「エゴイストの檻」
BY しきさま
7月21日。高耶は美弥と待ち合わせているデパートの化粧品売場に来ていた。一度も足を踏み入れたことのないそこに居心地の悪さを感じながら美弥を探す。
「おにいちゃん、こっちだよ」
美弥は綾子と楽しそうに話しながら待っていた。花柄の可愛いワンピースを着ている美弥に、高耶の後ろから千秋が声をかける。
「こんにちは、美弥ちゃん。今日もかわいいね。兄貴とは大違い」
なんだとてめえ!と、高耶が怒鳴るのを遮って美弥が高耶の腕を引っ張った。
「えへへ。ありがとう、千秋さん。おにいちゃん、こっちだよ。綾子さんと見てたんだけど、いっぱいあって迷っちゃうの。おにいちゃんはどんなのが好き?」
美弥は学校の休みを利用して、東京の友人に会いにきていた。だが、試験やらなにやらの関係で今日の夕方には松本に帰らなければならないらしい。高耶は電話で、早くおにいちゃんに誕生日プレゼントを渡したいから、と言われて呼び出されたのである。
どうやらプレゼントは千秋と綾子に相談して香水に決めたようだ。高耶はなんでもいい、と言ったのだが、本人がいたほうが選びやすいなどと余計なことを千秋が言ったせいで化粧品売場という不慣れな場所に来ることになったのだった。
「景虎、早く早く。あら、長秀も来てたの」
まあ、来ないわけがないとは思ってたけど、と言って綾子が楽しげに笑う。うんざりしながら呼ばれたほうに行くと、その一角には様々な香水がズラリと並んでいて、ますます高耶を疲れさせる。
(オレに香水なんて似合うわけねーのになあ。美弥のやつ、なんだって香水に決めたんだ?やっぱ千秋のさしがねか?)
ちら、と千秋のほうを見ると、千秋はことさら楽しげにジバンシーの香水が置いてある棚を眺めていた。そしてひとつを手にとって高耶のほうを向き、
「景虎、こんなのも似合うんじゃねえ?」
と言ってにやりと笑う。
それは明らかに女物と分かる紅いビンに入った“キセルス・ルージュ”という香水だった。
「てめえ、それ女物じゃねえかよ」
高耶が怒ると、
「どれどれ?」
綾子がそれを見て、
「・・・・・それ、ジバンシー」
なぜか複雑な表情になる。それを怪訝に思うまもなく、今度は美弥に呼ばれる。
「おにいちゃん、これは?かっこいいよ」
と、見せられたのはヒューゴーボスだった。
「景虎、これもいいわよ。」
綾子に呼ばれ、今度はダンヒルを見せられる。
「柿崎どの。それは景虎どのには渋すぎるのではありませんか。それにあの男の好みと言えばこの辺りでしょう」
声がしたほうを振り向くと、なぜかそこにはシャネルの香水を手にした高坂と中川に潮が立っていた。
「な、なんでお前らがここにいるんだよっ」
「仰木さん久しぶりですき。この前松本で美弥さんと会って今日のことを聞いとったがです」
嬉しそうに中川が言う。潮も続いて
「そうそう。で、ちょっとこっちに用があったんで俺もついてきたんだ。元気そうだな、仰木。」
中川は月に一度、譲の様子を見に松本に行っている。そのときによく美弥にも会うようだ。美弥も中川にはなついていて、東京の大学に入った高耶は中川の存在が有り難かった。
「そうか。お前らも元気そうだな。で、なんで高坂までいるんだよ」
露骨に嫌そうな顔をする高耶に、
「悪いな、景虎。昨日会ったときに俺がしゃべっちまったんだよ」
ちっとも悪びれずに千秋が言う。
「ずいぶんと楽しそうに話すものだから、つい来てしまったのですよ。あの景虎どのの香水を選ぶ機会など、そうそうありませんからな」
明らかに面白がっている高坂の様子に高耶は諦めたようにため息を吐き、
「あのなー。もうこうなったら早く決めちまうか」
と棚に意識を戻す。しかし、
「だめよぉ、景虎。こういうのはじっくり考えて選ばないと」
「そうよ、おにいちゃん。いろいろ見てみないとわかんないでしょ」
女性陣に反対されて、それから延々と付き合わされることになったのだった。
美弥と綾子、それに中川は真剣にあれがいい、これがいい、と選んでいたようだが、千秋、高坂、潮の三人は女物ばかり手にとっては高耶をからかい、騒ぎまくって周囲の視線をいたずらに集めていた。
そしてふと中川が視界にとらえたひとつの香水が、高耶に災難を呼び寄せることになってしまったのである。
中川は、青いビンに入った“プチサンボン”という香水とピンクのビンに入った“グランサンボン”を見比べて悩んでいた。
(この香水は両方とも女性用なんじゃろうか。それともこの青い方は男性用?)
香水の傍のカードにある説明を読んでもはっきりしない。知ってる人間に聞くほうが早い、とたまたま一番近くにいた高坂に声をかける。
「この青いやつは女性用ですか?男性用ですか?」
高坂はそれを一瞥すると
「メンズに決まっているだろう。横に揃いで女物が置いてあるのだからな。ああ、これは景虎どのに似合いそうだな。なあ、安田どの、柿崎どの。この男物の香水、景虎どのにぴったりだと思わぬか」
と二人にそのビンを見せる。綾子が何か言う前に、千秋が人の悪い笑みを浮かべ、楽しげに相づちを打つ。
「確かに似合うかもしれねえなあ。景虎。これもジバンシーだしな。ほら、初心者におすすめって書いてあるぜ。」
その言葉に不信感を露わにして高耶が尋ねる。
「それ、ほんとに男物かよ。お前ら、適当なこと言ってんじゃねーぞ」
「そのビン、男物にしてはかわいすぎないか、仰木」
「やっぱりそう思うか、潮。そうだよな。なあ、ねーさん、これって男物じゃねーだろ」
聞かれた綾子のほうは、少し悩んで美弥のほうを見る。美弥は悪戯を思いついたような楽しげな目で様子を見ている。それを見て、ま、いっか、と呟きにっこり笑ってこう言った。
「それ?男物よ。そっちのピンクに合わせてあるから他のよりかわいくなってるだけよ」
それでも高耶はなかなか納得できずしばらく騒いでいたが、結局、
「おにいちゃん、似合うと思うけどな」
という美弥の一言で、“プチサンボン”を購入することになった。
その後美弥を駅まで送ってから高耶はアパートに戻り、机の上にその香水をのせて悩んでいた。香水は、そんなにしょっちゅうつけないから、とミニボトルにしてもらったのだが、殺風景な高耶の部屋で浮きまくっている。そして、23日に直江と会
う約束をしている高耶は、このやけに可愛らしい香水をつけていこうかいくまいか、と悩んでいたのである。
高耶が結論を出せないまま、23日になった。8時に起きた高耶が顔を洗っていると、急に電話が鳴りだした。
「はい、仰木です」
ー高耶さんですか。
受話器から聞こえてきたのは直江の声。
「直江?どうしたんだ、朝から。もしかして、今日の予定、変更になったのか」
ーいいえ。どうしても言いたいことがあって。
「なんだよ」
なかば直江の言いたいことを予想しながら尋ねると、案の定直江は
ー誕生日おめでとうございます。誰よりも早く、言いたかったんです。
と、とろけるような声音で囁く。予想していたとはいえ、その声に心臓を鷲掴みにされた高耶は動揺を隠しきれない声で言葉を返す。
「そ、そんなことでわざわざかけてくるんじゃねーよ。夕方には会えるんだから」
高耶の動揺を悟って直江がくすくすと笑う。
ーそれまで待てなかったんですよ。愛する人の誕生日なんですからね。ところで、今日はどうしますか。
「ど、どうって」
ー食事をしたあと、そのままホテルに泊まりませんか。私の部屋に来ていただいてもいいんですが、いい設備のホテルなんですよ。折角だから、ね。高耶さん。
誘いかけるようなその問いに、高耶は慌てて返事をする。ここでホテルに泊まるなんて言ったら、この男は何をするか分かったもんじゃない。
「オ、オレはお前の部屋のほうがいいっ。そっちのほうが落ち着くんだ」
ーそうですか。それは嬉しいですね。いつでも引っ越してきてくださってかまわないんですよ。
「その話はいいだろっ。とにかく、今夜はお前の部屋に泊まるからな!」
ーわかりました、高耶さん。じゃあ、また後で。高耶はその日一日香水のことで悩んでいたが、結局思い切ってつけていくことにした。慣れない高耶はどの辺にどうつければいいのかよくわからない。ほんの少しだけうなじにつけて、待ち合わせ場所のレストランに急いだ。
ほとんど匂いがわからない程度にしかつけていないのだが、高耶は落ち着かない。
直江と会ってからも、きつすぎないだろうか、おかしくないだろうか、と不安でそわそわしてしまう。直江のほうは、向かい合って食事しているせいか、香水をつけていることに気づかないでいた。だが、高耶の様子が普段と違うことを気にして
「高耶さん、何か心配事でもあるんですか」
と聞いてくる。
「べべ、別にっ。なんでもねーよ」
高耶はぶんぶんと首を振って答えようとはしない。まあ特に体調が悪いようでもないし、きっと部屋に帰って落ち着いたら話してくれるだろう、と直江もそれ以上は何も聞かなかった。
食事を終え、二人が車に乗り込んだとき、ふっと直江は違和感を感じた。何かをいぶかしむような表情でエンジンもかけずにいると、
「どうかしたのか、直江」
ひょい、と高耶が直江の顔を覗き込んできた。そのとき、高耶からふわりと漂ってきた香りに直江が高耶を凝視する。それは明らかに女物の香水の匂い。
(これは!?まさか高耶さんが・・・いや、浮気なんてするわけがない。だが、それならこの匂いはどう説明する?ずっと様子がおかしかったのも、もしかして。い
や、まさか、そんな。)
「高耶さん、あなた・・・・」
「直江?あ、あのさ、オレ、あの、・・」
じっと見つめられた高耶は、香水の匂いが直江を不快にさせたのではないかと思って何か言おうとするが、上手く言葉が出てこない。高耶が慌てるのを見て、疑惑を確信に変えた直江は、急に車を降りて助手席側にまわると、
「降りてください。今日はこのホテルに泊まります」
と、高耶の腕をとって強引に車外に出した。
「え?なんでだよ。お前の部屋のほうがいいって言ったじゃねえか。わざわざホテルに泊まることないだろ」
「あなたの意見など聞いていません。ほら、行きますよ」
直江は高耶の腕を掴むとそのまま引きずるようにホテルの中へ入っていく。
「な、なんだよ直江。いやだ。離せよ。いやだってば」
態度が豹変した直江に恐怖を感じ、恐怖を感じたことの理不尽さに腹をたてて高耶が暴れる。
(なんでオレが怖がんなきゃなんねーんだよ。いやだって言ってるのに!)
「暴れないでください。言い訳なら部屋に入ってから聞いてあげますよ」
「言い訳!?なんのことだよ。オレ、言い訳しなきゃなんねーようなことしてねえぞ。いいから離せよ。腕、痛いんだよ」
「往生際の悪い人ですね。俺が気づかないとでも思ってたんですか。ああ、暴れないでと言ったでしょう。仕方のない人だ」
言うなり、直江は高耶に手刀を打ち込んだ。そのまま気絶した高耶を抱きかかえてチェックインし、ホテルの一室に入る。このホテルは確かにいい設備がそろっていた。一見すると少し豪華なだけで他のホテルと変わったところはないように見えるが、ベッドは縛りやすいようにつくってあるし、机の引き出しには人を縛るのにちょうどいい太さの縄が入っている。冷蔵庫を開ければ催淫剤入りのジェルが冷やしてあり、壁のボタンを押すと天井が全面鏡になる。他にも細かいところでいろいろそろえてあり、ちょっとしたラブホテルのようだ。
直江は不動産の仕事の関係でここのことを知っていたのだった。
直江は部屋に入ってすぐに高耶の服を脱がしてしまいベッドに俯せに寝かすと、その手首を縛ってベッドヘッドにくくりつけた。抱きかかえている間も高耶のうなじあたりから漂う香水の匂いが、直江の怒りを駆り立てていく。
「う・・ん」
「気がつきましたか」
「直江?あれ、どうし・・っ!何してんだよ!直江っ!はずせっ、はずせよ!」
自分のおかれている状況に気づき猛烈に暴れ出した高耶の身体を押さえつけ、足の間に自分の身体を割り込ませた直江は、高耶の腰を上げさせ、上から覆い被さって囁いた。
「高耶さん、どうして女とヤったりしたんです。あなたは自分が抱かれないと満足しないカラダだってこと、忘れたの?」
ここでイかないと満足しないんでしょう、と、まだ固く閉じている蕾の上をスッとなぞられて、高耶は身体をびくりと震わせた。浮気なんてしてない!と叫ぼうとしたのだが、直江の言葉にカッとなって言葉を失ってしまった。
「俺にわからないとでも思ったの。それとも、わざと気づかせようとしたんですか。香水の匂いを移してきて」
「なっ、ちがっ・・」
「違う?何が違うの。ただすれちがったぐらいじゃ、こんなふうに匂いがついたりしませんよ」
直江が何を勘違いしているかはやっとわかったが、それがどうして女との浮気につながるのかが高耶にはわからない。この香水は男物だと言っていたのに。混乱した頭で必死に説明しようと、振り向いて口を開くが、やはり言葉が上手く出てこない。
「あなたはどうやら何もわかっていないようだから、あなたのカラダがどうなっているのかじっくり教えてあげますよ。今夜は後ろだけでイってごらんなさい」
直江はぞくりとするような低い声で言うと、高耶の顎を掴んで固定し、深く口づけてきた。「んん、うっ・・や、あ。もっ・・・やだ。いやあ」
俯せにさせられ、腰だけを高く掲げた格好で後ろだけを執拗に愛撫されて、高耶は耐えられないというように腰を揺らした。
いつまでたっても決定的な刺激を与えられないため、快感と苦痛の区別がつかなくなってきたのだ。なんとか逃げようとずり上がっても、すぐに引き戻されてしまう。
「なにがいやなの、高耶さん。あなたの坊やは喜んで涙を流しているのに。嘘つきですね」
さっきから直江は、ソコにしか触れてこない。最初のくちづけだけで、あとはいつものように胸にも前にも触ろうとしないし、こうして後ろから抱くとき必ずするような、背中へのキスもない。ほんとはつらいはずなのに、身体は直江の言う通り喜んでいるのが自分でもわかる。早く誤解を解いたほうがいいことはわかっているのに、直江の行動に身体だけじゃない、心も喜んでいるのだ。高耶は、直江の独占欲丸出しの行動を喜んでいる自分がはしたなく思えて、口をついて出る言葉は、思わず拒絶のそれになる。高耶がそんなことを思っているとは知らない直江は、どんどん高耶への責めをきつくする。ソコをたっぷりと舌で湿らせてから指を入れる。収縮して喜ぶ内壁をかき回しながら指を増やしていく。部屋には高耶の喘ぎ声と、くちゅ、くちゅ、という淫猥な音が響いている。
「なお、え・・。おねがっ。あっ・やっ・・も・・・」
「なに?ちゃんと言わないとわかりませんよ」
「も、イかせて・・おねがい、だか・ら」
「もう?こらえ性のない人ですね」
くすり、と笑って直江は高耶の蕾に己を押し当てる。その熱い感触に気づいた高耶は必死で振り向いて訴える。
「!?ち、ちがっ・・直江っ!」
「なにがちがうの?」
「・・まえ、触って。・・もう、イきたい!おねがい」
「だめですよ、高耶さん。今夜はココだけでイきなさいって言ったでしょう」
「そ、そんなの・・」
「できるでしょう。高耶さんなら」
「やっ!もうやだ!直江ぇ」
「泣いてもだめですよ。これは女なんかとした罰なんですから」
そう言って直江は容赦なく腰を進めていく。
「んっ・・ふ、うう・・・」
「ああっ!」
そして直江がぐっ、と最後までつき入れた途端、限界までたかめられていた高耶はあっけなく自分を解放してしまった。
ハアハアと肩で息をし、ぐったりとシーツに沈もうとする高耶を許さずに、直江は腰を使いはじめる。
「なっ!やめっ・・む・り・・あう・・・んっく・・う!」
敏感になっている身体は、すぐに昂ぶりはじめる。直江は繋がったまま高耶の身体を仰向けにすると、足を肩につくまで抱え上げ、激しく抜き差しをはじめた。
「あっ・・ひっ・い・・」
熱い塊を逃すまいとするように、襞がからみついていく。まだ一度も触れられていない高耶自身も、再び力を取り戻し、愉悦の涙を流しはじめた。直江の嫉妬を全身に受けた高耶は、昂ぶるのが早く、もう限界が目の前にきている。
「なおえっ・・う・・ふっ・・んん!」
「もう、限界なんですか。今日はずいぶん早いんですね。どうしたの」
嘲るような直江の言葉にまで反応してしまう。過ぎる快感に言葉の出ない高耶を見て、直江が今日初めて繋がった部分以外に手を延ばしてきた。
だが、それは愛撫を施すためではなく、解放を堰き止めるためだった。いきなり根元を縛められた高耶はたまらない。
「い、いやっ・・イかせて!」
その叫びを聞いた直江は動きを止め、もがく高耶の顎を掴んで自分のほうを向かせると、
「ねえ、高耶さん。約束してくれたらイかせてあげる。イきたいでしょう?」
と、口調だけは優しく言ってみせた。動きが止まったせいで、直江のカタチをはっきりと感じてしまった高耶は一層追いつめられて、何も考えずに頷いた。
「する、からっ。なんでも・・約束、するから、・・・早く!」
すると直江は凶悪な笑みを浮かべ、わざとポイントをずらして突き上げながらことさらゆっくりと囁いた。
「高耶さん、これからは俺の部屋で暮らしてくださいますか?あなたのような万人を魅了する人間を野放しにしていては、どんな輩が手をだしてくるかしれない。この香りをつけた女のような、ね。心配なんですよ。あなたは俺の部屋で、俺だけを見つめていればいい。いいですね?」
「あっ・・んんっ・・」
満足に返事のできない高耶にもう一度聞く。
「高耶さん、約束してくださいますね?」
「するっ・・だから、もう・・」
イかせてくれ・・!と腰を擦りつけて懇願する高耶を満足げに見下ろすと、根元を縛めていた指をはずし、左手で乳首をつまみ上げながら、口で右の乳首を噛んで思いっきり引っ張った。
「ん、ああーーーーっ」
再び前に触れられないまま、甲高い悲鳴を上げて高耶がイくと同時に、直江も高耶の中に思いをたたきつけた。だが、ほっとする間も与えられない。
「高耶さん、気絶しないでくださいね。俺はまだ許したわけじゃないんですよ」
しっかり思考をとばしていた高耶は、直江の台詞で誤解が解けていないことを思い出す。これ以上好き勝手にヤられては身体がもたない。高耶は今度こそ、しどろもどろながらも本当のところを話し始めた。そうして直江の誤解も解け、高耶も香水が女物だったことを知ったのはいいが、直江はまだどこか不満そうだ。
「なんだよ。お前の勘違いだったってわかっただろ。なあ、直江。ああもう、すっかり騙されちまった!みんなして人で遊びやがって」
「わかりましたよ。でもね、高耶さん、私はやっぱりいやなんです。その香水をつけている人間はたくさんいるんですよ。あなたが私以外の誰かと同じ香りを纏っているなんて、そんなのは耐えられない」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「もう、香水はつけないでください。俺と一緒に暮らしてくださるんでしょう。あなたは俺の移り香だけを纏っていればいい」
「ばっ!恥ずかしいこと平然と言ってんじゃねえよっ。大体、オレは一人暮らしするんだって言ってるだろ」
同居、直江曰く同棲、の話は、高耶が東京の大学に決まってから幾度となく二人の間で交わされてきた。高耶は、一緒に暮らしはじめたら直江に経済的に迷惑をかけまくるのが目に見えていたから、今までずっと断ってきたのだ。直江も、そんな高耶の心情を汲んで引き下がってきた。
だが。たとえ無理矢理取り付けたとはいえ、約束は約束である。今度ばかりは直江も引き下がるつもりはない。
「忘れたんですか。さっき約束したばかりなのに」
「あっ、あれはお前が無理矢理言わせたんだろ!」
「そうですか。守るつもりはないんですね」
そう言うと、腕の中の高耶の身体を、ベッドにおさえつける。
「ちょっ、直江、どういうつもりだ?もういいだろ」
「よくないですよ。ちゃんと約束を守ると言っていただけるまで、終わるつもりはありません」
「わ、わかった。わかったから。」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。直江と一緒に暮らすから!」
直江の纏う不穏な空気に恐れをなして思わず口走ってしまった高耶は、言ってからしまった!と思ったが、心底嬉しそうに微笑む直江を前にして何も言えなくなってしまった。
「ほんとはね、高耶さん。俺はあなたを俺だけが知ってる部屋に閉じこめて、誰にも見せたくないぐらいなんですよ。俺だけを見つめて、俺だけを受け入れて、毎日俺のことだけを考えていてほしい!」
「そんなこと、べつに閉じこめたりしなくても、オレはいつだっておまえのことばっかり考えてるんだから!」
直江は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに真っ赤になってそっぽを向いた高耶をそっと抱きしめて甘い言葉を落とす。
「嬉しいですよ、高耶さん。じゃあ、せめてこのエゴイストの香りの中にあなたを閉じこめてもいいですか」
「好きにしろよ」こうして高耶は直江と暮らすことになり、騒ぎのもととなった香水は美弥のもとへ渡った。後日、美弥からは手製の大きいクッションが送られてきた。それには【おにいちゃん、腰痛めないようにね♪】という意味深なカードが添えられていたという。
(終)
†しき様コメント†
これはいつの話だとか、どうして赤鯨衆と夜叉衆と高坂が和気あいあいとしているのか、というつっこみは勘弁してください;
やたら甘くて、勝手にやってろと言いたくなるような内容になってしまったし。
お目汚し失礼いたしましたm(_ _)m†椎名コメント†
しき様からの素晴しい頂き物です♪いや〜、嫉妬に燃える直江!よいですねぇ♪そして翻弄されつつ許してしまう高耶さんv
腕の中の、直江の香りの檻の中に閉じ込められた高耶さんv
最高です♪しき様、素晴らしい作品をどうもありがとうございました!
これからもよろしくです♪