80000 藍子様リク:「RKT 学ラチ」のその前かその後



「RKT 学ラチ」椎名バージョン 
邂逅(入学)編


BY 417


松本市にある、私立深志学園高校。
この日、体育館では本年度の入学式が行われていた。


真新しい学生服に身を包んだ新入生の中に、一際目をひく一人の少年。
漆黒の性のよさそうなサラサラの髪、端正な顔立ち。
意志の強そうな瞳が酷く印象的だ。
そんな彼を、食い入るように見つめる男がいた。



男はこの高校に赴任して、今年で四年目の教師。
専攻は日本史で、モデルか俳優のような容姿に、温和でものわかりのいい先生として、校長以下、教師仲間からも人望が厚く、生徒からの人気も高かった。
そんな、ごく真面目で優しい一教師に過ぎなかった男を、その少年が狂わせた。


家庭の事情で奨学金による入学を希望していた少年──仰木高耶が、入試と面接で初めてこの学園を訪れたのは二月の半ばである。
その日、受付を担当していた男は、高耶と目が会った途端、その顔から目を逸らすことができなかった。
「運命」とでも云うのだろうか。言葉で説明できない何かが、男の全身を電気のように走り抜け、その瞬間、男の中で何かが壊れた。

その年から、初担任として新入生のクラスを受け持つことになっていた男は、学園内での人望を利用してクラス編成担当となり、まんまと高耶のクラス担任に収まった。この学園では組替えは行われない為、これで三年間、彼が卒業するまで担任となれたわけだ。
まだ、この時点で男は、自分の高耶への執着が普通でないことに気づいてはいなかった。




入学式が終わり、新入生が体育館を出て、それぞれのクラスへ向かう。
男と高耶が廊下ですれ違った。
「………」
すれ違いざま、何か囁かれたような気がして、高耶は一瞬、ハッと振り返ったが、男は何ごともなかったように、そのまま通り過ぎて行った。

男の囁きは、こんな風に聞こえた。
──この日を待ちましたよ。

……気のせい、だろうか?そうに決まっている。何かの間違いに違いない。
首を捻りつつも、高耶も自分のクラスへと向かった。




新入生の教室は四階建校舎の最上階にある。階段を昇り、自分のクラスの引き戸を開けると、すでに着席していた生徒達が一斉にこちらを見た。
ここにいる生徒達は事実上、三年間、共に暮らす仲間だ。
自分の席に着き、さりげなく辺りを見回す。
この高校は奨学金で通えることを前提で選んだ為に、高耶の自宅のある地区からはかなり遠かった。通学にはバスを二度も乗り継がなければならず、バス自体の本数も少ない為、乗り継ぎも一苦労である。
その不便さのせいで、県内では人気のある高校にも関わらず、高耶以外、同じ中学からこの高校に進んだ者は一人もいなかった。当然、クラスに見知った友人は誰もいない。

口下手な高耶は、友人をつくるのが苦手だ。それに、本人は意識していないのだが、彼の端正な容姿と強い眼差しが、ある種、近寄りがたい、あるいは生意気、と云うように受け止められてしまうことがあるらしく、高耶は人付き合いで苦労することが多かった。

中学の時はあれこれと世話を焼いてくれる友人がいて、高耶がいわれのない因縁をつけられて喧嘩をふっかけられたりする度、仲裁に入ってくれたり、何かと面倒を見てくれたのだが、これからは一人だ。とにかく気をつけなければならない。
自分は奨学金をもらっている身だ。
何か問題を起こせば、高校を続けられなくなるのだから。

ふと、クラス全員が着席したのに、なかなか担任が現れないのに気がついた。
この学校は三年間、組替えがないのと同時に、担任の変更もないと云う話だ。どんな教師が担任になるかは、クラスメートと同じか、それ以上に大問題である。


その時だった。ふいにドアが開いて、入ってきた教師を見た高耶は、思わず「あっ、」と声を上げそうになった。
まぎれもなく、先ほど廊下ですれ違ったあの男である。
黒いスーツに身を包み、出席簿を手にした男は、黒板にチョークで「直江信綱」と書くと教壇に立って、穏やかな声で話しはじめた。



「皆さん、入学おめでとうございます。今日から三年間、このクラスを受け持つことになりました直江信綱です。よろしく」
教諭の外見と裏腹の、何やら時代めいた名前に、生徒の一人が吹き出すと、男もつられたように笑った。
「実家がお寺で、住職のおじいさんがつけたから、こんな古くさい名前なんですよ。皆さんぐらいの年代の頃は嫌でしたよ。なんでもっとカッコイイ名前をつけてくれなかったんだって、おじいさんを恨みましたよ。今はもう、諦めていますが」
にこやかに話す教師に、生徒達は皆、一様にホッとしたようだった。

現実として、教師には「当たり外れ」がある。これは、いい先生に当たったと云ってよいだろう。
高耶も最初のうちこそ、先ほどの件があった為に、なんとなく嫌な感じがしたのだが、直江の穏やかな笑顔と、丁寧で優しい話し方は、生徒達全員の緊張を解いたようで、クラスにはいつしか和やかな空気が流れ、高耶もさっきのことは、やはり何かの間違いだったのだと思うようになっていた。幸い、クラスメートにも、特に問題がありそうな者は見当たらない。
このクラスならうまくやっていけそうだと高耶は思った。




その日の放課後、高耶は直江に呼び止められた。
「仰木君、ちょっとだけ、いいですか?」
一瞬、再び廊下でのことが頭を過ったが、高耶は大人しく頷いた。
他の生徒がすべて下校し、クラスに二人だけになると、直江はにっこりと笑って、
「お家のこと、校長先生から伺っています」
なんだ、その話かと云うように、高耶は曖昧な笑を浮かべた。
「お父さんのこと……大変でしょうけど、何か困ったことがあったら力になりますから、いつでも相談して下さいね」
高耶の父親はアル中で、精神病院に入退院を繰り返していた。

十五歳、多感な年代である。本当はあまり家の話題には触れられたくなかったが、奨学生である以上、ある程度、家庭の事情を聞かれることは予想していたので、高耶は「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。
なんとなく、先ほどのHRでの穏やかな話しぶりと云い、今のこの話しぶりと云い、この先生なら興味本位ではなく、本当に親身になって相談にのってくれそうな気がした。
直江はにこやかに微笑んで、
「仰木君は確か、家が遠いんでしたね……バス通学でしたっけ?」
「はい」
「気をつけて、これから三年間がんばって下さい。楽しくやって行きましょうね」
ポンと肩を叩かれ、高耶は笑顔で頷いた。
「じゃあ、これで失礼します」と頭を下げて席を立ちかけると、ふと窓の外のある建物が目についた。

それは高耶達のいる校舎から、校庭を挟んで向い側に建つ洋風の建物で、高耶がかつてはまった、とあるゲームに出てくる洋館に雰囲気が似ていることもあり、この学校を初めて訪れた時から、なんとなく気になっていたのだ。
「あの……先生」
「何ですか?」
にこやかに頷く直江に、高耶は窓の外を指差して、
「あれ、昔の校舎なんですか?なんか、カッコイイ建物だなあと思って」
直江は頷いて、
「ああ、旧校舎ですね。なかなか趣のある建物でしょう。なんでも初代学長の友人で、有名な海外の建築家が設計されたそうですよ。老築化で、この新校舎が完成したのと同時に使われなくなったんですが、今の学長も取り壊すのは忍びないと仰って、そのままになっているんです」
「そうなんですか」
「私も赴任してきた最初の年だけ、あの校舎で授業をしましたが、外観だけでなく内部もとても洒落たつくりでしたよ。今は出入り禁止になっているので、中を見せてあげることはできませんが」
「あと少し早く入学していたら、あの校舎で授業が受けられたんですね。ちょっと残念だな」
気がつけば、互いに笑いあっている。高耶はそんな自分に内心驚いた。
口下手で、今日初めて会った、しかも担任教師を相手に、身構えることなく自然に話せている。高耶にとって、こんなことは初めてだった。



挨拶をして出て行く背中を、男は微笑しながら見守った。
高耶が入学してくるまでのこの約二ヶ月は、本当に長かった。だが、この二ヶ月で彼の家庭環境から交友関係に至るまで、すべて調べることができた。
高耶はこの年代の少年にはめずらしいほど奥手のようで、今まで特につきあった相手もいないようだったが、あの容姿の上、何より(本人は意識していないようだが)、彼には人を引き付ける何かがある。
事実、入学式の最中、新入生は勿論、上級生含め、大勢の女生徒や男子生徒までが高耶にちらちらと視線を送っていたのを、男は見ていた。
万一にでも、悪い虫がつかないよう、気をつけなければならない。
あのひとは自分のものなのだから。





高耶が新生活をスタートして、間もなく三週間になる。
高校生活は順調だった。不便なバス通学にもようやく慣れ、幸い気の合う友人もできた。
直江は想像以上にいい先生だったし、授業も面白く、おかげで高耶はそれまで興味のなかった日本史が好きになったぐらいだ。
一つだけ困ったのは、直江の推薦でクラス委員長にされてしまったことだが、今のところ名ばかりの委員長で、特に何か活動することもなく、平穏な日々が続いていた。



間もなく高校生になって初めてのGWを迎える、ある日の放課後。
遠距離通学の高耶は、いつもは放課後、速攻で帰るのだが、この日は妹に買い物を頼まれたこともあって、自宅とは反対の松本駅方面へ向かった。
途中、松本城前を通りがかり、ふと高耶は足を留め、中に入ってみようかと思った。
それまで史跡にはあまり興味がなかったのだが、直江の授業のおかげで、最近は寺や城に興味を持つようになっていたのだ。拝観時間を過ぎていたので、城の中には入れなかったものの、優美な外観を眺めているだけでも、いい気分になれた。

「あれ、仰木……?仰木じゃん」
突然、名前を呼ばれ、高耶が驚いたように振り向くと、そこにはかつての中学の同級生の姿があった。口下手な高耶にとって中学時代の数少ない友人の一人で、彼と会うのは卒業式以来だ。
「何やってんだよ」
「お前こそ何やってんだよ」
それぞれ、真新しい制服の互いの姿を見遣って、笑いあう。
「へー、仰木の学ラン、初めて見た。けっこー似合うじゃん。俺なんか中学もブレザーで、今度はよりによって茶色のブレザーだぜ?だせぇ」
友人はぼやいて、胸ポケットから煙草を取り出すと一本銜えて火をつけた。
ほらよ、と箱を差し出され、思わず高耶は周りを気にして、慌てて断わった。



中学時代、高耶はアル中の父親の影響で、酒は飲みたいとは思わなかったが、煙草は時々吸っていた。最初は酒を飲んでは暴れ、自分や妹へ暴力を振う父親への当てつけからだったのだが、単にこの年代特有の好奇心、と云うこともある。
特に不良と云うわけではなくても、今どきの中学生なら誰でも一度はこっそり吸ったことがあるだろう。高耶の場合も、その程度のものだった。
だが、今は奨学生の身である。万一にでもバレたらマズい。

いらないと首を振る高耶に、友人はへらへらと笑い、
「いいじゃん、どうせ他に誰もいねえしさ」
確かに辺りには高耶達以外、人影はないが、それでも高耶は断わった。
「オレはいいよ」
「なんだよ、つきあえよ。どうせ誰も見てねえよ。誰か来たら速攻捨てりゃいいんだよ」
強く云われて、久し振りに会った友人に、それ以上断わるのもどうかと思い、高耶は諦めたように差し出された箱から一本抜いて銜えた。
友人がライターを差出し、高耶はそれに顔を近づけて、火をつけ、一息吸い込んだ。
そのまま近くにあったベンチに腰を下し、互いの新生活について話しあう。
友人のぼやきは続いた。
「担任、よりによって生活指導のババアだぜ。せっかく高校入ったってのに最悪。仰木んトコは?」
高耶は笑って、
「オレはいい先生に当たったよ。若い男の先生で話わかるし。クラス替えもないし、三年間同じ先生なんだ。クラスに変な奴もいないし、けっこう楽しいかも」
「ちえっ、マジ羨ましいよ。オレなんかあのババアが担任のせいで真っ暗だよ。クラスの他の奴らも、もう学校行きたくねえって云ってるよ」
うんざりしたように話す友人の話を聞いて、高耶は自分は本当にラッキーだったのだと改めて思った。
そのまま三十分ほど話し込み、妹に買い物を頼まれていたことを思い出して、友人とはその場で別れを告げ、高耶は慌てて駅へと向かった。




翌日の放課後。下校しようとして靴箱を開けると、可愛らしいキャラクターのついた何通もの封筒がばさばさと音を立てて床に落ち、高耶は顔を赤らめた。
入学以来、高耶はこうしたいわゆる「ラブレター」を、何度か受け取るようになっていた。
靴箱に限らず、机の引き出しに入っている時もある。内容はどれも可愛らしい便箋に少女めいた文字で「もし今、仰木くんに彼女いなかったら、つきあって下さい」と云うものだ。

だが、この日は可愛い封筒の中に一通だけ、真っ白い封筒が混ざっていた。
差出人名はなく、ワープロで「仰木高耶様」と印字されている。
なぜか気になって、その場で封を開けると、中から出てきたものに高耶は茫然となった。

封入されていたもの──それは煙草を銜えた自分の写真だった。
紛れもなく、昨日、松本城で撮られたものだ。相当、感度のいいカメラを使ったのだろう。遠方からズームで撮影したらしく、はっきり高耶だと認識できる。
いったい誰がこんな写真を……高耶は青ざめた。
入っていたのはその写真のみで、他に手紙らしいものは同封されていなかった。
だが、相手は高耶がこの写真をばらまかれれば困ることを知っていて、意図的に送ってきたことだけは間違いない。
高耶は己の軽率な行動を呪いつつ、思わず封筒ごと写真を握りつぶした。
得体の知れない恐怖が、高耶を襲った。




それからの数日間は授業など耳に入らず、うわの空で過ごした。あれ以来、おかしな手紙が来ることはなかったが、不安でたまらない。
直江が急に元気のなくなった高耶を心配して、何度か「悩みがあるなら相談にのるから」と声をかけてきたが、その度に高耶は「何もないです」と曖昧な返事を繰り返すだけだった。
直江は本気で心配してくれているようで、申し訳ないと思ったが、喫煙写真を送りつけられたなどと、担任教師に云えるはずがない。


そうして、いよいよあと一日でGWと云う日に、二通目の封筒が届いた。
相変わらず「仰木高耶様」とワープロ打ちされている以外、差出人名はない。
震える手で封を切ると、この前送りつけられたものとは別の角度から撮られた、更に鮮明な喫煙写真と、今度はワープロ打ちされた手紙が同封され、手紙にはこう書かれていた。

「明日の放課後、旧校舎の最上階の視聴覚室に一人で来て下さい。家族には連休の間、友人の家に泊まると伝えて来る事。わかっているでしょうが、この事は誰にも話さないように。もしあなたが来なかったり、誰かに話せば、その時点でこの写真を学校宛に送ります」
紛れもない、脅迫状だった。
しかも絶対に拒否できない……高耶の顔から、血の気がひいた。




翌日、妹には「二、三日、友人の家に泊まることになった」と告げて家を出た。中学生になったばかりの妹を、一人で家に残すのは心配だったが、妹は妹で「友達の家に行く」とはしゃいでいたので、とりあえず心配はいらないだろう。
登校しても、皆、一様に明日からの連休にはしゃいでいる中、高耶の顔面は蒼白だった。

手紙が靴箱に入っていたこと、呼びつけられた場所が旧校舎と云うことを思えば、相手は学校関係者に間違いない。
教師だとは考えられない。教師ならこんな汚い手は使わず、あの日、その場で喫煙を咎めるはずだ。とすればクラスメートか……いや、クラスメートとは信じたくない。
おそらく他のクラスの誰かか、上級生の誰かだろう。
この日も授業はまるで耳に入らず、時間だけがあっと云う間に過ぎて行った。



そして、ついに放課後。
他の生徒達が嬉々として下校する中、高耶は一人、人目を避けるように旧校舎へと向かった。
確か以前、直江が旧校舎への出入りは禁止だと云っていたが……洒落たつくりとはいえ、荒れ果てた無人の旧校舎を目の前にして、高耶はごくりと息を飲んだ。

人目を気にしつつ、正面玄関のドアに近づくと、ドアには幾重にもチェーンが巻かれ、厳重に施錠された上で「立ち入り禁止」の札がかかっている。
此処から中に入るのは無理と判断し、校舎の裏手へと回ると、通用口と云ったような小さなドアを見つけた。思い切って、そのドアに手をかけてみると、ドアは音もなく開いた。
電気などは無論ついていない為、中は酷く薄暗い。
高耶は一瞬、躊躇ったが、思い切って校舎内に踏み出した。




廃校になった校舎の廊下をたった一人で歩くと云うのは、あまり気分のいいものではない。
まるでホラー映画かゲームの主人公になったようだ。
最上階の視聴覚室。いったい其処に誰が待っているのか……何を意図してあんな写真を取り、自分を呼びつけたのだろうか。

薄暗い廊下を抜け、階段を一段一段昇る高耶の足取りは重かった。
ようやく最上階まで昇り、踊り場に提示されている古ぼけた案内を見ると、どうやら「視聴覚室」は左手の廊下を進んだ一番奥にあるらしかった。

重い足取りで廊下を進み、突き当たりまで行くと、一番奥の教室に、確かに「視聴覚室」と云う表示がある。
一瞬、躊躇ったが、意を決してドアの把手に手をかける。
ギイッと云う嫌な音がして、ドアが開いた。

教室内は遮光カーテンが引かれたままになっていて、真っ暗だった。
高耶はゴクッと息を飲み、一歩を踏み出した。
少しの間、その場に立っていると、暗さに目が慣れてきたので、カーテンを開けようと窓に向かったところで、突然、背後に人の気配がした。
「……誰だッ!」
慌てて振り向くと、そこに以外な人物を認めて、高耶は驚きのあまり目を見開き、茫然と立ち尽くした。
見ている前でドアが閉められ、次いで、重い錠が下ろされる。
「先生……なんでッ……」
その相手は、いつもの穏やかな声で話りかけた。
「いらっしゃい。待っていましたよ、仰木君。いえ、高耶さん、とお呼びしましょう」



高耶は信じられなかった。
直江はライターを取り出すと、予め用意していたらしい、いくつかの燭台に次々と灯を点して行く。
荒れ果てた教室内が、無数の蝋燭の炎に照らし出された。
正面には、かつてはスライドやビデオの投射に使われたのだろう、古ぼけたスクリーンがそのままの状態で放置され、隅には使われなくなった古い机と椅子が無造作に積み上げられている。そして、脚立にセットされた数台のビデオカメラが設置されているのが見えた。

直江がゆっくりと、ビデオカメラのスイッチを一台づつ入れて回ると、録画開始を示す赤いインジケーターが点灯した。
ビデオは全て、壇上に立ち尽くしている高耶に向けられている。
直江はすべてのビデオカメラのスイッチを入れ終えると、ゆっくりと高耶に近づいた。
「私からのプレゼントは気に入って頂けましたか?よく撮れていたでしょう」
「……ッ!」
やはり、写真を送りつけて来たのは直江だったのだ。
「驚きましたよ。真面目な生徒だと思っていたのに、あなたが煙草を吸っていたなんて……このことが学校にバレたら、どうなるでしょうね」
「………ッ、」

奨学金で進学した身だ。もし、あの写真を学校に送りつけられれば、おそらく停学では済まされないだろう。
それに、今年中学に入学したばかりの妹も、ゆくゆくは奨学金での進学を予定している。
自分の場合は自業自得としても、もしかすると妹の将来にもかかわるかもしれない。事の重大さを改めて悟り、唇まで青ざめ、茫然と立ち尽くす高耶に、男はこともなげに告げた。



「……黙っていてあげますよ」
教師の唇から出た、思いがけない言葉。
驚いて顔をあげた高耶に、男はにっこりと微笑みかけた。
その笑は、いつもの温和な直江先生とは思えないほど冷たく、残酷な笑だった。
「今回のことは、私だけの胸にしまっておいてもあげてもいい。あなたの返事次第では」
「……ど、どういうことですか?」
「こういうことですよ」
男は笑って、シュッと音を立てて自分の首からネクタイを引き抜くと、細い体を壇上に押し倒した。突然の、担任教師による信じられない行為に、驚いた高耶が目を見張る。
「先生ッ!何す……ッ!」
固い木の床に、したたか体を打ちつけて呻く間もなく、押し返そうとする両腕を軽々と掴まれて、容赦なくネクタイで後ろ手に縛り上げられる。
「痛いっ、やめっ!先生ッ、何す……!」
無理矢理、仰向けにされてのしかかられ、二人分の体重が後ろに回されている腕にかかって、苦痛に歪む顔を男は夢見るように見た。



顎を掴まれ、互いの唇が触れるほど、間近で顔を覗き込まれて、高耶は息を飲んだ。
蝋燭の炎に照らし出された男の目が、あやしく光った。
「直江、と呼んで下さい。ねえ、高耶さん……SEXはしたことありますか?」
ふいに云われた信じられない言葉に、高耶はカーッと赤くなった。
男はクスクスと笑い、
「あなたは奥手なようだから、まだでしょうね。でもあなたぐらいの年令なら、いちばん興味のあることなんじゃないですか?一人遊びは?しているでしょう?」
そう云って、男は高耶の前をズボンの上から撫で上げた。
「やめっ!」
それ以上、淫らな言葉を聞きたくなくて、高耶は喚いた。
「こんなのっ、先生もオレも男じゃないか!男同志でこんなっ……!」
「直江ですよ……直江と呼んで下さい。SEXするのに性別なんて関係ありませんよ。最も、同性を抱くのは私もあなたが初めてですけどね……ああ、そんなに暴れないで。高校、続けられなくなってもいいの?あなたのお家は、確か妹さんも奨学金での進学を希望されていたでしょう?」
その言葉を聞いて、不自由な体で必死にもがいていた高耶の抵抗が、ぴたりと止まった。
「なんでッ……、」
悔し涙の滲む瞳に、理不尽な行為に対する怒りと憎しみ、信頼していた教師に裏切られた悲しみ、付け込まれるきっかけをつくってしまった愚かな自分自身への憤り、逃れられないことを悟った諦めと云った色が、次々と浮かんでは消えた。



男は自分の下で、大人しくなった体をうっとりと見下ろした。
ようやく、このひとを手に入れたのだと云う歓喜。
「いい子ですね、高耶さん……そうですよ。そうやって、いい子にしていらっしゃい。そうすれば、何もひどいことはいないし、うんと気持よくしてあげるから。それに、もちろん喫煙のことも黙っていてあげますからね……ビデオカメラのことは、気にしないで。あなたがこの先ずっと、いい子でいられる為の保険だから」
男は楽しそうに囁く。
「それに、あなたは旧校舎に興味を持っていたでしょう?だから、これから特別に、毎日、ここでこうして課外授業をしてあげますよ。二人きりでね」
悔しさのあまり、唇を切れるほど噛みしめ、背けた頬を、男は愛おし気に撫で、その指が下へと下りて行く。

男の指でボタンが外され、開かれたシャツの下、露になる、まだ無垢な少年然とした滑らかな肌。後ろ手に縛られている為、自然と男に向かって突き出すように反らされた、薄い胸の小さな二つの突起。
「綺麗ですね……あなたは。想像していた以上に綺麗ですよ……」
男は感嘆の吐息を洩すと、滑らかな首筋に舌を這わせた。
思わずヒッと首を竦め、嫌々をする体を宥めつつ、男は少しづつ唇をずらしては、きつく吸い上げ、所有の証を散らして行く。
「やだ、やめっ…!」
生き物のように這い回る舌から、何とか逃れようと必死にもがいても、縛られた不自由な体で、大の大人にのしかかられて押え付けられていては、抵抗などないに等しい。

生暖かい舌が首筋を伝い、胸へと下りて行く。
ふいに片方を唇に含まれて、高耶が喉を反らせて声を上げた。
「ああっ、」
途端、ビクンと跳ねる愛しい体。男は突起に軽く歯を立てては舌で転がし、きつく吸い上げながら、もう片方を親指と中指で摘み、人さし指の腹でぐりぐりと円を描くように弄ぶ。
「やあっ、やめ……っ」
嫌々をしながらも、感じて身を捩る高耶が可愛いくて、男は尚も唇と指を使って、たっぷりと胸を責めた。
「そんなに此処が感じるの?女の子みたいな声を上げて……」
唇に含まれたままの囁きに、吐息が胸にかかって、高耶は泣き声を上げる。
男の片手は、胸から脇腹へと滑り、ズボンの前へと下りて行った。
「あっ!」
敏感な箇所を、服の上からとはいえ、生まれて初めて自分以外の他人に触れられて、細い体がビクンと仰け反る。恐怖からか、小さくなったその上を、男の指は宥めるように、何度も何度も擦りあげた。
「やめっ、そこ、触るなッ」
高耶が激しく身を捩るが、若い体は初めて他人の手で与えられる快楽に耐え切れず、すぐに勃ちあがってしまった。
「可愛いですね、あなたのぼうやはもうこんなになって、おんもに出たいって云ってますよ」

まるで幼児に話しかけるような口調。カッと赤くなって顔を背ける高耶に、男は「今、出してあげますからね」とクスクスと笑い、ズボンのベルトに手をかけた。
「やだっ、もうやめ…っ、」
高耶がどんなに泣いて制止を求めても、男の手で、容赦なくベルトが外され、ジーッと音を立てて、ジッパーが下ろされて行く。
開かれたズボンの前、下着の中で屹立したモノの形がくっきりと浮かびあがった。
「高耶さん、ちょっと腰を浮かせて下さいね」
男が笑い、片腕が背中に回され、後から下着ごとズボンを脱がしにかかる。
「やめろーっ!」
激しく身を捩り、制止を叫ぶ声は、次の瞬間、突然銜えられた刺激で、あられもない悲鳴に変わった。男のもう片方の手が、ふいに下着の中に侵入して、直にソレを掴んだのだ。
「やあっ!!」
「あなたが暴れるからいけないんですよ。云うことを聞けない悪い子には、わかるまでお仕置きしますよ」
微かに語気を強め、男は高耶のモノを握る手に、少しだけ力を込めた。
途端にあがる苦痛の悲鳴。
「痛いッ、やめ、掴むな…ッ!」
「痛い思いをしたくなければ、云うことを聞いて。邪魔なものを取るだけなんですから、ね?いい子だから、腰を浮かせて……」
高耶は悔しさに顔を歪ませながらも、直に急所を握られていてはそれ以上の抵抗ができず、泣く泣く云われた通りにした。
おずおずと上げられる腰の下、すぐに下着ごとズボンが太腿の途中まで引きずり下ろされる。空気が直に其処に触れ、高耶は羞恥のあまりきつく目を閉じた。
男は恭しいと云った仕種ですらりとした両脚から下着ごとズボンを抜き去ると、その足首を掴んで膝を折り曲げ、左右に大きく開かせた。


いくつもの蝋燭の炎の中、高耶のすべてが露になった。
薄い茂みの中央で屹立したペニス、根元の可愛らしい袋。
最奥に潜む、高耶自身も見たことのない秘密の箇所。
「……見、見るなあっ!」
羞恥から閉じようとする脚を押え込み、あがる声を無視して、男は開かせた脚の間に自分の体を入れて閉じられないようにした。身を隠す術なく自分のすべてを曝して、唇を噛みしめ、必死に堪える高耶が愛おしくてたまらない。
男は徐に股間に顔を近づけ、より羞恥を煽るように囁いた。
「形のいいぼうやですね。反り具合もいいし、大きさもあなたの年代ならこのぐらいでちょうどいい。かさの張り具合も綺麗だし、先っぽもきちんと皮が剥けている。とっても可愛いですよ……このぼうやを擦って、いつも一人でしろいのを出すの?」

教師の口から次々と紡がれる、あまりの淫らな言葉。
羞恥のあまり神経が焼き切れそうになって、高耶は「やめろ」と泣き叫びながら死にもの狂いでもがき、少しでも視線から逃れようと滅茶苦茶に暴れた。
「そんなに暴れないで、腕を怪我してしまいますよ」
男が叱咤するが、想像を絶する羞恥の前に、半ばパニック状態の高耶の耳には入らない。
男は、困ったひとですねえと溜め息をつくと、片脚を抑えていた腕を離して、屹立するモノを無造作に握り込んだ。
「ああっ!」
途端、大きく身を仰け反らせて高耶が悲鳴をあげる。男は巧みな手管で、高耶のモノを扱きながら、体重をかけて体を倒し、火のように赤くなった耳元に囁いた。
「ほら、ココ……こうされると気持ちがいいでしょう?」
同性ゆえの的確さで、男は確実に高耶を追い上げて行く。
その責めには、容赦がない。
「やあっ、やめ……っ、」
「嘘をついても駄目ですよ。あなたのぼうやは嬉しくて、こんなにピクピク震えて喜んでいるくせに」
「ちがっ……ああっ……、」
「ちがわない」
男は子供を諭すような口調で云い、今度は敏感な先端を指先で責め始めた。
「ひいっ」
途端、あられもない声をあげて激しく仰のく胸の突起を口に含んで吸い上げながら、男は敏感な鈴口を親指の腹で何度も辿った。割れ目に沿って爪先を食い込ませると、高耶は痛みに泣き声をあげて嫌々をした。

やがて、あまりの刺激に鈴口から、止めどなく透明な液体が零れはじめると、
「おやおや、高耶さんはどうやら、ひどいことをされると感じるみたいですね。こんなに蜜を零して」
男はクスクスと笑い、それを指で塗りひろげ、尚もゆるゆると扱いてやった。
「も、おねが……やめ……」
高耶の啜り泣きは哀願に変わった。
だが、もはや、高耶への嗜虐と狂気に囚われた男の耳には届かない。
「あなたの……イク顔が見てみたい」
男の指は容赦なく高耶のモノを扱き続ける。その視線は、啜り泣く高耶の顔に注がれている。このままではイかされてしまう。
無理矢理、ひとの手で暴力によって出させられる屈辱に、高耶は啜り泣いた。
「ああっ、もうっ……やめ、……」
「いいから、出して」
耳朶に差し込まれる舌。繰り返される淫らな囁き。ピクピクと痙攣する内腿。
こんなことでイきたくない、こんな……!どんなに思っても、体はもはや限界だった。
「あーっ……!」
涙に滲んだ瞳が見開かれ、絶望の涙が伝った直後、男の掌にしろいものが吐き出された。



「ヒッ……ク、」
子供のようにしゃくりあげ、啜り泣く体を、男は感嘆の思いで見つめていた。
自分を狂わせた高耶のその時の顔を、今、初めて目のあたりにしたのだ。
蝋燭の炎の中、高耶のもので濡れた掌があやしく光った。
「高耶さん……」
「………ッ、も、これで、……気が、すんだだろ……このうで、……ほどけよ……!」
しゃくりあげながらも、きつく睨み付ける瞳。
男の唇が、狂気に歪む。
「……何を云っているの?あなたは──お楽しみはこれからでしょう」
高耶のしろいものに塗れた指先に舌を這わせ、うっとりと舐めあげる。
「甘いですよ……あなたのは……とても甘い……」

狂ってる……高耶は改めて男に対する恐怖に、身を竦ませた。外そうとも、背中で括られた腕はビクともしない。
「あなたは俺のものだ……」
男は夢見るように微笑んで、逃れようと後ずさる細い体に再びのしかかった。
「やだっ、やめ……っ、」

心底怯え始めた高耶の哀願は、届かない。
「これから、たっぷりと仕込んであげますよ。時間はこの先、いくらでもある……俺から逃げられるなんて思わないで下さいね……逃げたいなんて云わせない。あなたはすぐに自分から俺が欲しくて泣くようになる……そういう体にしてあげる」



恐怖に竦み上がり、抵抗すらできずにいる高耶の唇に男の唇が重ねられる。

二人の間に交わされた、初めての口づけ。
それは高耶がこれからの生涯、男のものになることの、誓いのキスだった。


Das ende.



藍子様にリク頂きました、RKTの学ラチの椎名バージョンの続き、と云いますか、出会い編です(^^;
此処で終わり…って怒られそうな気もしますが(笑;藍子様、少しでも楽しんで頂けましたら嬉しいです(^^;

二人の課外授業の詳細(爆)を書いてみたくなりましたので、この話、もしかしたら続くかもしれません(笑;

藍子様、読んで下さった皆様、ありがとうございましたm(_ _)m


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