ダブル・フェイク 2


BY k−330さま



 彼を見つけたのは、十年前――
 一人でいた隙に下等な魔に浚われようとしていた彼を助けたのは、ほんの気まぐれ。自分の視界の中で起こった凶行が少々カンに触ったからにすぎなかった。
 彼は、幼いながらも聡いようで。まだ恐怖に震えていたにも関わらず、少し舌足らずな言葉で行儀よく『ありがとうございました』と言った。
 お辞儀をした彼が、顔を上げる。黒々とした印象的な瞳が、見上げてくる。
 整った顔立ちと、血の濃さを知らしめる、匂い立つような鮮やかな朱金の気(オーラ)。
 一目で『欲しい』と思ったが、そのときの彼はあまりに幼すぎた。
『…あなたが今、浚われてしまったら、お母さんやお父さんが悲しむでしょうね』
 聞いてみると、少し前に母親は死んだ――と、彼は言った。今は、歳の離れた兄が彼を引き取っているという。更に聞いてみると、どうやらその兄は、彼を溺愛しているらしい。
『その優しい兄上に免じて、今回は見逃して上げますよ、高耶さん』
 膝を折って、彼の目線と自分の目線を合わせて、微笑んでみせた。
『十年後、あなたを迎えに行きます』
『それまで、私以外の者に浚われたりしないように――、』
 彼のサラサラとした前髪を掻き上げ、そのすべらかな額に口付けた。
『あなたの額に、私の印をつけました。これで、そこらへんの雑魚には手出しできないでしょう』
 小さな手の甲にも口付け。名残惜しげに、彼を解放した。
 彼の名を呼びながら近づいてくる人の気配を尻目に、その場を後にした。

―――問題は、彼が実は『竜王』の末…だったことこと…だ。

 直江は苦笑して、『約束の十年後』である現在に立ち戻る。
 彼を探し出すのは簡単だった。その額には―人間には決して見えないけれども―自分の『所有の印』が押されているのだから。
 しかし、彼を実際に手に入れるには、後々面倒な弊害が多数あった。
 まずは、『竜王』という組織。外腹とはいえ『竜王の息子』を魔に浚われたとなれば当然、組織の命運を掛けてでも彼―仰木高耶を、取り戻そうと動くことだろう。
 もちろん、組織の『親』である『麒麟』も黙ってはいない。
 だからこそ。『取引』の必要があった。



        *

 荘厳さを見せる天井の壁画と、祭壇の窓を彩るステンドグラス。しかし。そこから降り注ぐ光は、自然の太陽光ではない。なぜなら、ここは地下深くに創られた神とその眷族の為だけの密殿であるから。
 彼らが崇める神獣“麒麟”は、炎を纏っている。その炎は、地球の中心を巡るマグマであるとされる。故に。彼らには、より地底深くに在る事こそが神に近づく事となる。
 今、その神殿の上座には、まるで己こそが神であるかのような尊大さで一人の男が鎮座していた。
 その視線の遙か先、真正面の巨大な扉が開いた。暗い回廊から、人物が姿を現わす。麒麟の正装の上から細長い錦糸の肩布を幾重にも垂らしたそれは、麒麟天主の代理人“四天師”のみに許されたもの。
 神殿の中央を歩き進んだ彼は、玉座に座る男に向かって呼びかけた。
「直江」
 感情の一切こもらない声。
「中央審議会の決定を伝える」
 直江と呼ばれた男は彼に目を向け微かに唇を撓めた。
「我々は“竜王”との間に揉め事を起こすつもりはない。貴殿の支配下に『彼』を置く事を含めて…契約が守れらるなら、その手段の是非を問わない。もちろんこれは我ら麒麟四天師の総意でもある」
 無表情に言い切った彼に、直江はクク―と喉で笑った。
「…手段を問わぬ、ときたか。例え自らの使徒に死者が出ても、と言う訳だな」
 直江は玉座から立ち上がり、ゆっくりと半円型の広い階段を下った。カツカツと乾いた音を立てて、彼に近づく。
「彼らは、お前たちのエゴの犠牲になるという訳だ。かわいそうに」
「…お前には、エゴが無いとでも言うつもりか?」
 彼の目の前にいるのは、この世で最強最悪の『魔モノ』。
凶器ともいえる深淵のような両眼と、鋭く尖った牙を前にして。彼は、麒麟という名のこの世で最大の組織の長の一人であるこの自分が、ソレに対して恐れを抱いていることを唐突に悟った。
その、永遠に誰にも支配されることのない不死の魔物は、
「魔は、欲望の中から生まれる。エゴは言わば本能そのものだ。おまえたち人間と違って…ね」
 痛烈な皮肉を言い放ち。擦れ違い様に嘲笑をくれた。そして。
 彼が振り返って確かめるまでもなく、その姿は掻き消えていたのだった。



        *

“麒麟神教”の四国総括本部は高知にある。
 四国における“麒麟”組織の勢力圏はほぼ全域に渡り、他組織の追随を許さない。
故に。“四国”はこの土地の持つ特殊な地形や歴史といったものに遇された事も手伝って、正しく一つの“国”といってよいほどの重要性を持ち、四国総括本部の総長(トップ)は“国(連)主”と呼ばれ敬われていた。
 国主は今、“竜王”からの客人を自ら出迎えていた。
「遠路遙々ようこそ。貴殿の来航を歓迎いたします」
 穏やかな笑みを浮かべて、国主は言った。それに対して、
「武藤潮です。どうぞよろしく」
 ぶっきらぼうに、潮は言った。到底、国主ほどの地位の人物に対する言動と態度ではなかったが、国主の表情はまったく変わらなかった。
「今日から貴殿は我々“麒麟神教”の客人となられる。が、組織内部に入られるからには“麒麟神教”の掟に従って戴くこととなる。くれぐれも、定められた戒律を守られるよう、お願いする」
「……」
 潮は、無言で会釈した。
 たったそれだけで会見は終わり、国主は退席した。

 潮が来賓室を出ると、それを待っていた男が会釈をしながら近づいてきた。
「武藤潮さんですか? 私は、仰木隊長の命令であなたをお迎えに上がりました、警邏隊の宮城です」
「……聞いてねえぞ。なんで、仰木本人が来ないねーんだよ。急な仕事でも入ったのかよ」
 案内の黒服に従って外に向かう通路を歩きながら、ブツブツと言う。
「隊長から連絡…行ってませんでしたか?」
「仰木の電話嫌い知らねーのかよ。この四ヶ月の間、あいつが自分から電話よこしたのはたったの二回だ。たったの二回!」
 こっちから電話を入れても、さっさと切りやがるし――
不満の感情剥き出しで、潮は言う。
「来れねー理由は何なんだよ、いったい」
「さあ…。私も詳しく聞いてませんが、おそらく…」
 宮城は、前評判から想像していたものとは随分違う印象を持つ『武藤潮』を面白そうに見ながら、
「隊長がここに来ると必ず絡んでくる人間がいるんですよ。来た早々あなたに嫌な思いをさせる恐れがあるので、隊長はそれを避けようと思われたんでしょう」
「絡んでくる…? 誰だよ、その阿呆は」
 斜め後ろを付いてくる宮城に無遠慮に聞く。
「隊長がここに派遣されて来られた当日の、ちょっとしたハプニングをご存じないですか?」
「……ああ、あれか」
 潮は、記憶を辿る。

 それは、国主から歓迎の挨拶を受けた後の事だった。高耶に対して、国主の親衛隊の一位の“吉村”という男が、さりげなく握手を求めてきた。
 特に断る理由もなく。高耶は、ごく当たり前に右手を差し出した。
 が。握手を受けた瞬間、高耶は顔を強ばらせた。
「どうかなされましたか?」
 男は右手を強く握ったまま、顔色を変えた高耶を見返してニヤリと笑った。
「……」
 高耶はその表情に眉を顰た後、卑下する視線で相手を睨めつけ言った。
「…さっさと手を離してくれないか? オレには、男に手を握られて喜ぶような趣味はない」
「なっ…」
 男は、一瞬で羞恥に顔を赤く染めた。
 男には、接触読心の力があった。それこそが、男が今の地位を手に入れるに至った原動力だった。
 それはその場にいた誰もが知っていることであったが、敢えて誰もそのことを高耶に教えなかった。そういう事は日常茶飯事であったので、いいかげん皆慣れてしまっていたのだ。一般的に、それが(断わりもなく人の心を読むということが)どんなに礼儀に悖る事柄であるかを誰もが忘れていたのだ。
『早くその汚い手を外せ、無礼者』
 接触テレパスであるが故に、高耶の容赦無い侮蔑の感情を真面に食らってしまった男は、一瞬赤くなった顔を青く塗り替えて腕を離した。
「この島国ではどうなのかは知りませんが。本土ではこういう行為は無礼とされています。外交の場ではあまりお勧めできませんね」
 言って。高耶は、男を冴々とした瞳で見下した。



「確か…その吉村って男は、そのあと親衛隊から外されたんじゃなかったのか?」
 吉村の読心力は、一般人はもちろん、少々の力の持ち主では気づかれないだろう巧みさでカムフラージュされていた。だがもし気づかれたなら、相手に無礼を言い訳できないだろう。しかもその無礼を働いたのが、親衛隊の一の地位を持つ人間であったなら、場合によっては国主の自身の品位さえ落としかねない。国主はそのことに遅ればせながらも気づいたらしい。
「ええ。今はただの警備隊長です」
「それで逆恨みってか。ナニの小せえヤローだな」
 潮も高耶に負けずに容赦無い。
「まあ、今まで伸び放題だった天狗の鼻を、初めて会った人間にいきなり根元から折られてしまったんですから。同情の余地はありますが…個人的には、『ザマーミロ』でしたね」
「人の良さそうな顔して、あんたも言うな」
 潮は、声を上げて笑った。お互い相性は良さそうだ。正面玄関に辿り着くまでの数分間に、彼らはすっかり打ち解けていた。
「“鷹ノ巣”まではかなりキツイ山路を通りますが、大丈夫ですか?」
「四駆(サーフ)だから大丈夫だろ。もしかして、あんたが先導すんのか?」
「ええ。そのつもりですが?」
「めんどくせーから、俺の車に乗ってくれ。着くまでに、色々仰木の話とか聞きてーしよ」
「いいですよ。私の車はまた取りに来ればいいことですし。私も武藤さんの知っている仰木隊長の話を聞いてみたいですし。他の隊員たちは悔しがるでしょうね。役得で
す」
 和気藹々といった雰囲気で笑い合っていた彼らは、駐車場の手前でふと足を止めた。
「何だよ、あいつらは」
 潮の愛車サーフの回りを、警備員が数人で取り囲むようにして車内の様子を伺っていた。
「噂をすれば。あの男…あの右端の黄色の腕章を付けた男が吉村ですよ」
 高耶の気遣いは、結局無駄だったようだ。
「ったく。うざって〜っ」
 潮は嫌そうに顔を顰めながら大股に彼らに近づいた。宮城も、小走りにそれを追った。
「おい、なんなんだよテメーら! 俺の愛車に傷つけんじゃねーよっ!」
「おまえが、武藤潮か」
 今気づいたというように、吉村が振り返った。
「後部座席のこのでかい箱は何だ?」
「何って、見りゃわかんだろ、ただの衣装ケースだよ」
 吉村の言うのは、車後部の座席を全て横に跳ね上げて固定して出来た広いスペースに幾つか積まれた長方形の桐箱のことだった。
「お前の普段着が入っているとでも言う気か?」
 警棒を片手に。厭味タップリに吉村は笑う。確かに、若い男の普段着を入れるにしてはその桐箱は高級すぎる。
「そん中に入ってんのは、“竜の鱗”だよ」
「…なんだって?」
「“竜の鱗”ってのはなあ、俺たちの第一級正装のことだよ。今オーストラリアに行ってる氏照氏の要請で、山林王の長谷川氏の開く奉需の祝いの席に俺と仰木の二人で出席することになったんだよ。これは国主にも剣山の所長にも連絡行って許可されてることだぜ。あんたには連絡来てねーのか?」
 潮の、暗に相手の地位の低さを嘲る言い方に、吉村は声を荒げた。
「そんなことはどうでもいい! 中身が何であるかは、俺がこの目で確認させてもらう!」
「…ッ、好きにしろよ」
 舌打ちし、ジーンズの後ろポケットから車のキーを取り出して投げ渡した。吉村たちはすかさず車のドアを開けて荷物のある後ろに乗り込む。
「あ、言い忘れてたけど」
 最初に荷物を下ろした一人が桐の箱の蓋を開けようとした寸前、潮は言った。
「それ一式で、300万ほどすっから。仰木のと二人分で合計600万。少しでも汚したら弁償してもらうからな。丁寧に扱えよ」
 ぞんざいに桐の箱をアスファルトの上に置こうとしていた警備隊員は、その一言でつんのめるように動きを止めた。
「…おい、これはなんだ?」
 前の座席の足元に置いてあった、上に金属の取っての付いた四角いの木製のケース。口には瀟洒な鍵が掛かっている。吉村が手に取った鎌倉彫りのそれは、女性もののように見えた。
 潮は、ニヤリと笑い、
「ああそれは仰木と俺の…、化粧道具一式」
 吉村は瞬間、絶句した。



「しかし…あの顔は傑作でしたね」
 助手席に乗り込むなり。宮城はこらえ切れないといった感じで笑い出した。
「結局、“竜の鱗”にも触れずじまいで。吉村の腹は今頃、煮えくり返っていることでしょうね」
 金糸を使っているから指紋を付けるなと言われて、誰も触れられなかったのだ。
「わけわかんねーヤツにベタベタ触らせてたまるかよ。これを作ったのはついこの間肺炎で死んじまった日本国宝のじいさんなんだ。この二着はじいさんの最後の作品ってことでプレミアム付いてっから…実際、今いったい幾らの値段がついてんだか俺にもちょっとわかんねーんだけど。ま、いくら金積まれても、仰木も俺も手放しゃしねーけどな」
 氏照氏の命令で、この“竜の鱗”は創られた。
 何度か創ってもらっているうちに、いつの間にかじいさんとは友人になっていた。
だから、じいさんの葬式には高耶もわざわざ四国から駆け付けた。だのに。
「…な〜んで帰って来ねーんだよ、ったく」
 思わず声に出した独言。宮城が助手席から振り返る。
「――そのせいで、鷹ノ巣の連中は、あなたを歓迎してませんよ」
「へ?」
 運転中だというのに、思わず潮は振り返った。弾みで、車の左の前輪が泥濘に填ってしまった。おっとっと…と呟いてハンドルを切る。
 どういうことなのか詳しく聞いて。潮は笑った。
「確かに俺も出向の件はあんまり歓迎してなかったけどよ…猛反対してたってのは大袈裟だろ」
 猛反対してたのは自分ではなくて氏照兄のほうだ。あの人は高耶に岡惚れだから。
「では、あなたが仰木隊長を連れ戻しに来るとかいう噂はデタラメなんですか? しかし、さっきの…」
「そりゃ、仰木が鷹ノ巣でヒドイ目にあってるってんなら俺もそうするさ。けど、そうじゃねーんだろ?」
 自分はただ…これ以上側を離れていると、今まで自分がいたポジションを誰かに奪われるような不安に駆られて、護衛という名目での四国行きを申し出た…それだけだ。いったい何処からそんな噂(?)が流れたのか、潮は訝しむ。
「俺が仰木に帰れって言ってんのは…、もうすぐ義父(元麒麟宗主)の命日が来るってのにあいつが帰らねぇっつーから…それでだよ」
 潮は、盛大に溜め息をつく。
「おかげで、俺まで、あのド派手な正装着てパーティーなんぞに出席するハメになっちまった」
「…? どういう繋がりがあるんですか?」
「話せば長い。そういう訳で、その話はパスな」
 何か、込み入った事情があるらしい。察した中山は、素早く話題を切り替えた。
「そういえば…半妖獣の小太郎を知ってますよね…彼、もう立ち上がって病室の中を歩き回ってるんですよ。無茶するなって、仰木さんに怒鳴られてたみたいですけど」
「はえーな。さすがにっつーか…伊達にあっちの血が混ざっちゃねーよな」

 そんなふうにして二人は。鷹ノ巣に着くまでの短くはない時間、お互いの好奇心を満たす話題で始終盛り上がったのだった。


 
宮城から無線で連絡を受けて。
 高耶は、潮を迎えるために部屋を出た。自室で報告書を作成していた兵頭を誘い、門の前まで歩いていく。
 丁度いいタイミングで、潮の愛車が鉄の二重ゲート前に到着した。
 人間の目と機械の目−センサーで確認が行なわれ、車が結界内に受け入れられる。
「仰木!」
 愛車を乗り捨てて、潮が走ってくる。
「久しぶり〜っ、元気してたかぁ!」
 人目もはばからず抱きついて叫んだ。
「…一ヶ月前に会っただろうが。何が久しぶりだ」
 高耶は抱きつかれたまま…しかし抱き返しはせず、何の感慨も込めずに言った。
「だ〜か〜ら〜、一ヶ月ぶりだろーが。おまえ、言い方が冷てーぞ!」
 生まれた年から言えば高耶よりは潮のほうが一つ年上になるのだが。外見や喋りっぷりでは、高耶のほうが年上に見えてしまう。
 二人を冷静な目で観察していた兵頭に、潮が視線を向けた。
「そいつは?」
 顎で指して高耶に聞く。
「ああ、兵頭―オレの補佐をしてもらってる兵頭だ。オレが竜王に戻った後にはここの頭になる人間だ。顔はお前も知ってるだろう?」
「まあな」
 もちろん知っている。知っていて問うたのは、探るような視線が勘に触ったからだ。
「今日から仰木の護衛に入る武藤潮だ。よろしく」
 潮からの無難な挨拶に、兵頭も短く答えた。
「兵頭隼人だ。よろしく」
 兵頭は握手を誘った。が、潮はそれを無視し、先のお返しとばかりに兵頭を睨めつけた。
「力は、俺のほうが上だよな」
 目を眇め、ニヤッと不敵に笑う。
「武藤――、」
 いつもの潮らしからぬ態度を、高耶は訝しむ。 
「お前、ここに喧嘩売りに来たのか?」
「別に〜。お前の副官だっていうからさ、どの程度の実力持ってんのか気になんだろ、相棒の俺様としては。自分より下の人間にゃあ任せられねーよな、やっぱ」
 つまり。兵頭が高耶の副官であることは認められない…と言いたいらしい。
「……」
 兵頭は無言のまま、目だけに力を込めて武藤を見返した。火花の散りそうな険悪な空気。
「おい。着いて早々いったい何考えてんだよ、お前は」
 高耶は眉をひそめ、好戦的に身構える潮を引かせようと、二人の視線の間に割って入った。
 そこへ、宮城が走って近づいてきた。気を利かせて潮の車を建物裏の駐車場に入れに行っていたらしい。車のキーを手に下げて潮に呼びかける。
「武藤さん、コレ」
「お、悪ぃ。気が利くな、お前」
 笑いながら鍵を受け取る潮を見て、
「お前たち、知り合いだったのか?」
 不思議そうな顔をして高耶が聞く。
「いいや。今日が初めてだけど?」
「…それにしちゃあ、態度が違うぞ」
 暗に、“兵頭に対する態度と”という意味を込めて、高耶は言った。
 その疑問に、宮城が答える。
「高知からここまでの間、車内で親交を深めたんですよ。隊長の小さい頃の話とか…いろいろ教えてもらいました」
 うれしそうな顔で、宮城は笑った。
「お前…、余計なこと言ってねぇだろうな」
 ちょっと不機嫌に、高耶が睨む。
「言ってない、言ってない」
 潮は慌てて手と首を振った。
「ところで武藤さん、後ろの荷物はどうするんです? 武藤さんの部屋は三階ですよ。旅行バックはいいとしても…階段は狭いですし、あの桐の箱を三階まで持って上がるのは大変ですよ」
「桐の箱…?」
 高耶が聞き咎める。
「おい…。まさか、アレか?」
「ご名答」
 嫌そうな顔で振り返る高耶に、潮は明るく答えた。
「冗談じゃねーぞ。なんで持ってくんだよ…っ」
 言って、潮の首にヘッドロックを掛ける。
「うわっ−っ、バ、バカ、本気で締めんなっ!」
 顔を真っ赤にしてジタバタと暴れる。
「オレは本気で嫌なんだよ、あのド派手な衣装が! 知ってて持ってくんじゃねえよ馬鹿やろう!!」
 耳元で怒鳴る高耶に潮も負けじと大声で、
「しょーがねーだろ! お前が帰って来ねーって言うから、氏照さんが俺に持たせたんだよっ」
「…ちょっと待て。なんでオレが帰らないからってそういうことになるんだ?」
「俺が撮った写真引き伸ばして、親父さんの墓に供えるんだとさ」
「……冗談だろ。んなことできるかっ」
「嫌なら、戻れよ」
 首から腕を外して。潮は、真剣な瞳で高耶の顔を真正面から見つめた。
「氏邦兄も久しぶりに帰って来るんだ。帰ってくる理由の半分はお前に会いたいが為なんだぞ。なんでそんなに避けるんだよ。宗主の目が恐いってんならおかど違いだぞ。氏照さんはそんなことぜんぜん――」
「潮」
 押し殺した声で名前を呼ばれて、潮はハッとなった。 こんな所で大声で話すような内容ではなかった。
「…悪ぃ」
 顔を顰めて謝った。
 高耶は溜め息をつき。しょうがないといった感じで、
「宮城。お前には悪いが、誰かに手伝わせて車の中の荷物を一階の空いてる部屋…備品庫にでも入れといくれないか。それと、箱の中身には触らないよう注意してくれ」
「わかりました」
「オレはこいつを支部長に引き合わせてくるから、よろしく頼む」
 指示を出す高耶の隣で、潮は宮城に向かって片手を上げて拝む格好で『すまねーな』と小声で言った。
 宮城はそれに『了解』と笑って答え、踵を返した。
「あ、それはそうと俺、飾り物の支部長なんかより、先に小太郎に会いてーよ」
「支部長に顔見せするほうが先だ」
「しょーがねーなぁ。んじゃ、さっさと済まそーぜ」
「…ったく。相変わらず調子のいいヤローだな」
 呆れて、高耶は苦笑した。
「兵頭、手の空いている隊員全員に集合かけてくれるか。二十分後にミーティングルームに集まるように」
「わかりました」
 兵頭が頷くと踵を返し、潮を伴って司令室のある建物に向かっていった。
 二人の姿がある程度離れると、密かに聞き耳を立てていたらしい警備担当の隊員たちが兵頭の元に駆け寄ってきた。
「兵頭さん」
 心配そうに名を呼ぶ。
「やっぱりあの男、隊長を連れ戻しに来たんですか?」
「あの噂は…本当だったんですか?」
「どうするんです? 兵頭さん」
 頼りになるのは兵頭しかいない…とでもいうように、隊員たちは詰め寄って来る。
「どうもこうもなかろう。隊長を信じるしかあるまい」
 不安がる隊員たちに兵頭は、冷めた口調で答える。
「ずいぶん…仲が良さそうでしたよね。あんなふうに隊長に対して遠慮なく抱きついたりして…隊長も嫌がってなくて…俺達には隊長、あんな気安く笑いかけたりふざけたりしませんよね。やっぱり…あの男は違うんでしょうか。隊長にとって特別なんでしょうか?」
 高耶と潮の後ろ姿を見つめながら隊員の一人が言う。
「…俺に聞くな」
 兵頭は、不機嫌…とも取れる表情で答えた。その目線は、遠ざかっていく二人の後ろ姿に注がれている。
 だが、兵頭の頭の中を占めていたのは、その隊員たちの言うような事柄ではなかった。
 ――何かが、奇妙な感じで引っかかる…
 ここ最近―兵頭は、得体のしれないモノが自分たちを徐々に追い詰めている…というような、訳のわからない焦燥を感じていた。
そう感じるようになったのがいつからだったかは憶えていない。
 ただ。今日、あの男―武藤潮をここに迎え入れたことで、『全てのパーツが揃ってしまった』という、先触れような閃きが兵頭の思考を掠めたのだ。
(いったい何が……)
 遠ざかる高耶と潮の後姿を見詰めながら。兵頭は、苦悩するように眉間に皺を寄せ、一人呟いていた。




(眠りたく…ない…、)
 眠れば、また悪夢に囚われてしまう…
疲れた身体をベットに横たえて、高耶は思った。
 そう思うも。溜まっていた疲れと、久しぶりに飲んでしまった酒のアルコールのせいで、意識は眠りの底へと転がり落ちていく。

――何かが…追ってくる……、
 ハアハアと、息を上げて高耶は走る。
 高耶の目は、相変わらず暗闇しか映らない。しかし、何かの気配がそこには満ち満ちていた。日増しに強まってくる存在の気配。未だ正体の掴めないソレに、高耶は不本意な怯えを感じていた。
 ソレに捕まってしまったが最後。もう二度と、元には戻れない―――
 そんな確信めいた予感に怯えて、高耶は闇雲に走る。
 ざわり――
 何かが足元に近い場所で、蠢いた。
 それに意識を向けた途端。一瞬止まった両足に、何かが絡みついてきた。
(――ッヒ)
 生暖かい粘液を滴らせた、小指ほどの太さの触手―――
 地面から生えるようにしてソレは増殖し、上へ上へと這い上がってくる。
 得体のしれないモノに対する生理的嫌悪から、背筋に悪寒が走った。
(……!!)
 高耶は、声にならない悲鳴を上げた。
 金縛りにあったように硬直していた身体の強張りが解けた途端、震える指で下肢に絡みつく触手を引き剥がしにかかった。
 しかし、ぬめったソレは容易に掴むことが出来ない。しかも、引き剥がしても引き剥がしても、執拗に絡み付いてくる。
 身体をくねらせてもがいても振り払うことが出来ず。高耶は、蜘蛛に捕らえられた獲物のように、上半身を両腕ごと拘束された。
 呼吸も困難なほどきつく締め付けられ、平衡感覚を失って床に倒れる。
(…ぐ…っ)
 床を転がり、拘束を解こうと足掻く高耶の両足に、更に触手が巻きついてきた。蛇のように太腿に巻きつき這い上がり、足の付け根の奥を弄る。
(…な…っ、い、やだ、や…めろォッ!)
 サレルことを悟って、高耶は一層暴れた。しかし、高耶がどんなに嫌悪し狂ったようにもがいても、触手は外れない。
 ソレは、まるでその一本一本に明確な意思かあるかのようにソコを目指し。先を争って高耶の中に入り込もうと、孔の入り口に先端を押し付ける。
 必死にさせまいとソコに力を込めるが、頭を捻るようにしてこじ開けようとする無数の触手の力には叶わず、とうとう侵入を許してしまった。
(いやだ…っ、イヤぁぁ――――!!)
 一本が侵入すると、それが作った隙間にからもう一本、更にもう一本と次々に侵入する。
(ひっ――ィ、ひ…っっ!)
 入り口を無理矢理広げられ、なす術もなく細長いおぞましいモノに犯される。自分の中に入り込んでくるソレらを、高耶は拒むことが出来ない。
 上半身はきつく縛られ。太腿に巻きついた触手によって両足はあられもなく開かれ。奥まった恥口の内部を無数の触手に犯される。
 触手の何本かは、人間の指のように内部を掻き回し。縒り合わさって太くなった何本かは、男性器の動きのように抽送を繰り返した。
 もうこれ以上入らないというところまで突き入られるたび、高耶の身体はビクリと跳ね上がった。身の内を嬲るモノから逃れようとずり上がろうと身体を蠢かせても、容赦なくソレは追ってくる。
(イヤ…ッツ、イヤだぁ――っ! もう、もうヤメ…ッ)
 掠れた悲鳴を上げて、高耶は哀願する。
 無数の触手に、内からも外からも嬲られ。責める動きに狂わされて、徐々に自分が感じているのが痛みなのか快感なのかすらわからなくなってきていた。
(やだ―――ッ、イヤぁ…っ…ひ…っい! ああっあ―――ッ!)
 放出できずに溜まっていくだけの欲望に追い詰められて、高耶はよがり泣いた。

(高耶さん――)
 髪を振り乱して身悶える高耶の身体の上に、いつの間にか誰かが覆い被さっていた。
 強い力で肩を床に押さえつけられて、漸く高耶はそれに気付いた。あれほど強固に上半身を拘束していた触手が、いとも簡単に外れていく。
(苦しい…? 高耶さん)
 犯されて無理矢理高められた快感の熱で潤んだ高耶の目に、何者かの顔が映った。
(私を覚えていない、あなたが悪いんですよ。嫌がらせの一つも、したくなる…)
 楽しげな…本当に楽しげな声が、囁く。
(私の名前を呼んで…高耶さん。そうしたら、許してあげますよ…)
 すすり泣きの止まらない高耶は唇を震わせながら、
(…だ…れ…、)
 わからない――という風に、首を振った。
(俺の名前は、もう教えてあげたでしょう?)
(今度、会った時には名前を呼ぶように…そう言ったでしょう?)
 高耶は許されたい一心で、記憶を探った。
 やがて、熱に浮かされた頭の中に、一つの名が浮かび上がってきた。
(な…お、え……?)
 望んでいた答えを高耶から引き出して、直江は満足げに頷いた。
(よく出来ました。ご褒美に、ちゃんと終わらせてあげますよ)
 高耶の孔を犯していた触手を纏めて引き抜き。太く充実した己のモノを突き入れた。
(ヒ―ッ、アア――――ッ!!)
 犯されたショックに引き攣る両足を折り曲げ押さえつけ。自在に高耶を泣かせながら。直江はその耳元に囁いた。
(あなたは、俺のものだ。もうすぐ迎えに行くから…待っていて――)
 
 凶悪な言葉を残し、男は消えた。
 そして同時に。高耶の意識は夢魔から開放されたのだった。



                                
END




*椎名コメント*
K−330さまからの素晴しい頂き物です♪
高耶さんが幼い時から唾つけてたんですねえ、直江ったら♪
そして触手・・・あああああ・・・・・(壊)

この直江のカッコよさにはノックダウンです(><)本領発揮の日が待ち遠しい・・・♪

K−330さま、いつも素敵な作品をありがとう!次回もよろしくお願いします♪


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