「Voice 2」


BY ひかるさま



剣山の霊気が、深い傷を癒すのにそう、時は掛からなかった。
そう、体に受けた傷ならば・・

剣山で目覚めた高耶は、始めに視界に飛込んだ男に助けられていた。・
何時でもその男は、高耶の望みを自然と、まるで空気のように適えていた。
言葉に出さなくても、違える事は無かった。

言葉に出さなくても・・・・
しかし、言葉を失う事など、望んだ事は1度としてなかった。いや、考えた事が無かったと言った方が言葉が近い。
 その男の囁く声が好きだった。
低く、低音部で伸び、語尾にビブラートの掛かる声は、心地良く自らの居場所を創りだしてくれている様で安心して、そこに居て良いのだと思わせてくれた。
言葉は・・・永遠に涸れる事は無いと・・・・。

  声が聞きたい!
おそらく、こんな事は今まで1度として無かった筈である。
顔を見るだけで、目と目が視線が触れるだけで、互いの心中を察した事も幾度となく存在した。決して言葉を発しなくとも、自然と意識を汲み取れる。
そんな男の所業が存在が、高耶は気に入っていた。
 自然な事が、不自然に変化した時、心の中で何かが悲鳴を上げる。
そうじゃない、そんなんじゃないと理想と現実を突きつけられる。
しかし、その原因を自らが創り出してしまっただけに余計に苛立ちが募り、戻る事の無い現在が続いた。

 直江!・・直江!・・・直江っ!・・・・声を聞かせろ!俺の名を呼べ!直江!
日に日に思念は募って行く。
何時の日か気付けば目線は直江と云う姿を追っていた。
時折見せるその男の優しい視線が、自分と通じているのだと安心する事が出来た。
 しかし、その視線は、自分以外の誰にも向けられる事は無かった。
いや、それどころか冷たい眼差ししか反す事は無い。
言葉と一緒に人の心も失ったのだと、在る物は表現する。
その通りだな・・・と噂をきいた本人が溢した事がある。と言っても言葉にしたのではなく、まだかろうじて残っていた表情を表現したのだと云う。
 今となっては、その顔の表情すら変えない。全く冷徹に成り下がってしまった。
と、高耶は思う。
そうして、何時の日か直江の気持が判らなくなった高耶はその不安から、冷たくあしらうようになった。

不意に目線が合う。何時、如何なる時も高耶を見つめていているその男は、常に一番離れた所に位置する。
冷やかな面持ちを掲げ、息を潜めるように空気中に自然と交わるようにその身を置いた。
 端正な顔に、スラリとした長身が存在感を現す。
空気に交わる事無く放たれたオーラが、見た者の目を攫って行く。
その男だけスポットライトが当てられているように周囲から浮かび上がる。鳶色の眸は、冷淡な視線で高耶を見入る。
一時も目線を外す事無く、ひたすら零度の眸を向ける。その見えない視線に捕われて、高耶は身動き一つ出来ない。緊張した姿が、隊士達の疑問を誘う。
高耶の不自然な態度がそこに居る総ての気を引き、その根源を探す。そして、異様な雰囲気を醸し出す男が、高耶を捕らえている事を教える。




無論、壇上で語る高耶の視線も部屋の隅に位置するその男を捕らえている。意識して視線を外そうとするが、返ってそれが不自然に感じられ、反らせた眸を奪い去る。

そこに向ければ視線が合う。
    見られている。
そう感じても、この男の心中が解らない。
見つめる眸は冷たく冷めているのに、高耶を眼外に放す事は無い。
言葉を掛けるには、余りにも冷酷過ぎる眸は、今一歩の歩みを堰き止める。
奇麗過ぎる顔が、返ってその冷たさを強調して周囲に壁を作り出す。・・・・・ように見える。

作戦内容を詰まらせた高耶を気遣うように、嶺次郎が声を掛ける
「今日はこれで解散じゃ。ゆっくり休んでくれ。」
妙な緊張感に支配された全員が、その言葉に助けられたように、止めていた呼吸を取り戻した。
そして、すぐさまその場を離れようと、各自の部屋へ戻って行く。無論高耶も自室へ戻る為に足早に立ち去ろうとした。
が、嶺次郎に呼び止められ敢え無く断念すると、踵を返して側へと近寄った。
「おまん、大丈夫か?最近ちゃんと飯食ってるがか?なんだか見る度にやせ衰えて今にも倒れそうじゃが・・・・。」
その事かと、高耶は一瞬不機嫌そうな顔を見せるが、無表情で大丈夫だ。と答える。こんな時の高耶は誰が何と言おうと後には引かない。
「そうか・・なら良いがのぅ・・・余り無理はするなよ」
と、視線を扉口の男に向けながら、高耶の頭をトントンと叩いた。
バシッと云う音と共に高耶は嶺次郎の腕を叩いた。
「あっ!・・・すまない・・・」
自分の欲しい手ではない。そう感じると無意識のうちに体が動いた。
とっさに取った自分の行動に驚きの表情を浮かべ、再び踵を返し出口へと向かった。
  どうかしている・・・・
頭を振りながら、先程の不可解な行動をした自分を叱咤した。と、不意に立眩みを起して意識を失った。
「仰木!」
「隊長!」
兵頭と嶺次郎の声が聞こえたが、高耶はそのまま体中の力が抜け直江の腕の中へと倒れこんだ。

  この感じは・・・直江?・・・・
薄れて行く意識の中で、確かに何時も自分を抱きしめる腕を感じた。包み込むように優しくそして、力強い腕は今、確かに高耶を支えていた。
  直江・・・
 ほんの一瞬で意識を飛ばした高耶は、出入り口で立っていた男に抱かかえられた。無論ただ、立っていた訳では無い!先程から目線は始終高耶を追っていた。
こうなる事を予測してか、或は期待していたのか・・・・・。
会議中から様子が可笑しかった高耶を、眺めていたは、この事も手伝っての事だったのである。
しかし、その想いは表面状にはおくびにも出していない、偶然の様に見せかける。・・
・・・・当然態度にも出さないし、言葉にも出さない・・厭、出せない。
それが余計に高耶を精神的に追い詰めるのだった。
久しぶりに顔を会わせても、触れもしなければ、近寄りもしなかった。
いつも不自然な程触れてきた手は、今はもう無かった。
だからこそ、無意識のうちに抱かれている腕の中が、懐かしく、切なかった。
「直江・・直江・・・放さないでくれ!俺を拒絶しないで・・・」
寝言のように何度も繰り返し零した言葉が、本心である事をその場に居た全員納得せざるを得なかった。
  高耶さん・・・。
求められた腕を躰を、如何して突き放す事が出来るだろうか!
「そばにいて直江・・・」
倒れた高耶を、抱き上げると、しがみ付いて離れない愛しい人を優しい瞳で見つめていた。
「早く部屋まで連れて行け!」
嶺次郎は、高耶が見せる感情が余りにも自分と違う事に驚くと共に、この橘義明の行動が、自分には理解不能で仕方が無かった。
そして、自分が触れた事を拒絶されたにも拘らず、橘には自らしがみ付く高耶に少なからず、疑問を覚えずには居られなかった。その疑問が、嫉妬という感情なのだと認めざ
るを得ないほどに。

 扉へ向かう直江に兵頭が声をかけた。
「お前、何を考えてるんだ?何故隊長を突き放すような真似をする?」
やはり兵頭もこの男の行動を許せずにいた。それは、嶺次郎のそれよりも数倍も激しく、口には出せない程の激しい憎悪という名の元に。
今にも飛び掛りたい気持を抑え自分自身と戦っていた。只、直江の腕に抱かれている切なげな表情の高耶の為に。
直江は、いや橘義明は氷のような冷やかな表情を崩す事は無かった。愛しい人を腕に抱いても、失った言葉が戻らぬように感情を面に表す事はしない。




 高耶が直江に縋り付いている姿を、途中すれ違った何人かの隊士が目撃したが、誰一人として声を掛ける事はしなかった。
しなかったのでは無い、出来なかったのだ。
橘という男に無意識にしがみ付くその姿が、普段見慣れている気高い仰木高耶ではなく、何故か触れたら消えそうな儚げな姿に見えたから。

 自分は狡い奴だと思う。高耶がどんなに望んでも決して優しくしてやらないのに、意識の無くした時だけこうして温もりを与えてやる。
愛しい人の寝顔を眺め、己が欲望を抑え、冷酷という言葉に隠しつづけ、最愛の人を傷つける。
判っているのに・・あの人が俺を求め続けている事を。
それでも本人の意識の有るうちは、望みの事はしてやらない。総て夢の中の出来事に仕立て上げる。
愛しい人の寝顔を眺めて己が欲望を抑え、冷酷と謂う言葉に隠しつづけ、最愛の人を傷つける。
   判っているのに・・・・あの人が俺を求め続けている事を!
それでも本人の意識の在る内は望みの事はしてやらない。総てを夢の中の出来事に仕立て上げる。
    たかやさん・・・・
言葉にならない心の言葉が、最愛の人の名を呼ぶ。涸れ果てた言葉を紡ぐ絹糸の様に、細く永く・・・永久に途切れる事無く。
 力で敵わない自分には、この人を求める事は許されない。何時までも消える事無く刻まれた敗北の傷は、深く癒される事は無い。
    誰にも止められない・・・・・。俺にはこの人に触れる資格すら・・・無い!

 月明かりの差し込む高耶の部屋に運ぶと、大転換後一回り小さくなった躰を労るように、直江はその躰をベットに降ろした。
その、何気ない作業1つを取っても、この男が高耶をどれ程大切にしているのかが伺える。
長い指の、指先1つ1つが愛しい人を感じ取る。
頬に触れる指が、想いが、感情が、痛みが!総て高耶を欲する。
    高耶さん!
声を出して呼んでしまいそうになる程、最愛の人の名が痛く、苦しい。
想いは・・・届いているかもしれない。幾ら声が出なくとも、心が叫ぶ感情が、抑えきれずに届いているのかもしれない。
しかし、この男は自らを許すことはしない。

直江という男に触れられ、高耶は夢うつつの中で、この男を求める。
触れられている体温を、掌を、懐かしい匂いを無意識に求める。
・・・・直江・・・・
「・・・直江・・・」
まどろみが、覚醒の時を告げる。夢の中ででも求められる男は現実の者であってはならない。と、直江は素早く長身を動かす。
物音を立てずに扉へ向かって踵を返した背に、縋るような声がのびる。
「・・・んっ・・・・直江・・?」
泣き出しそうな・・・いつ泣き出してもおかしくは無い、声が誰もいない部屋に響いた。
覚醒の時を迎えて。
そして直江は部屋を後にした。




パタン・・・と静かに閉じた扉の音だけが聞こえた月明かりの部屋の中で、高耶は眸を開いた。
が、その扉の音が自らを否定された様に感じ、何故か・・・自然と涙が零れた。
「また・・・」
気付いている。判っている!直江がここまで自ら抱えて来たであろう事は!
そして、今の今まで自分に触れていたであろう事は。
だから、なおの事目が覚めた時に合せて姿を消した事が辛かった。
決して2人きりになろうとしない直江は、高耶の欲求に応える事はしない。
直江を求めて止まない高耶に応える事はしようとしない。
「何時まで、続くんだ!こんな事が。」
遣り切れない感情が思慕が、恋情が、体中に激しく蠢く。
「直江! 聴いているんだろう!直江−!」
扉の向こうの男に聞こえるように高耶は叫ぶ!
・・・・やがて、コツコツと、靴音が廊下に響き渡る。
触れる事もしない冷酷な男が静かに離れて行く。

静かに・・・涙を零す高耶は、声を殺して1人嗚咽した。
求めて止まない男を思慕して。

To be continued



*作者様コメント*
ああぁ・・・無理やり終わって御免なさい(>_<)
早く犯ってしまえ!直江ー!って感じですね。
じらしてじらして・・・・誘い受け。高耶さん。貴方って・・・・
になるように頑張ります。

*椎名コメント*
ひかる様からの素晴しい頂き物です♪

直江を欲する高耶さんが、愛おしいです(><)続き、どうなるんでしょう?寄贈、楽しみにしております!!

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