人間を狂わせるのか、まったくわかっていないのだと、男は苦笑しながらも、内心、溜息をついた。「直江、ですよ。何度も云ったでしょう?いつになったら、そう呼んで下さるのですか?」
(いつも、抱かれる時は、泣きながら俺を呼んで。あんなに許しを乞うくせに)
意味ありげに微笑む男を、高耶はまた、きつく睨みつける。
「………」
意地でも、呼んでやるかよ。
そう思った高耶の目の前に、唐突に黒いビロードのアクセサリー・ケースが差し出された。納められていたのは、プラチナシルバーのブレスレットだった。
「……な、なんだよッ、」
「ですから、誕生日プレゼントを、頂きたいと思いまして」
「……?」
意図がわからず、怪訝な表情を浮かべる高耶に、かわいいひとだと、男はまた、微笑む。
「そんなに警戒しないで。あなたにとっては、多分、それほど悪くない話ですよ。いいから、じっとしていて」
男は有無を云わせず、だが恭しいと云った仕種で高耶の左手を取ると、その手首に填められたままだった手錠を外し、変わりにブレスレットを嵌め込んだ。まるであつらえたかのようにぴったりな、ブレスレットの留め具がロックされると、小さな電子音が静まりかえった室内に響く。
男は上着の胸ポケットから黒い携帯端末を取り出し、液晶ディスプレイを開いて、白いポイントが二つ、重なるように点滅しているのを確かめると、満足気な笑を浮かべた。「そのブレスレットには、発信機が埋め込まれていましてね」
男は、たった今、外したばかりの手錠を翳すと、にっこりと微笑んだ。
「もう、こんなもので繋いでおかなくても、あなたの居場所はいつでもわかる」
それは、高耶がある程度の自由を与えられたと同時に、暗にこの男から逃がれられなくなったことを意味していた。
「………」
それに。
男は、なおも楽し気に笑った。
「そのブレスレットは私以外の人間には、外せないようになっています。無理に外そうとすれば、スタンガンを当てられたのと同じ、失神レベルの電流に襲われますから、くれぐれも気をつけて下さいね」
「………ッ、」男の真意を計りかねて、唇を噛みしめ、しばらく黙り込んでいた高耶が、やがて口を開く。
不機嫌そうに、ブレスレットの填められた手を翳して、
「……で。これのいったい何処が、おまえへの『誕生日プレゼント』なんだよ」
「わかりませんか?」
男は、ゆっくりとベッドに乗り上げた。
高耶の漆黒の瞳に、男の顔が映る。「俺の腕から、永遠に逃げられなくなったあなた自身が、私へのプレゼントですよ。仰木高耶」
そうして、徐に高耶の体からシーツが剥ぎ取られた。
たちまち露になる、なめらかな肌に刻まれた情事の痕──「てめえっ……」
顔から火が出そうになって、せめてもの憎まれ口を吐こうとする唇が、甘い囁きに塞がれる。
「や、めろっ──なおっ……、」
スーツの背に、立てられる爪。男の腕の中で、高耶は無力だった。
HAPPY BIRTHDAY NAOE.
2005.5.3. SHIINA
お誕生日おめでとう、直江(>_<)
去年、叫べなかった分、今年はめいっぱい叫んでみました(爆v
このところ、ずっと書けませんで…;
このお話は、昨日(5/2)の夜から朝にかけて書きなぐった「書き下ろし(笑;」です。直江の誕生日に何も更新がないのは悲しいので、執念で書きました;
ゲロ甘です。びっくりです(爆)>自分で云うなよ(笑;『暗殺者』は、一応、終わりのつもりだったんですけど…自分的に、今、書ける甘甘が、この二人しかいませんで…職業がアレなのを覗けば、うちでは貴重なマトモな直江ですから(^-^;)
前は冬の設定で書いていたので、高耶さんが直江の屋敷に連れ込まれて数日後だと、季節があわないのですが、そこは、まあ御愛嬌と云うことで…(殴打
勿論、この二人はこの後、バースデーHでえいえいでひいひいですのv一年経っても、いまだに原作を読み返せない駄目駄目でι二人が大好きな気持に変わりがなくても、前のように書けなくなっているのも事実ですが;
これからもマイペースで、自分なりの直高のひとつの肉を追求したいです(馬鹿それでは読んで下さった奇特な方、どうもありがとうございました(^-^)