日常なる日々―Open the Door


BY みんとさま



ごろごろごろ――
(まぁ〜だ、帰ってこねーよなぁ〜)
高耶はリビングのソファの上を、缶ビールを片手に持ったまま器用に転がった。
最初は学校の宿題をやろうとしたのだが、すぐに飽きて片付けてしまい現在に至っている。
何気なく見ているテレビでは、プロ野球の実況者が興奮して取得点を叫んでいた。
時計の針は、夜の8時30分。
テーブルの上には高耶の作った夕食が、ラップをかけられて寂しく鎮座している――。

――別に何かの記念日とか、そういうわけではない。普通の週末――
ただ最近お互い忙しかったから、久しぶりにゆっくりできる今日を楽しみにしていたのだ。

(それなのに…)

――高耶さん、すみません。どうしても抜けられない仕事が入ってしまいまして。なるべく早く帰りますから、待っていて頂けますか?
夕食の準備もあと少し、後はテーブルに並べるだけ。という頃に、突然かかってきた直江からの電話。

「いいよ。別に…。仕事大変なんだろ?ゆっくり片付けてこいよ。オレ、今日疲れてっから先に寝てる。帰る時、静かに入ってこいよな…。」
素直に待ってると言えばよかったのに、意地っ張りな性格が災いして、心の中では嵐が吹き荒れながらも、冷静に受話器を置いてしまった高耶であった。

――くっそー!あいつの好物ばっかり作ってやったのにぃ。
高耶はずらりと並んだ色とりどりの料理を眺めながら悪態を吐いた。

別に直江が遅くなるのは初めてではないし、一人で部屋にいるのもいつもはそんなに苦にならないのに、一度気になると、とことん気になってしまう。やけに広く感じてしまうリビングの空間。風の音は不気味に聞こえるし、廊下の暗がりの向こうに何かがいるような――。
早く、いつもの足音が響いて、ガチャリとドアが開いて、いつものあの声を聞かせて欲しい、と願ってしまう。そんなことを考える自分によけい腹が立って、缶ビールはすでに2本目が終わる頃である。
さらに口淋しくて直江のパーラメントを一本頂戴して火をつける。その時ドアの向こうで、この階に止まったエレベーターの扉が開く音、誰かが歩いてくる靴音がした。

(直江っ?)
飛び起きようとして、いやだめだと自分を自制する。
大体まだこの部屋の客かどうかもわからないのに、ぬか喜びもいいところだ。
しかし、足音はあやまたずこの部屋のドアの前で止まったようだった。
とりあえず、わたわたと煙草を揉み消して灰皿を隠す。
胸が高なる高耶だったが、ここで出ていったりするのもしゃくなので、わざとソファでじっとしていた。緊張が走る…。

ピンポ〜ン、ピンポ〜ン!――インターホンの音にとたんに破られる静寂
「直江様〜、宅急便でーす!」
――ガクッ!宅急便かよ…
高耶は一人で煩悶していた自分をアホらしく思いながらも、印鑑を片手に玄関に出た。
「ご苦労様でした…」
届けられたのは直江の実家から送られてきた青果だった。とりあえずキッチンに運んで隅に下ろしながら、溜め息を吐く。

――はぁ、なんだか、ぐだぐだ考えてる自分がバカみてーじゃねーかよ。だいたい先に寝るって言っちまったんだから、起きてたら変だよな…
などと妙なところで律儀な高耶は、すっくと立ち上がるとリビングに回って残りの缶ビールを一気飲みし、ごみ箱にそれを投げ入れつつ風呂場に向かった――。

今、時計の針は、10時を指している。
結局直江はまだ帰ってこない。連絡もない――。

風呂上りの高耶は機嫌悪そうに、また缶ビールのプルトップを上げた。そのまま勢いで半分ほど飲んでしまう。部屋は空調が効いて適温なので、だらしなく寝巻きのズボンだけ穿いてバスタオルを頭から引っ被っている。
野球中継は終わってしまったので、いつもはあまり見ないお笑い系の番組を点けている。
(…ったくっ!)
――いつんなったら帰ってくんだよっ!だいたいメールくらいしてこいっつーのっ!
空腹状態でビールばかりを流し込んでいるので、酔いがかなり回っている。
そんなこと言ったって、先に寝てるからゆっくり仕事してこいと言ったのは高耶なのだが、もうすでにそんなことは頭にない。行儀悪くテーブルに足をでんと乗せ、ふんぞり返っている。かなりご立腹のようだ。

その時、またもや金属音がエレベーターからの来訪者を告げ、靴音が響いてきた。その足音は、またもやこの部屋のドアの前で止まる。
(ふんっ!やっとお帰りかよ…。)
飛び出して行きたい自分を押さえて、テレビのお笑い芸人の顔を睨みつける。
心の中では、まだ起きてたんですか?などと聞かれた場合に対抗し、この番組が見たかったからだっ!とか、いろいろ言い訳を考える。
この間、わずか0.1秒。

ピンポ、ピンポ、ピンポ〜ン!!――インターホンの音が喧しく響きわたる。
「うぉ〜いっ!景虎ぁ!まだ起きてっだろ〜?こないだてめーが休みやがった時のノート持ってきてやったから、Hしてんじゃなきゃ、すぐにここを開けやがれっ!」
(げげッ!千秋ぃ〜?しかも大声で何言ってやがるッ!)
真っ青になった後、真っ赤になりながらダッシュで玄関に辿り着くと、近所迷惑になりそうなくらい音をたててドアを開ける。

「てめー、ざけんなっ!何言ってやがるっ――!!」
「ああ〜?こん、た〜こ!その言い草はなんだ?こっちは親切でわざわざノート持ってきてやったのに、お礼の一つも言えないわけ?しかも未成年のくせに、酒の臭いぷんぷんさせやがって。大方、旦那が残業で拗ねて自棄酒ってとこか〜?」
部屋の中を見渡して、へらへらと笑いながら、突っ込んでくる。しかし、どれも事実なので言い返す術のない高耶だった。

「うっせー!ノート渡してとっとと帰りやがれっ!」
「へいへい。じゃあ、そうしますかねー。そんなことで絡まれたくねーからな〜」
なんとか喧嘩は犬も喰わないってかぁ?と捨て台詞を残して帰っていく千秋の後ろ姿が、廊下の暗がりの中に消えていく。がるるる…。と唸り声が聞こえそうな勢いでそれを見つめていた高耶だったが、あられもない格好でドアを開けっ放しにしている自分に気づくと、ドアを音立てて閉め、リビングのソファに戻った。

――くそっ!ムカつく。それもこれも全部直江が悪いんだっ!もういい。もう待っててなんかやんねー!先に寝てやるからなぁ〜!
だから最初からそう言ってたはずなのだが、すっかりそのことは棚に上げられてしまったようだ。固形物の入ってない胃は何か食わせろと反抗の声を上げていたが、無視してパジャマの上着を乱暴に着込むと寝室のベッドに潜り込む。

毎日一緒に寝ている特注品のキングサイズのベッドには、直江のにおいが染みこんでいる。
シーツの冷たさが高耶に正気を戻させて、急に心細さを運んでくる。

――くっそう…。直江、早く帰ってこいよ…
真っ暗な部屋の中で、まんじりともしないで、じっと玄関のドアの開く音を待つ。
ふて寝らしく、壁の方を向いて丸まる。でも寝室のドアは外の音が聞こえるように半開き。
そのまま、じりじりと時は過ぎ――。

ガチャリ…

うとうとし始めた高耶の耳に、夢ではない玄関ドアの開く音が届いた。それから靴を脱いだり、鍵を置いたりする物音。

(直江っ!)
心は踊り出しそうな気分だったが、飛び出していく気にはどうしてもなれない。なにせ、彼はプライドが高いのだ。どきどきしながら、ベッドの中で小さくなる。
リビングに電気が点いて、寝室にも光が差し込む。どさっと何かが置かれる音がした後、直江の足音が寝室に近づいてくる。

「高耶さん?もう寝たんですか…?」
高耶は心臓がバクバク鳴って寝室中に響き渡ってるんじゃないかという錯覚に襲われながらも、強靭な精神力を発揮してひたすら固まる。

「高耶さん?」
直江が腰掛けた重みでベッドが軋んだ音を立てる。
そっと影が覆い被さって、顔を覗き込む視線を感じる。
高耶の心の中では、すぐに直江に抱きつきたい気持ちと、絶対そんなことしてやんねーという思いがせめぎあっていた。
頬に優しくキスされる感触。
「寝てしまったんですか?じゃあ、夕飯は私だけでいただきますよ?」
ぬくもりが去っていきそうになって、高耶はあせった。直江はすでに寝室を出て行く気配だ。でも今ここで狸寝入りを暴露するなんて、絶対に、絶対にできない。でもっ――!

ぐぎゅるぎゅるぎゅる〜!!

すさまじい音が静寂を引き裂いた。もちろん高耶のお腹の音である。
活動を始めたご主人様に代わって、存在を主張したのである。

「起きていたんですか?」
くすくす笑いながら、直江が引き返してくる。
(ぎゃー、来るなーっ!!)
と心の中で叫んでも、時すでに遅し。ころっと転がされて、直江の方に向かされる。
上目使いに睨みつけても、今回の場合、全然威力はない。
「どうして、起きてるって言わないんですか?待っててくれたんじゃないの?」
顔を真っ赤にして押し黙る高耶の耳元で、直江がそっと囁く。
顎をぐいっと上向かされて、ちょっと待て、と叫ぶより早く唇が重ねられた。

「んっ…」
触れあった舌先から痺れが身体中に広がっていく。温かい腕に包まれて、さっきまでの凍るような寂しさが溶かされて消えていくのを高耶は感じた。
濃厚な口づけが終わって、行為が次に及びそうになったころ、高耶の静止よりも先に直江の腹の虫が鳴った。
顔を見合わせる二人。一瞬の沈黙。
それから、どちらからともなく、笑い出して……。
「じゃあ、先に夕飯をいただきましょうか…?」
という直江の提案に高耶が否やを唱えるわけもなく。

時計の針が11時を指す頃、リビングのテーブルには温め直された料理と、テレビの音、二人の喋り声という団欒な光景が繰り広げられたのだった――。

月曜日、高耶が学校に行くと、千秋が寄ってきてこう言った。
「よお!大将、あれから直江すぐに帰ってきただろ?親切な俺様が、景虎が寂しく待ってっからすぐ帰ってやれって、直江にメールしてやったんだぜ。感謝しろよな〜」
――ということは……。
(あいつーッ!わかっててやってたのかー?!くっそー、覚えてろーッ!)
高耶の叫びが思念波となって飛んだのか、その頃、橘不動産の休憩室でコーヒーを啜っていた直江は古典的にくしゃみを立て続けにしたのだった。

おしまい




みんとさまからの素晴らしい頂きものです(^^)
意地をはる高耶さんが滅茶苦茶かわいいっ!(><)
裏に続きをUPしてあります♪速攻で裏へゴーゴーなのです♪♪

みんとさま、どうもありがとうございました!ぜひまた書いて下さいね♪