なおたかの日々 presents
「合鍵」by 417
男が若くして受け継いだ、郊外のとある屋敷。
長い間、使われていなかったらしいその部屋には窓がなく、空調設備は整えられているものの、重く澱んだ空気が漂っていた。
天井に埋め込まれたプロペラ式のファンが、音もなく回転する度、男が部屋中に灯した蝋燭の灯が、陽炎のようにゆらゆらと揺れる。広い部屋のほぼ中央に、無造作に敷かれたベッドスプレット。
その傍らには、大きなトランクが口を開けたままになっている。
男が高耶を拉致し、この屋敷に連れ込む際、使われたそのトランクは、今では拘束具や淫具を仕舞うクロゼットがわりとなっていた。横たわる囚われの獣は、全裸だった。
首輪で繋がれ、手錠で後ろ手に戒められたしなやかな肢体。体のあちらこちらに鬱血と、花びらを散らしたような紅い痕が、この数日の陵辱の激しさを物語る。床に置かれた餌皿に盛られた料理は、相変わらず手付かずのままだ。
これで、高耶はもう丸三日、水と、行為の際、男が飲むように強いる体液以外、何も口にしていないことになる。
おそらく、拉致され、自由を奪われ、その身に理不尽な行為を強いられていることへの、せめてもの抵抗のつもりなのだろう。
(しょうのないひとだ)
男は、自分を拒絶するかのように裸の背を向け、横たわる高耶に向かって声をかけた。「ハンストですか……いつまでそうやって、拗ねているつもりです?昨日だって、朝まで俺を銜えて、あんなによがっていたくせに。あなたも随分、強情なひとですね」
淫らな言葉で煽っても、高耶は頑なに応えない。
「云っておきますが、そんなことをしても、無駄ですよ。大事なあなたに、手荒な真似はしたくないのですが、あなたがいつまでもそうやって何も口にしないというのなら、管でも何でも使って、無理矢理にでも食べさせてあげますよ。何があっても、オウギタカヤ。あなたを帰すつもりはありません」
鎖で戒められた背が、「帰さない」と云う言葉に反応したのか、ピクンと跳ねたが、それでも高耶は口を開くどころか、こちらを見ようともしなかった。
(あなたというひとは……)
男は苦笑しながら、高耶の側に歩み寄ると、嫌がる高耶の首輪の鎖を強引に掴んで、こちらを向かせた。「……ッ」
囚われの双眸が、きつく男を見据える。
(ああ……)
この眼だ。……男は感嘆の吐息を漏らす。
自分をこんなにも捕らえて放さない、手負いの獣のような、その眼。
唇が触れるほど近くで、今にも自分を食い殺さんとばかりに見返してくる、愛しい瞳を見つめながら、男はうっとりと囁いた。
「……こんなことされて……俺が憎い?そうでしょうね……でも、つらいのは、今だけだから。すぐですよ……」
すぐに。……あなたは俺なしではいられなくなる。
甘く残酷な囁きに、耐えられなくなったのか、高耶は男を睨み、低く押し殺した声で呟いた。
「……オレに触るな。気狂い野郎……ッ」
「ええ。そうでしょうね」
己を罵る声すら心地よく、男は微笑む。
「愛しいひとを日の当たらない、こんなところに閉じ込めて。強引に体を奪って、獣のように全裸で繋いで……こんなにひどいこと、マトモな人間なら絶対しない……」うっとりと囁く男の指が、後ろ手に戒められた囚われの肢体へと伸びてゆく。また、
犯されると悟って、高耶は死に物狂いで不自由な身を捩った。
「やめろっ……もう、それ以上オレに触るなあっ……!」
精一杯、どんなに強がってみせても、うわずった悲鳴のようなその声が、内心の恐怖を表している。
「高耶さん……何度も云ったでしょう?そんなに怯えないで……大切なあなたに、ひどいことなんてしない」
男は宥めるように囁いて、震えるこめかみに口づける。
「……何も恐いことなんて、ないから」
駄々をこねる幼子をあやす親のように、男は繰り返す。
大丈夫、こわくないと。今は、男がそれ以上してこないと安堵したのか、高耶が恐る恐る、言葉を紡ぐ。
直江と名乗るこの男が、自分に尋常ではない執着を持っていることは、この数日間で嫌と云うほどその身に思い知らされていたが、無駄だとわかっていても、それでも云わずにはいられなかった。
「なあ。どうしてオレなんだよ……オレじゃなくたっていいだろう?……今なら、まだ間に合う。こんなこと間違ってる……頼む。あんたのことは黙ってる。絶対、誰にも云わない、約束するから……だから……」
オレを、帰してくれよ!悲痛な、血を吐くようなその言葉に、男は内心、ため息をついた。
プライドの高い高耶のことだ。すぐに堕とせるとは思っていないが、高耶のその言葉が、男を苛つかせたのは確かだった。
(まだ、そんなことを云うんですね、この唇は……)
あれだけ抱いてあげても、まだわからないなんて。
本当に、あなたというひとは……。男は、しばらく無言だったが、やがて、驚くほどあっさりと云った。
「わかりました。……あなたがそれほど云うのなら、仕方がありませんね。あなたに、一度だけ、チャンスをあげましょう」
あまりに以外な言葉に、一瞬、高耶の方があっけに取られ、男を見てしまうほどだったが、男は意味ありげな笑を浮かべ、楽しげに付け加えた。
「ただし、ゲームに勝ったらね」
あなたが、もしもゲームに勝ったら……おうちへ帰してあげますよ。
男は上着のポケットから徐に、何かの錠剤の入ったガラスの瓶を取り出すと、有無をいわせず細い腰に腕を回して自分へと抱き寄せた。
「何す……!」
「じっとして。このゲームに勝てば、あなたは自由になれるんですから……俺に少しぐらいハンデをくれてもいいでしょう?」
柔らかな耳朶に、男は理不尽な言葉を囁いて、強張る体を背後から抱き込み、少し乱暴な指先で双丘の狭間をまさぐった。
そうしておいて、もう片手で萎えたままのペニスを袋ごと握り込む。
「やめろっ……ア!」
真赤になった高耶が嫌がってもがくのも構わず、男は無言のまま、巧みな指で前を揉むように刺激しながら、ヒクつく蕾を指先で辿るように弄んだ。
「やめ……クッ……アッ……」同性故の容赦のない責。
男がいちばん弱いところを、的確に責め立てられて、歯を食いしばり、屈辱の涙を零しつつも、恐怖と嫌悪で強張っていた体から力が抜ける。
やがて、弄ばれて綻びはじめた蕾から、昨夜の男の残滓が滲み出して内腿を伝いはじめ、その、あまりの異様な感覚に、高耶が身を竦ませた瞬間、不意打ちのように蕾へと押し当てられた錠剤が、男の指ごとつぷ、と沈んだ。「ヒッ……!」
白濁を潤滑剤がわりに、そのまま、敏感な襞を擦りあげながら、錠剤と男の指が高耶の奥へと押し込まれる。次いで、二錠、三錠……。
「やめっ……や……アアッ」
容赦なく錠剤を押し込まれ、肩で息をしている体に、男は傍らに投げ出されていたトランクから、淫らな玩具を取りあげて、徐に秘所に押し当てると、グッと力を入れて先端部分を飲み込ませた。
「ヒッ!」
シリコン製の弾力のある玩具が、ズブズブと、男を知ってまもない秘所に沈んでいく。
「アアーッ……」
有無をいわせず、根元まで玩具を押し込んでしまうと、男は抜けないよう、布製のガムテープで玩具の柄を細く締まった内腿に固定してしまった。「畜生ッ……この……変態ッ!……抜け、よ……ッ」
怒りと屈辱に震え、わめく高耶を楽しげに見下ろしながら、男は新たに取り上げた燭台のキャンドルにライターで火を灯して、高耶の傍らに置くと、揶揄るように微笑んだ。
「いい格好ですね。それじゃ、ゲームをはじめましょうか」そう云って、男がトランクから取り上げたのは、大小様々な鍵が無数につけられた、
ずっしりと重い鍵束だった。
「この中に……あなたの手錠と首輪に合う鍵が、それぞれ一つづつ入っています」
鍵、と云う言葉に、思わず反応する体を、男は楽しげに見下ろしながら、ホルダーから外した鍵を高耶の周囲にブチまけた。派手な音を立て、部屋中に散乱する無数の鍵。
男は微笑み、高耶の前に跪くと、傍らに置かれたキャンドルを示して、
「その蝋燭が消える前に、合鍵を見つけて、手錠と首輪を外すことができたら、あなたの勝ちです。その時は、あなたをおうちに帰してあげる」
「……ッ」
「合鍵を見つけることができなかったら……あなたの負けです。あなたは、この部屋で私と暮らす。二度と、帰りたいなんて云わせない」
「ふ……ふざけるなっ……!」
怒りと屈辱のあまり、高耶はわめいた。
後ろ手に戒められ、淫らな玩具を押し込まれたこの状態で、部屋中に散らばっている無数の鍵の中から、合鍵を探すなど、到底不可能だ。
「そう。せっかくチャンスをあげると云うのに……このゲームはお嫌ですか?それなら、それで構いませんよ。勿論、その場合はあなたの負け、と云うことになりますが……どうしますか?」
クスクスと笑う男に、高耶はギリッと唇を噛み締め、吐き捨てるように云った。
「畜生ッ……」高耶は、とりあえず戒められた不自由な手で辺りを探ると、指先に触れた鍵を掴んで、手探りで手錠の鍵穴に差し込んだ。
だが、鍵は合わない。
男はしなやかな肢体がよく見える位置に椅子を引き、優雅に足を組んで腰掛けると、愛しいひとが自分からなんとか逃れようともがく様を、楽しげに見つめている。高耶は新たな鍵を手繰り寄せようと、身を捩った。
すると、その動きのせいで、奥深く玩具を飲み込まされている秘所から、甘い痺れのようなものが走って、たまらず、高耶はせっかく手にしかけた鍵を落としてしまった。
「……ッ、」
必死に呼吸を整え、込み上げる疼きを堪えて、震える手でなんとかもう一度、鍵を拾いあげて鍵穴に差し込むが、やはり、どうやっても鍵は合わない。男が注視する中、幾度となく、新たな鍵を手繰り寄せては捨てると云う、虚しい行為をどれだけ繰り返しただろう?
次第に高耶の呼吸がおかしくなってきた。
それだけではなく、体が火照って、溶けてしまいそうに熱い。
先ほど、玩具と共に飲み込まされた錠剤が狭い襞の中で溶け、効果を発揮しだしたせいだが、そうと知らない高耶は、自分に何が起きたのかわからず、怯えたように眼を見開いた。
(効いてきましたね……)
男は楽しげに微笑んで、揶揄るように云った。
「どうしたんですか?高耶さん。……急がないと、時間がありませんよ」
見ればキャンドルは、すでに半分ほど燃え尽きてしまっている。
「畜生……ッ」
高耶は端正な顔を歪め、歯を食いしばって、新たな鍵を拾おうと身を捩った。
だが、そのせいで再び、体内の玩具に敏感な襞を突き上げられる形となって、高耶はヒイッと悲鳴をあげて身を仰け反らせた。どんなに鎮めようとしても、激しく乱れる呼吸、意志と関係なく、張り詰めるペニス。
その先端からは透明な蜜が止めど無く染みだして、きつく唇を噛み締めていなければ、何かとんでもないことを口走ってしまいそうになる。
高耶は己を叱咤するように、尚も必死に新たな鍵を手繰り寄せようともがいたが、その体は目に見えるほど震えて、もはや鍵を掴もうとする指先にも力が入らなかった。
男は徐に立ちあがると、全身を襲う快楽に耐えている、いとしい体をうっとりと見下ろした。
「クッ……ア……」
じっとしていても、玩具を飲み込まされている箇所から、ひっきりなしに痺れにも似た快楽が突き上げてきて、あげたくなくても零れてしまう声。男は、苦しげに肩を喘がせている高耶を覗き込むと、楽しげに云った。
「どうしました?まだ、時間は残っていると云うのに……降参ですか?」
「誰がっ……」
降参、と云う言葉に、高耶は必死になってわめいた。
もう三日、マトモな食事もせず、ただでさえ弱っている体である。その上、薬で追い上げられて、もう限界なほど追いつめられているくせに、それでも決して負けを認めようとしない高耶がいとおしくてたまらない。
「本当に、意地っぱりなひとですね。こんなにぼうやを大きくして、はしたない蜜を零しているくせに」指摘されて、カッと紅くした顔を背ける高耶を、男は言葉で嬲ると、小さな鍵を一つ拾い上げて、その先端で鈴口を辿った。
「ヒッ……!」
冷たい金属で敏感な割れ目を擦り上げられて、しなやかな肢体がビクンと撓る。
男は、尚も鍵の先端で透明な蜜に濡れそぼる、若い楔を責め立てながら、
「こんなに感じやすくて、淫らな体をしているくせに……この部屋を出て、俺から離れて生きていけるとでも思っているんですか?」
「ち……くしょっ……」
屈辱のあまり、涙を滲ませる高耶の目の前で、男が緩めた襟元から徐に取り出したもの。
それは、銀色のチェーンに繋がれた小さな二つの鍵だった。
最初から、ぶちまけられた鍵束に、合鍵など入っていなかったのだ。「……てめえっ……」
込み上げる快楽を必死に堪え、熱に潤んだ瞳で、どれほどきつく睨みつけても、それが男の嗜虐を更に煽るなどとは、思いもしないのだろう。
愛しい体を組み敷く、鳶色の瞳に宿るものは、高耶への執着と純粋な狂気。
「やっと手に入れたんです……本当に俺があなたを逃がしてあげるとでも、思っていたんですか?」
「……ッ」
感情を殆ど表に出すことのない男の、あまりに狂おしい囁きに、高耶はゾクッと身を震わせた。「逃がしはしない」
自ら発した言葉が引き金となって、男は荒荒しく愛しい体に覆い被さった。
「よせっ……アッ!」
埋め込まれていた玩具が荒荒しく引き抜かれる。
ばたつく脚を強い力で押さえ込まれ、高々と抱え上げられて、所有の証を根元まで打ち込まれた瞬間、悲鳴とともに高耶は放ってしまっていた。「アー……ッ!」
「……高耶さん……!」
射精に合わせて、痙攣するように収縮する熱い襞が、男を眩暈のような快楽へと導く。
やがて、若い楔からの放出と、自分を包み込む襞の痙攣が収まったのを確かめて、男はゆっくりと動きはじめた。たちまち、あがる甘い悲鳴。
先に与えられた薬のせいか、すべてを出しきっても、若い楔は萎えることがなく、それどころか、男が体内で動く度に底無しの絶頂が高耶を襲った。
「ひいっ……ヒッ……なおっ……やめ……ッ」
このまま続けられては、正気を失う。
狂ってしまう……!
「高耶さん……高耶さんっ……高耶さん……!」やがて、壊れるほど愛しい名前を呼んで、貪る男の体液が熱い襞に注ぎ込まれた時、涙に滲む高耶の視界の片隅で、キャンドルが燃え尽きた。
GAME OVER.
オウギタカヤ──あなたを……逃がしはしない。
あなたは、永遠に俺だけのもの。2004.5.3.
417